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第21話

 しかしここまで言ってしまったらもう後には引けまい。


「ああ。行きたくはないが」

「そんな……ギルは戦争にも行くんですか?」

「もちろん。身代わりだからな」


 いや、本人なのだが。しかし今は替え玉のギルとして居るのだ。それに嘘は言っていない。戦争にも当然ギルは来るのだから。


 それを告げると、ロタは悲しそうに目を伏せた。


「身代わりだなんて! あなたはあなただわ。ギルバート王子じゃないです!」

【いや、ギルバートなんだが。しかしロタにこう言ってもらえると、何だか無敵にでもなれそうだな】

「ありがとう、ロタ。僕は必ず戻る。でなければキャンディハートさんの新刊が読めないからな。何より、僕は新刊でロタとまた語りたい」

「きっとですよ? 絶対に戻ると約束してくださいね?」

「ああ。僕は負けない」

【何故なら痛いのも疲れるのも嫌だからな! 何よりこの白パンをもっと触りたい……】

「じゃあ、約束です」


 そう言ってロタが小指を差し出して来た。ギルバートが首を傾げると、徐にロタの白パンで小指を掴まれた。


「!」

「これは約束をする時のおまじないなんです。必ず果たされますようにって言う」


 ロタはギルバートの小指に自分の小指を絡めてくる。それだけでギルバートの中の何かが崩壊しそうになる。駄目だ。これ以上は無理だ! 色んな所がヤバい! そう思っているうちに小指は気づけば離れていた。少しだけガッカリした。


【白パンの破壊力は半端ないな。これは何が何でも帰って来なければ!】


 その時、ホールに音楽が流れだした。ワルツだ。あちこちからパートナーを連れた人達が手を取り合って笑顔でホールに進んで行く。この流れで誘うか? 流石に断られないだろう。何せ小指を絡ませた仲なのだから!


 ギルバートはちらりとロタを見た。ロタは羨ましそうにホールを見ている。ような気がする。


 しかしダンスだ。踊るのははっきり言って数年ぶりである。何故なら誰も誘ってくれないから! 苦い思い出が蘇りそうになるが、ギルバートは勇気を振り絞ってロタに手を差し出した。


「踊るか?」

「! い、いいんですか?」

「こういう時の為にしか役に立たないからな。ダンスの練習の成果など」


 無駄だ無駄だと思ってはいたが、今はやっておいて良かった、ダンスの猛特訓。

 ギルバートの言葉にロタは嬉しそうに頷いてギルバートの手に白パンを重ねてくる。


 滑りだすようにホールの輪に混ざり、出来るだけ端っこでひっそりと踊っていたのだが、気付けば二人の周りには誰も居なかった――。


【こんな所でも避けられるのか……切ない。しかし、今日はロタが一緒だからな!】


 一人だと三日は寝込む案件だが、二人なら心強い。


 しかし見せつけてやろうとはならない。そして改めて気付いたダンスの恐ろしさ。


【こ、こんなに体が密着するのか! これは何と言うか……大変だ!】


 どこがとは言わないが、色々大変ではある。そして今日も間違いなく夜更かし決定である。


「ギルはダンスも上手なんですね! 私はヘタクソでごめんなさい……」

「いや、うちの母よりは全然上手い」


 母のステップはいつだって滅茶苦茶だ。だから毎度思うのだ。振り回される父はさぞかし大変だろうな、と。


 しかしその考えは今改めた。ステップなどどうでもいい。こうやって密着できるという事が何よりも尊い。


「お母さま? ダンスがあまり上手ではないの?」

「ああ。それは酷いものでな。ダンスが終わると父は絶対に一度部屋に戻るんだ。ドレスで見えないから分からないが、あれは絶対に何度も父の足を母が踏んでいるんだろうな」

「ふ、ふふ! 楽しそう! 見てみたいです」

「機会があれば見に来るといい。今日の様に姫の振りをして」


 ギルバートの言葉にロタは、悲しそうに微笑んで頷いた。


「はい、是非」


 ロタのその表情の意味が分からなくてギルバートが首を傾げた所で曲が終わった。ここでパートナー変更だ。


 しかし、ギルバートはパートナーの変更はしなかった。何年振りかのダンスは思った以上に疲れたのだ。この疲労感は鍛錬の時とはまた違う疲労感だ。


 何よりも、ロタがどこかの令嬢に呼ばれて会場から去ってしまったのだ。


 ならばもう、ギルバートもここには用はない。アルバの長女に挨拶をしてさっさと部屋に戻ろう。そうだ、そうしよう。


 ギルバートはサイラスの元へ戻ると言った。


「挨拶をして戻る【戻ったらすぐにレモネードを用意してくれ! ところで】見ていたか?」

「はい、流石でした」

「ああ。【そうだろう? 僕にしては上出来だったんじゃないか!? いや、それは部屋に戻ってからにしよう。】行くぞ」

「はい」

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