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第135話

「お帰りなさいませ、ルシアナお嬢様。長旅ご苦労様でございます」


 公爵邸に帰ると、セバスチャンをはじめ、使用人一同がルシアナの帰りを出迎えた。


「本当に疲れましたわ。全く、人を遠ざけたり呼び寄せたり、お兄様は私のことを何だと思っているのかしら」


 ルシアナはそう言って柔らかいソファに座ると、セバスチャンが紅茶を淹れようとする。


「セバスチャン、私は急いで帰ってきて喉が渇いているの。そんな私に熱い紅茶を淹れるなんて何を考えているの?」

「――失礼致しました。今すぐ冷たいお飲み物をご用意いたします」

「必要ないわ。マリア、あなたが用意して」


 ルシアナがそう言うと、彼女の視界の端でセバスチャンが一瞬眉を顰めたように見えたが、彼女がそれに気付いてセバスチャンの顔を見たときにはいつもの彼の顔だった。

 彼が熱い紅茶を淹れようとしたのは無理もない。

 アーノルもカイトも普段から熱い紅茶を飲むという話は、ステラから聞いていたし、ルシアナも普段はスコーンとよく合う熱い紅茶を好んで飲む。

 そもそも、急いで帰ったといっても、自分の足で走って帰ってきたのではなく、馬車に揺られて帰ってきただけなので、息切れしているわけではないので、熱い紅茶を淹れようとするセバスチャンは何も間違えていなかった。

 だが、セバスチャンが一瞬不快な顔をしたのは、それが理由ではない。

 セバスチャンはこの家の侍従全員の取りまとめ役であり、その自負がある。たとえ、本邸にほとんど縁がなかったルシアナ相手でも、セバスチャンはしっかり情報を集め、最適なもてなしをできるように心がけている。実際、この前セバスチャンが用意したスコーンはルシアナの好みに合ったものばかりだった。

 そんな彼に、「あなたは私のことを全然わかっていないから、見習いに任せる」と言ったのである。

 ルシアナは、マリアの用意したレモン水を飲み、尋ねる。


「それで、カイトお兄様はどうしたの? 呼びつけて挨拶もないのかしら?」

「カイト坊ちゃまでしたら、いまは出兵の準備をなさって――」

「私はお兄様が挨拶に来ないのかと聞いているんですよ? お兄様が何をしているか聞いていません」

「カイト坊ちゃまは忙しいので、来られません」

「そう。ならいいわ。別にお兄様が戦争に行こうとどうしようと、私には関係ありませんもの」


 ルシアナはそう言った。

 セバスチャンは平静を装っているが、他の侍従たちからは、「だったら聞くなよ」という空気が醸し出されている。


「そういえば、お嬢様。あのキールという執事見習いはどうなさいました?」

「ああ、キールでしたら、ちょっと仕事を頼んでいます。もうすぐ到着すると思いますが。それより、セバスチャン。お母様の部屋はそのままにしているのかしら? 一度行ってみたいのですけれども」

「――っ! ええ、もちろんです! どうぞ!」


 セバスチャンがどこか嬉しそうに言う。

 カイトがいる執務室のある二階のさらに上、三階のアーノルの部屋の隣が、ルシアナの母の部屋だった。

 中に入ると、まるで今でも誰かが使っているのではないかというくらい、部屋は綺麗に整えられていた。


「奥様が亡くなってからも、毎日掃除を欠かしておりません。奥様は仰っておられました。ここにある装飾品は、自分が亡くなったらルシアナお嬢様に使って欲しいと」

「ええ、私もお母様から聞いています。ですから、一度来てみたかったのですね」


 ルシアナはそう言うと、宝石の入っている引き出しを開けた。

 引き出しの中には、宝石のついた指輪やネックレス、耳飾り等がいくつも入っていた。


「中々ですわね」


 前世では、ルシアナはこの部屋に入る前に公爵家を追放されたが、それ以上に浪費し、様々な装飾品を買い漁っていた過去がある。

 大切なことはほとんど忘れているルシアナだが、こういう貴金属の価値や見極め方についてはかなり詳しく覚えていた。


「よく誰にも盗まれなかったわね。これ一つで、軽く豪邸が建てられるのではないかしら?」


 ルシアナも自分の母の装飾品のコレクションを見るのは初めてだったが、まさかこれほどとは思わなかった。王都で社交パーティに出席するときも、最低限、公爵家の面子が保つくらいの装飾品しか身に着けていなかったからだ。

 まだ元気だったころ、「私の装飾品、本当に貴重なものは全部置いてきたの。旦那様が必要になったときは、それを使ってもらいたくて。でも、もしも残ってたら、ルシアナ、あなたが使ってね」と。

 この様子を見ると、アーノルは一切装飾品には手を付けなかったのだろう。


「セバスチャン、ここにあるものはお母様の遺言通り、私が受け取ってもよろしいのよね?」

「もちろんです。きっと奥様も喜んでおられると思います」

「そう。じゃあ、入ってきていいわよ!」


 そう言うと、入ってきたのはキールともう一人――


「ルシアナお嬢様、お呼びいただき感謝いたします」

「ええ、ようこそおいでくださいました、テッケト子爵。では、早速ですが、こちらの宝石類、買い取っていただけるでしょうか?」




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