「助けは村に来ません」
ルシアナのその言葉の意味を、村人たちは一瞬理解できなかったようだ。
場が静まり返る。
ようやく、青年団の一人が口を開いた。
「え? シアさん。それって、助けが遅れるってことですか?」
「……遅れるのではありません。来ないんです。騎士も兵士も来ないです」
今にも消え入りそうな声でルシアナは言う。
「どういうことですか? 俺たち、見捨てられたってことなのか? あのカイトって公爵代理やルシアナ様に!」
森の民はルシアナの事を知らないが、青年団たちはルシアナのことを恩人と信じて疑わなかった。
「違います、そうではありません。東のレギナ王国に動きがあったんです。このままでは戦争になるかもしれません。公爵家もその戦争に参加しないといけません。兵力の大半は国境に配備されます。兵を村に派遣しないのではなく、村に派遣する人員がいないのです」
カイトも公爵代理として、近いうちに戦場に赴くそうだ。
よりにもよってこんな時に――と思わざるを得ない。
ルシアナの話を聞き、公爵家に対する恨みの声は失せ、代わりにレギナ王国に対して文句を言い始めた。
しかし、ここで何を言っても援軍が訪れるわけでもなければ、レギナ王国が軍を引くわけでもない。ましてや、魔物が攻めて来なくなるわけでもない。
「おにい……カイト様から一つ、提案があるそうです」
「カイト様から? なんだ?」
「今、話をした通り、戦争がいつ始まるかわからない状況で、公爵家は人員不足です。そこで、皆さんに公爵家に雇われ、傭兵として戦わないか? という提案です。それを受け入れてくださるのでしたら、女性の皆様は領主町での生活を保障しますし、十分な賃金も支払います」
「待ってくれ、それだとこの村はどうなるんだ?」
「手紙によると、新しい開拓村を作るための支援もするそうです」
それは、つまり、村を諦めろ――ということだ。
手紙の内容によると、彼らには別に戦争の最前線に行けというのではなく、他に魔物の被害が出ると予想される村に派遣して戦ってもらいたいとのことだった。
詳しく説明をすると、この村は魔物の生息する森に最も近く、魔物から守るのは非常に困難である。
それならば、ここにいる戦える人間を雇い、他にある魔物の被害が出そうな場所のうち、公爵家にとって重要な地点にある街や村を守ってもらいたい。
そういうことなのだろう。
「シア様、それは命令ではないのですね?」
森の民の族長が尋ねた。
「はい。命令ではありません。あくまで提案です。それに逆らったからといって罰もありません」
「……そうですか……そうですか」
族長がどんな気持ちで質問したのか、本当のところはルシアナにもわからない。
カイトの立場なら、命令をしようとすれば命令することもできる。族長もトラリア王国の一員となると決めたとき、こんなことになる可能性については考えていたはずだ。
だからこそ、もしかしたら命令で村を棄てろと言われたほうが楽だったのかもしれない。
自分の意志で村を棄てる方が辛いだろう。
ただでさえ、彼らは一度村を失っているのだから。
「シア様、書かれていたのはそれだけですか?」
「マリア様とハインツ先生に帰還命令が出ています。私とキールも護衛とサポートとして一緒に帰らなければなりません。今日中に」
正確には、マリアではなくルシアナへの帰還命令だ。
ルシアナが一番辛いのがこれだった。
村がこのような大変な状況の中、ルシアナだけが安全な場所に帰らなければならないのだ。
「それはよかった。村に残るにしてもシア様のことが気がかりでしたから」
「シアさん、ルシアナ様に会ったら伝えておいてください。俺たちは大丈夫ですから!」
「まぁ、いまは村に残るかどうか決まってないけどな」
「俺たちは一度死んだような身だからどうなっても構わないけれど、妻や子もいるからな」
そう言って青年団は笑った。
彼らは自分たちが忙しいというのに、みんなでルシアナの出発用の荷造りまで手伝ってくれた。
ハインツは研究用の器材が重くて専用の馬車でないと移動できないとなり、カイトが用意した器材運搬用の馬車に乗って先に帰った。
「皆様。本当にすみません。こんな時に――」
「いえ、こうしてシア様に再びお会いできてよかったです。またお会いできる日を楽しみにしています」
「大丈夫っすよ。俺、この間三人でボア五頭も倒したんですよ。これからやってくる魔物も全部、肉塊に変えてやりますから、そのうちいくつかシアさんに送りますよ」
そう言って村人たちは笑顔でルシアナを見送った。
その顔は決して無理をしているようには見えない。
むしろ、彼女だけでも安全な場所に逃がせてよかった――そう思っているようである。
そして、ルシアナたちは、カイトが用意した馬車に乗って村を出る。
「お嬢様、これから一度町に戻り、元の姿に戻って公爵家に入ります」
「…………」
「お嬢様?」
マリアに声を掛けられたルシアナは、髪の色を変える腕輪を外した。
髪の色が金色に戻る。
「私、思うんです。このままお兄様の言葉に従っていたら、今回、まったく悪役令嬢できていないのではありませんか?」
「それは仕方がありませんよ。今回はほとんどシア様として動いていましたし、お嬢様はずっと町で何もしていなかったという設定になっていますから。カイト様にもバレてしまいましたし」
「いいえ、仕方がないことはありません。まだまだ挽回可能だと思うのです」
そして、ルシアナは馬車に乗りながら、自分が先ほどまでいた村を見て言う。
「私はこれから悪役令嬢として、あの村を救ってみせます」