ルシアナが冒険者ギルドのギルド長であるダクラスと一緒に資材の手配をしている間に、冒険者たちが開拓村に向かって出発した。
「ふむ、思ったより集まりがいいですわね。戦時中ともなれば資材――特に食糧が集まりにくいかと思いましたが、思った以上に集まりましたわね」
「あぁ、そのことですか。カイト様がちょうど他国から食糧を大量に仕入れていてな。そのおかげで、兵糧については余裕があったんですよ。さすがはルシアナ様の兄君ですな」
「……あぁ……あれですか」
本来は、戦争のためでなく、今後起こるかもしれない作物の不作を懸念してのものだったが、それが功を奏したようだ。
「なぁ、ルシアナ様。一つ相談があるんですが、よろしいでしょうか?」
「つまらない相談でしたら承知いたしませんよ」
「…………人員の手配はしているが、公爵領にいる冒険者のうち、有力な冒険者を何人か残しておきたいのです。魔物の群れが森から出たという噂がこの街に届いたとき、公爵家の私兵が戦争に、戦える冒険者が開拓村に行ったとなったら混乱が起きます。元々、この周辺は魔物や盗賊も少ないですが――」
「つまり、この街に冒険者を残したいと? お兄様も別に兵を全て連れて行ったわけではありませんわよ?」
「私はわかっています。だが、出立するカイト様と騎士、多くの兵を領民がその目で見ています。俺たちは元々どれだけの騎士や兵がこの街にいたかは知りません。街の人の中には全ての兵が城を出たと思っている者もいます」
「それで――?」
「ですから、冒険者に残って貰って」
「私は全ての冒険者に開拓村に向かうように言ったのですよ。貴方の事情なんて知ったことではありませんわ。そもそも仕事を決めるのは冒険者です。報酬が十倍の仕事を放っておいてどうにかできるなんてありません」
ルシアナはそう言って、背を向けた。
「私はどれだけ冒険者がいるかも知らないため、仕方なくあなたを使って冒険者を集めましたが、本来であれば私に口を利ける立場ではないことを心に刻みなさい。あなたは私が尋ねたことだけに答えればいいのです。私が預けたお金を使って冒険者を集めなさい。私はもう一切確認作業などという面倒なことには付き合いませんわ。マリア、帰りますわよ」
「はい、かしこまりました、お嬢様」
マリアがそう言ってルシアナの後に続く。
残されたダクラスは悔しそうにしていた。
このままでは、このあたりや近くの村、町が魔物に襲われたとき多くの被害が出る。
そのダクラスに向かってキールがそっと囁く。
「言葉の裏を読めよ、旦那。お嬢様は言ってただろ? 冒険者がどれだけいるかも知らないし、後で確認作業もしないって。それにお金も好きに使っていいって。それなら、お嬢様にバレない範囲で、その金を使って冒険者をある程度ここに繋ぎ止めて街や周辺の村を守る程度はお目こぼししてくださるって言ってるんだ」
「そうなのか?」
「ああ、まぁ、そういう人だからな」
そもそも、わざわざ大勢の注目を浴びて、ダクラスに威圧的な態度を取ったのは、この場にいた冒険者に仕事の情報を伝えるためと、悪役令嬢として悪評を高めることだけではない。
一番の理由は、ルシアナに無理やり冒険者を派遣させられたという体を装うためだ。
ダクラスが言った通り、戦時中に戦える人間を大勢動かすのは問題になりかねない。
そんな中、ダクラスが二つ返事で冒険者を動かしたとなれば、いくら公爵令嬢の依頼であったとは言っても、「断ることができたのではないか?」「公爵家の他の人間に連絡を取ったのか?」等と言われかねない。
あくまで、彼はルシアナの権力に屈してしまったという大義名分――圧倒的な弱者の名分が必要だったのだ。
少なくとも、二人のやりとりを見て、ダクラスが金に目がくらんだギルド長だと思う人間は一人もいなかっただろう。悪い意味で金額を見て、目が眩んでいた気はするが。
そもそも、セバスチャンに喧嘩を売ったのだってそうだ。
仮に冒険者を雇って勝手に動かした責任が公爵家にまで及んだとしたら、当然、その金の出所が問題になる。事情を話せば、カイトもセバスチャンも、ルシアナが宝石を売り、それを元に冒険者を雇うことを了承したかもしれないが、それでは、カイトが責任を問われるかもしれない。
あくまで、ルシアナが勝手に家の宝石を売り払って、それを資金源にした――そういう体を作る必要があったのだ。
もっとも、それはカイトがいとも簡単に了承してしまったことで、半分失敗に終わったが。
「本当に凄い遠回りなご主人様だよな」
キールは小さく呟くと、急いでルシアナを追いかけたのだった。