「サイラス、戻ったらアルバにすぐに手紙を」
「は! なんと?」
「森の狼に用心するように、と【危ないからな、狼は。あいつらは徒党をくんで襲ってくるんだぞ! ある意味クマよりも危険だ】」
「! はい!」
サイラスは急いでギルバートの言葉を手帳に書きつけている。うん、やはりサイラスは仕事熱心だな。感心感心。
それにしてもロタの言うモリスの人達がやってくると言うのも少し気になるな。シャーロットはどうなろうが構わないが、ロタに何かあったら困る。一体モリスの連中は何をしてるんだ! むやみやたらにウロついては、近隣の人が不審がるじゃないか!
「モリス……【全く。けしからんな。所でそろそろ腰が痛くなってきたんだが、城に戻ったらモンクに頼んで】少し灸を据えるか」
「!」
「!?」
【あれをやると驚くほどスッキリするからな! 東の医学は素晴らしい!】
向かいの席で何故かサイラスとガルドが息を飲んでいるが、ギルバートは自分の手の平を凝視していた。何度も握ったり開いたりを繰り返す。
【はぁぁ……白パン……フワフワ……心なしか良い匂いもした気がする。はっ! 僕は大丈夫だっただろうか? 帰ったらすぐに香りの良い石鹸を用意してもらわなければ。やはり身だしなみは勿論だが、匂いも重要だとキャンディハートさんも言っていたしな! ついでにロタにも送ろう】
どんな香りの石鹸が良いだろう。香りがいいと言えばやはりロースか? リンリーの花もいいな! そんな事を考えているうちに馬車は何事もなく無事に城に到着した。
ギルバートは戻るなり忘れないうちにすぐさまモンクの所へ向かった。
「モンク。【すまないが少し灸を据えてくれないか。もう腰がバキバキなんだ】頼めるか?」
「お、王子! は、はい、ただいま!」
そう言ってモンクは慌てて何かを用意し始めた。そしてズラリとギルバートの前に何かを丁寧に並べて行く。ん? なんだ、これは。色のついた沢山の紙を並べるモンクに、ギルバートは首を傾げながらも一枚の紙を手に取った。
「これが結果です。毒性の反応は一番高い赤でした」
「そうか【ところで灸は……いや、今日は止めておこう。何だか忙しそうだしな】」
ギルバートは一番高い毒性を示す赤い紙を受け取り、その足でリドルの所へ向かった。あの賢者ならば、きっと良い香りの石鹸を立ちどころに作ってくれるだろう。
「リドル、居るか?」
「王子。お帰りなさいませ。いつ戻られたんです?」
「ついさっきだ。お前に頼みたい。リンリーの花を至急大量に用意してほしい」
「リンリーを、ですか? 構いませんが、何にお使いに?」
「何に、だと?【良い香りの石鹸を作るんだ! それをロタに】プレゼントすれば、きっと喜ぶと思わないか?」
「! 畏まりました。手配しておきます」
「ああ。頼んだぞ」
リドルは頭を下げてギルバートを見送ってくれた。ふぅ、忘れる前に全部頼めたな。さて、溜まっている仕事を片付けるか!
◇◇◇
「サイラス、見ろ」
ガルドは馬車を慎重に調べていたが、やがて馬車の後方に一本の矢が刺さっているのを見つけた。
「これは、モリスのだね」
「ああ。やはり、あの時王子は森の中で兵を見つけたんだな」
「そうみたいだ。あ、ここにも……何てことだ。いよいよあの話が信ぴょう性を帯びて来た」
「だな。これは俺から王に進言しておく。もしかしたら作戦を変える事になるかもしれないから、心しておいてくれ」
「分かった」
そう言ってガルドと別れたサイラスは、ギルバートの後を追う様にモンクの元に向かった。
「あれ? 王子が来ませんでしたか?」
「ああ、サイラス! 来ましたよ。仕込み針の毒についてすぐさま聞きにいらっしゃいました」
「そうですか! で、どうでした?」
「毒性は赤です。今の所、解毒薬も出来てませんねぇ」
そう言ってモンクは視線を伏せた。毒が少量すぎて毒性の強さしか調べられなかったのだ。
「そうですか、ありがとうございます。何の毒かも分からなかったんですか?」
「ええ。少なすぎて何とも」
「それでも赤、か。もし王子が気付いていなかったらと思うとゾッとしますね」
「全くです。しかし王子はよく気付きましたね」
毒の種類すら分からないほどの小さな針だった。それでもギルバートは気付いたのだ。その観察力には目を見張るばかりだ。
サイラスはモンクにお礼を言って次はリドルの元へ急いだ。