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第20話

「こうやって会うのは、何だか変な気分だな」

「そうですね。いつもは懺悔室だったから」


 そう言って恥ずかしそうに視線を伏せたロタは最高に可愛い。


「それにしても驚いた。まさかあの花畑で会ったのがロタだったなんて」


 言ってからギルバートはハッとした。あの数秒の間視線を合わせただけの相手にこんな事を言われたら、気味が悪くないか? 自分なら怖い。何であんな一瞬の事覚えてんの!? って震える。


 けれど、ギルバートの予想とは裏腹に、ロタはおかしそうに口に手を当てて笑った。


「私も! まさかあれがギルだったなんて! てっきりギルバート王子だと思って……逃げちゃってごめんなさい」

「……いや」

【ギルバート王子だが? 本物のギルは今も城で鍛錬に励んでいると思うが?】


 思わず言いたくなる本音を堪え、ギルバートはゆっくりと首を振る。


「こちらこそあの時は驚かせてすまなかった。こんな大男、森で会ったらクマと見間違えても仕方がないからな」


 懺悔室でいつも話す相手だからか、いつもなら黙っているような本音もスルスルと話せる。


 ギルバートの言葉にロタは噴き出した。


「クマだなんて! こんな美しいクマは見た事ないです。ギルと話すのは本当に楽しい」


 クスクスと楽しそうに肩を揺らすロタを見ていると、自称面白みのない系王子を返上できそうだと思えるから不思議だ。


【僕もだ、ロタ。こんなにもニヤけそうになるのを堪えるのが大変なのは、生まれて初めてだ】


              ◇◇◇


 サイラスは愕然としていた。護衛の為にホール入りしているガルドも目を剥いてギルバートを凝視している。


【お、王子が二言以上、女の子と話をしてる……】


 しかも自分から彼女に手を差し出し、握手を求めたではないか! 何か意図があるのか?


 サイラスは黙ってギルバートの動向を見守ったが、ギルバートは無表情ながら会話は弾んでいるようだ。一体何の話をしているのかは流石に聞き取れないが、これは一大事だとばかりに警備をしているガルドの元に駆け寄った。


「ガ、ガルド!」

「ああ。ちょっと待ってくれ、俺も少々混乱している。王子はシャーロット姫に会った事があったのか?」

「……は?」


 ガルドが何を言っているのか分からなくて、思わず聞き返してしまった。どういう意味だ? シャーロット姫? あれが!? 


【ものすっごい美少女だけど!?】

「ああ、悪い。俺達警備はお前よりも先に会場入りしてるだろ? だから出席者の名前呼ばれるのも顔も全員見てたんだけど、あの女はシャーロット・アルバと呼ばれていた」

「えぇ!? か、仮面は!?」

「つけてないな。だから皆も驚いてたんだろう。でも、誰も近寄ろうとはしなかったが」

「あれが……シャーロット姫……」


 シャーロットは悪名高い『悪役令嬢』だ。それ故に色んな所から婚約を解消されていると聞く。最後の砦がギルバートだったのだというのは有名な話で、ギルバートは国内ではともかく、他国の人間にとっては『冷酷で無慈悲なグラウカの銀狼』だ。そんな二人ならお似合いだと結婚話を持ってきたのだろう。ギルバート命のサイラスからしたら、到底納得できない訳だが。


「あれが悪役令嬢……?」


 とてもそんな風には見えない。どこからどう見てもただの無邪気な美少女だ。


 ふと見ると、主賓席から物凄い顔でシャーロットとギルバートを睨んでいるユエラが目に入った。どうやらそれはガルドも気づいたようで、ボソリと低い声で言う。


「女の嫉妬は怖いな」

「あれ、嫉妬かな? それだけじゃない気がするんだけど」


 嫉妬にしてはその視線に侮蔑が混ざっている気がする。


「嫉妬だろ? だって、どう考えてもシャーロット姫の方が可愛い」

「ガルド……処刑されても知らないよ」


 それにしても何かが変だ。いつも仮面をつけているシャーロット。悪役令嬢シャーロット。果たしてあれは本当にシャーロットなのだろうか? 


 サイラスはそんな事を考えながら、まだ語り合う絵になる二人を見ていた。


                ◇◇◇


【白パンはトウモロコシ人形よりもはるかに手触りがいいな】


 ギルバートはそんな事を考えながら、ロタの手をじっと見つめる。しっとりウルウルした肌は、もしかしたら白パン以上かもしれない。


「そう言えばギル、知っていますか?」

「ん? 何だ?」

「キャンディハートさんの新作が来月も発売されるらしいんです!」

「何!? 二か月連続で刊行されるのか!?」

「はい! 親しい本屋の方に聞いたので間違いありません!」

「それは……今年一番の朗報だな。今作は主に人間の内面にスポットを向けた物が多かったが、来月のはどうなんだろう……」


 口元に手を当てて考え込むギルバートにロタも同じように首を捻った。


 可愛い。首を傾げても可愛い。白パンが口元にあるだけで微笑ましいだなんて、これは自分と同じ生き物なのだろうか? いや、そう言えば父は言っていた。女は自分達男とは別の生き物だ、と。


【うん、今なら全面的に肯定できる。これは僕とは全く別の生き物だ】

「一冊目が女心、二冊目が男心、三冊目が内面的な事だったので、次は外見的な事でしょうか?」

「確かに。流れ的にはありえそうだ。しかしキャンディハートさんは人の心情に長けた方だからな。もしかしたらもう一度内面的なものが来るかもしれない」

「そうですね……キャンディハートさんぐらいの方なら、あんな一冊で終わるとは思えません。ああ、どうしましょう! 今からワクワクしますね!」

「全くだ。その為にも僕は必ず戦争地から生きて戻らなければな」


 今月末に開戦争になる戦争を思い出したギルバートは、ため息をつきながら言った。


「戦地?」


 眉を顰めて悲しそうな顔をするロタを見て、ギルバートは言わなくてもいい事を口走ったのだと気付いた。やはり、六割も黙っていなければならない。


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