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第23話

「僕もだ。誰の役にも立たない。本当は戦争にも行きたくないし、言いたい事の六割どころか、一割も言えない」

「そんな事ありません! 私はギルが居るから一週間、楽しく暮らせるんです!」


 そう言って勢いよく立ち上がったロタ。


 しかし、忘れていた。ロタは相当におっちょこちょいだという事を! 


 ロタは立ち上がった拍子に足を滑らせた。そしてそのままの勢いでギルバートに圧し掛かってくる。まぁ、後は言わなくても分かるだろう。二人して噴水に落ちたのだ。


「……」

「……」


 噴水の中で二人はしばらく無言だった。ロタの顔から仮面がはがれ、中途半端な所で止まっている。何だかそれが可笑しくて、思わずギルバートは噴き出してしまった。


「はは! ははは!」


 そんなギルバートに釣られたようにロタも笑いだす。


「ふ、ご、ごめんなさい、ギル」

「笑いを堪えられなかったのは久々だ。ロタ、酷い恰好だぞ?」

「ギルも。びしょ濡れです」

「誰のせいだ」


 そう言って立ち上がったギルバートは笑いを噛み殺しながらロタの手を取って引っ張り上げた。冷えた白パンもいい。


 お互い噴水から這い上がると、服の水を絞る。ザバーっと出て来る水にまた笑いがこみ上げてきた。


「ギルが笑ってるの初めて聞きました」

「そうか? 僕は割と笑い上戸なんだが……まぁ、そうだな。あまり人前では笑わないな。【というよりも、王子は威厳なくしてはならないからな。日々必死に耐えてるんだよ、ロタ】」

「私もです! 私も普段は笑わないよう心掛けてるんです!」

「そうなのか? 勿体ないな。【ロタが笑うと元気が出るというのに】」

「はい。だから、ギルの前でだけ、です」


 俯いて耳まで真っ赤にしてそんな事を言うロタ。それを見た途端、ギルバートの中で何かがガラガラと音を立てて崩壊していく。


「……【神よぉぉぉ! こ、これが噂に聞くフラグという奴か? そうなのか!?】」


 その場で飛びあがりそうな程喜びそうになったところで、ふと思い出す。かの有名な『悪役令嬢』の存在を……。


 思わず抱きしめそうになったのをすんでの所で堪えて、ギルバートはなけなしの勇気を振り絞ってロタの頭に手を置いた。そしてポツリと言う。


「僕もだ」


 と。


 これが精一杯だった。これ以上ロタに触れてはならない。よくある少女向けの話のように、王子とメイドの秘密の恋などありえないのだから。悲しいが。後ろ髪がグイグイ引かれるが。


 本音を言えばこのままグラウカにロタを持って帰って、毎日この白パンを揉んで寝たい。


 しかし、それは出来ないのだ……辛い。所詮ギルバートにはトウモロコシ人形がお似合いなのだ。


「風邪を引くぞ、ロタ。そろそろ部屋に戻った方がいい」

「ええ、ありがとうございます。ギルも、部屋に戻ったら暖かくしてくださいね」

「ああ。ありがとう。それじゃあロタ、おやすみ」

「はい! おやすみなさい」


 こうして想い合う二人は別れた。


 すまない、少しだけ脚色した。想い合っているかどうかは分からないが、少なくともギルバートは思っている。もっと一緒に居たい、と。


 ギルバートはびしょ濡れのまま部屋に戻りサイラスを驚かせた。駆け寄って来たサイラスには適当に嘘を吐いて、今日の事は誰にも黙っていようと心に誓ったのだった。


             ◇◇◇


 ギルバートがびしょ濡れになって部屋に戻って来た時には何事かと思ったが、ギルバートは涼しい顔をして言った。


『有益な情報が手に入った。問題ない』


 と。


 いつもは厳しいギルバートだが、情報を得る為にはびしょ濡れにもなるという事が、今回の事で分かった。どうやらギルバートは情報の為には心の広い王子の仮面を被るという事もするらしい。それにしてもどんな手を使ってどんな情報を手に入れたのか気になるところだが、それ以前にまずはギルバートが風邪を引かないようにするのが先決だ。


「ああ、サイラス。これをシャーロット姫の替え玉に名を伏せて送ってくれ。【グラウカのお菓子だからな。すぐに僕からだと気付くだろう。ロタはきっと喜ぶぞ! とにかく女子は甘い物に目が無いと言うからな! 母上調べだが】」


 そう言ってギルバートがサイラスに手渡してきたのは、あの薬草がぎっしり詰まった箱である。それを聞いてサイラスは引きつった。


「な、何故です?」

「何故? 決まっている。使い道など一つしかないだろう。【菓子だぞ? 食べる以外にどうするんだ】」

「!」


 ギルバートの答えを聞いてサイラスにはハッキリと分かってしまった。ギルバートはアルバと手を組む気などさらさらないと言う事が。


 どうやらギルバートはあの替え玉とそういう取引をしてきたようだ。


 あの箱に詰めた薬草は用法を間違えれば毒にもなりうる。それをあえて名前を伏せて送るという事は、薬草と見せかけてシャーロットを暗殺しろという事か!?


 しかし何故。そこで思い出す。あの砦だ。もしかしたら、あの砦は既にアルバがモリスと手を組んでいるという事なのではないか? でなければ、そういくつも易々とアルバにモリスの砦など築かせないだろう。


 これはえらい事になった! 


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