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第174話

「もしかして、ジーニアス様ですか?」


 ルシアナの問いに、彼は笑顔で頷いた。

 ジーニアス・ロドリゲス。

 彼がこの学校に入学しているのは知っている。

 なにしろ、前世での出会いがこの学園での出来事だったから。

 しかし、随分と印象が違う。

 ルシアナの知っている前世のジーニアスは、陰湿眼鏡とルシアナが陰口を叩くくらい嫌味な雰囲気のある人間だったが、いまのジーニアスはむしろその逆。

 非常に明るく、そして声も大きい。

 筋肉も盛り上がっていて、前世のジーニアスと比べると身体が一回り大きく感じる。


「シアちゃん、ジーニアス様とお知り合いなの?」

「はい。ちょっといろいろと……」


 アリアに尋ねられたルシアナは、目の前の人間が本当に知り合いのジーニアスなのか半信半疑のまま頷いた。

 この世界でのルシアナとの出会いは数年前に遡る。

 ポーション作りに興味のあるジーニアスはルシアナのポーション作りの腕を見込んで弟子入りを申し出た。

 訓練の結果、粗悪品であるがポーション作りに成功している。

 その後も訓練は続いたが、ある時を境にその訓練は終わりを迎えた。

 ジーニアスが実家に呼び戻されたのだ。

 毎日冒険者ギルドに行って薬作りに夢中になっていることが両親に知られて、学院に入るまで鍛え直す羽目になったと手紙には書いてあった。

 その後、ルシアナもヴォーカス公爵領に行ったりして手紙のやり取りもできなくなってしまっていたが、手紙でやり取りできないときになにがあったのだろう?


「ジーニアス様は少し大きくなられましたね」

「ええ、父に鍛えられ、先日は初陣を果たしました。私のポーションの出番がなかったのが悔しくて仕方ありません。ところで、師匠はもしかしてこの講義の講師をなさるのですか?」

「ち、違います。私はここの生徒ですから」

「そうだったのですか。しかし、師匠に勝る薬師がこの国にいるとは思えませんが」

「そんなことありませんよ。私の技術は修道院で学んだものですから」


 ルシアナの知識はファインロード修道院の修道院長に教えてもらったものだ。

 専門的に薬を研究している者ではなく、教会仕込みと、転生してからは書物による独学。

 前世では薬学の講義は受けなかったから、学校で薬学を学ぶのは初めて。

 だからルシアナはとても楽しみにしていた。


「え? ですが師匠の――」


 とジーニアス様が何かを言おうとしたとき、講師が教室に入ってきた。

 ルシアナは近くの長テーブルにアリアさんとコリーヌさんに挟まれる形で座った。

 ジーニアスはルシアナの前に座っている。


「えぇ、皆さん、初めまして。私は――」


 若い女性の講師が挨拶をしようとして、そして彼女はルシアナを見て一瞬言葉に詰まったが、気を取り直して自己紹介を始めた。


「この薬学の講師を担当させていただきますロレッタです。王都の薬師ギルドでギルド長をしています」


 薬師ギルド長のロレッタは、以前、ルシアナが公衆浴場に行ったときに出会った。

 以前の薬師ギルド長はモーズ侯爵家が没落したときに遠縁であったため解任され、彼女が新しいギルド長になった。

 薬師ギルド内外の双方からも評判がよく、ルシアナもいい人だと思っている。

 ヴォーカス公爵領が魔物に襲われたとき、薬を送ってもらったりお世話になった。

 薬師ギルドのギルド長がわざわざ講師に来てくれたようだ。

 てっきり、王立研究所の人が来ると思ったけれど――ハインツは薬については詳しいけれど専門外みたいだし、最近は呪法薬の研究が始まったけれど、まだ学校の授業で教えるほど確立はしていないだろうし、だとすれば妥当な人選だろうか? と納得する。


「では、さっそくですが講義を始めます。まずはこれから皆さんに魔力液をお配りいたします」


 ロレッタさんは魔力液を配る。


「今日はこれを使ってポーションを作っていきましょう」

「先生! 魔石は配らないのでしょうか?」


 ジーニアスさんが尋ねたのでロレッタさんは頷いた。


「はい。魔石はポーション作りを行うために必要不可欠と思われています。ですが、本来ポーション作りに魔石は必要ありません。何故かは次回の講義で説明しますね。今回はただ魔力を流してください。それだけでもポーションと呼べるものに仕上がります。もちろん、普通にしたら怪我を治したりはできませんけれどね」


 ロレッタさんは説明をした。


「魔力を流すだけか。それなら私でもなんとか――」


 コリーヌさんは簡単そうだと思って安心している。


「では、まずは見本をお見せしますね」


 ロレッタさんが言った。

 薬師ギルド長のポーション作りにはルシアナも興味がある。

 しっかりと見ようと思ったら彼女はルシアナを見て言った。


「では、シア様。前に出て実践してみせてくれますか?」

「え!? 私がですか!?」

「はい。シア様の方が私より上手ですから。皆さん、シア様は王都でも一、二を争う、いえ、他者の追随を許さない薬師です。どうして授業を受けているのかはわかりませんが、せっかくの機会ですからちゃんと見てくださいね」

「……えっと、私は生徒ですよ?」

「はい。でも上手ですから」


 皆がルシアナに注目する。

 思ってもいない展開だった。


「さすが師匠です! このジーニアス様、不肖の弟子ながら師匠の勇姿、しかと見届けさせていただきます!」


 ジーニアスは感動で涙を流していた。

 そんな状態だとまともに見られないだろうと、近くにいた女子生徒がハンカチを貸していた。

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