いつもの様に椅子に座り、いつもの様に書類に目を通して仕分けをする。自分で判断出来る物は判断し、対策を考える。
【幸せだ……書類仕事はいい。没頭出来るからな! 悪役令嬢の事も考えなくて済むし……はっ! 言ったしりから考えているじゃないか!】
何てことだ。ついふとした瞬間に思い出してしまう程、シャーロットはもうギルバートの心の中に根を張りだしている。これはいけない兆候だ。
「根絶やしにしてやる。【見ていろ、悪役令嬢シャーロット。かならずお前と婚約破棄してみせるからな!】」
「お、お早うございます、王子。追加の書類をお持ちしました」
シャーロットとの婚約破棄を固く心に誓ったところで、サイラスが入室してきた。その顔は引きつっている。
サイラスにこんな顔をさせてしまうとは。主失格だ。やはり六割も口に出さない方がいい。
「ああ。【おはよう、サイラス。見てみろ、今日もいい天気だぞ。ん? 何やら見た事ない鳥がいるな】」
ギルバートは気を取り直してサイラスの機嫌を取ろうと努めた。
朝日が差し込む窓に視線を向けたギルバートは、窓の外の木にここら辺では見慣れない鳥を見つけた。何て愛くるしいんだ。
窓を開けてよく見ようとしたところで、サイラスが近寄ってきたのでギルバートは体を少しズラして場所を譲ってやった。どうやらサイラスも見たいようだ。
【可愛いものは正義だからな! 気持ちは分かるぞ、サイラス。ところで、機嫌は直ったか?】
そんな事を考えながらギルバートは鳥が逃げないようにコソコソと言った。
「あれだ。見えるか?【可愛いだろ? しかしあれは何て言う鳥だろうな。なかなかのデカさだな……】」
ギルバートが言うや否や、サイラスはハッとした顔をしたかと思うと、ギルバートに一礼して執務室を飛び出して行った。
【なんだ、サイラスの奴! さては捕まえる気だな? 可愛いものな。気持ちは分かるが、鳥とは自由なものだ。そっとしておいてやれ】
ギルバートは窓を閉めて椅子に座りなおし、爆発したトウモロコシ人形を見て愕然とした。
【しまった! 修理を頼むのをすっかり忘れていた!】
◇◇◇
「い、居ました! 鳥です! 恐らく伝令に使われているものだと思います!」
サイラスは騎士団の鍛錬場に乗り込んで声を張り上げた。その言葉に騎士たちの間に緊張が走る。
まさかこんなにも早く見つかるとは! 騎士たちが弓を持って中庭に駆けだすと、ちょうどギルバートの執務室の外の木に、見かけない鳥が止まって羽を繕っているのが見えた。足にはしっかりと紙が巻かれている。あれに違いない。
矢を打とうとしたその時、執務室の窓が開いた。そこからギルバートが顔を出し、チラリと弓を持った兵士を見て一言。
「止めろ。【そんな所で矢の練習などしたら危ないじゃないか。誰かに当たったらどうするんだ】」
その一言に、庭に居た全員が固まった。どういう事だ? 鳥を逃がせという事か?
「これを食らえ【腹が減っただろう? トウモロコシ人形の中に入っていたひよこ豆だぞ。美味しいぞ】」
固まる騎士達を後目にギルバートが鳥に何かを投げつける。
するとその何かが鳥に命中し、鳥は慌てた。その時、木の枝に引っ掛けたのか足に結ばれていた紙だけが、パサリと落ちてくる。サイラスは慌てて紙の回収に向かった。
執務室ではギルバートが、冷たい視線を飛び去った鳥に向けている。それを見て騎士達はギルバートの思惑を察した。
「手紙だけを奪ったのか……」
「鳥が戻らないとなると、こちらが気付いている事に気付かれてしまう、と、そういう事か」
確かに、鳥が戻って来なければ向こうは怪しむだろう。そしてまた作戦を変更して攻めてくるに違いない。それは避けたい。
それに気付いて誰ともなくギルバートに礼をした。ギルバートの思慮深さを称えて。
◇◇◇
【……すまん。当てるつもりはなかったんだ……これに懲りずにまた来てくれよ】
鳥が飛び去った空を見つめながらギルバートは心の中で鳥に詫びる。可愛い鳥だったのに、切ない。
まぁしかし、ギルバートにはコッコちゃんとピッピちゃんが居る。これはきっと、あの二人を可愛がってやれ、という神の思し召しだろう。
執務室の窓を閉めたギルバートは、また書類仕事に戻った。夢中で書類仕事をしていると、あっという間に夕方だ。
いよいよ明後日は舞踏会。初めてロタに会える。結局、贈り物は何も決まらなかった。そう言えば贈り物に関するポエムがキャンディハートさんの詩集の中にあった気がする。
ギルバートは自室で鍛錬後のレモネードを飲みながら詩集の第三巻を取り出した。
『何を送りたいかじゃないの! 何を欲しがってるかが重要よ!』
その通りだ。ギルバートは目を閉じた。
今まで贈り物は何をあげれば喜ぶのか、という事しか考えていなかった。相手の顔を思い浮かべ、喜ぶかどうかを妄想していたが、それはあくまでギルバート調べだ。