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第24話

 サイラスはギルバートに今日のレモネードを渡すと、箱を持って部屋を後にした。


 そのまま慌ててガルドの部屋を訪ねて、起こった事の全てをガルドに話す。


「……なるほど。ありえない話ではないな。そもそも謎だったんだ。モリスの連中がグラウカに来るには、必ずアルバを通らなければならない。アルバは開戦日を知っているはずだ。それなのに、開戦してもいないのにあの量の弓兵が通る事を許可するなんておかしい。だが、モリスとアルバが既に手を組んでいるとすれば、少しもおかしくはない」

「じゃ、じゃあやっぱり?」

「ああ。お前の読みは正しいかもしれない。調べてみなければ何とも言えないが、もしかしたら王子はモリスとアルバが手を組んでいる事を既に知っていて、共倒れをさせようとしているのかもな」

「共倒れ?」

「そうだ。王子は今日あえて皆の前で婚約者のシャーロット姫と仲が良い所を見せつけ『悪役令嬢』との結婚の意志がある事をアルバの人間の前ではっきりと示した。そして時期を見てシャーロット姫が死んだとしたら、誰が疑われる? もしかしたら王子も疑われるかもしれないが、立場的に誰かの手によって婚約者が殺されたとアルバに戦争を仕掛ける事も出来るんだ」

「あ……なるほど」

「そして『悪役令嬢』が死んだ時点で、アルバとグラウカの友好条約は立ち消える。その時アルバは必死になって誰かを犯人に仕立て上げるだろう。身内が犯人では、やはり攻め込まれる可能性がある。だとしたら、一つしかないな?」

「モリス……では何故モリスと手なんて組むのかな」


 サイラスはポツリと言った。


「元々アルバはグラウカと友好条約が済んだら、モリスと手を組んで攻めて来る気なんじゃないか? 『悪役令嬢』にこちらの情報を流させてな。それがバレて『悪役令嬢』が処刑されようが、アルバにとっては痛くも痒くもない。何せずっと手を焼いていた女なのだから。だが、王子はそれをしっかり見抜いているんだろう。アルバはまさか王子が今日のシャーロット姫が替え玉だと知っているという事は知らないだろうし、ましてやそこでそんな取引がされている事も知らないはずだ。王子が替え玉だとすぐに見抜けたのは、もしかしたら何らかの形で二人は連絡を取り合う間柄だったのかもしれない。怪しいのは教会だな。今までずっとこの計画を二人で進めていたのだとしたら、本当に恐ろしい方だよ、王子は」

「そんな……そんな事今まで一度も……だとしたら、王子の言ってた有益な情報って」


 信用されていなかったのだろうか。落ち込むサイラスにガルドは慰めるように肩を叩く。


「間違いなくそれだろう。王子はだから狼なんだ。用心深く、思慮深い。簡単に腹の内は見せない人だ。それはお前が一番よく知ってるだろ? サイラス」

「……ああ」


 悲しいが、仕方ない。信頼されていない訳ではないだろうが、サイラスでは役不足だと思われているのかもしれない。もっと、ギルバートに信頼される従者になろう。


 サイラスは拳を握りしめて頷くと、ギルバートの言った通り、薬草の箱を送り主不明で替え玉に送ったのだった。


              ◇◇◇


 帰りの馬車の中で、ギルバートはいつになく上機嫌だった。


 アルバの主賓たちに挨拶をした後、馬車に乗り込み少し行った所にロタが居たのだ。


 それを見て先程の主賓の中にいたあの仮面の女が『悪役令嬢シャーロット』だと気付いたギルバートは一瞬顔を顰めたが、ロタの笑顔を見たらすぐにどうでも良くなった。


『止めろ【ロタが居るんだ!】』


 馬車を止めたギルバートは早足でロタの元へ向かう。


『ロタ! どうしたんだ?』

『ごめんなさい、止めてしまって。お見送りがしたかっただけなんです』

『いや、構わない。そうか【お見送りか! 何だか新婚のようだな!】』

『道中、気をつけて下さいね。最近、モリスの方達がよくここを通るんです。森の中にも入ってるみたいだし……私には事情は全く分かりませんが、何だか嫌な感じがするので……狼も出るし、本当に気をつけてください』

『モリスの人が? 分かった。教えてくれてありがとう、ロタ。君も気をつけるんだぞ』

『はい! それでは、またあの教会で』

『ああ、また』


 これがほんの数十分前の事だ。最後の挨拶に握った白パンの感触を噛みしめつつ馬車の外を眺めていると、森の奥で何かが動いたのが見えた。


 狼かもしれない! 咄嗟にギルバートは思った。何故なら可愛いロタが言っていた。モリスの人と狼が出る、と。モリスの人はともかく、狼は危険だ!


 ギルバートはサイラスに言った。


「今すぐスピードを上げさせて国境を超えろ【川を挟めば狼とて追っては来るまい!】」

「? は、はい!」


 サイラスが御者台にそれを伝えると、馬車のスピードがグンと上がった。よしよし。馬達、いいぞ! 頑張れ! 狼から逃げきるんだぞ!


 心の中の応援が通じたのか、ぐんぐん森から遠ざかる。これはアルバの者に伝えておいた方がいいかもしれんな。森に狼がウヨウヨしていたら、気軽に山菜やキノコが取りに行けないじゃないか。

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