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第26話

「リドルさま!」

「ああ、サイラス。お帰り。さっき王子が来たよ」

「え? 王子がですか?」


 何をしに? 首を傾げたサイラスにリドルは真顔で言った。


「リンリーの花を大量にプレゼントしたいそうだよ」

「リンリーを? 誰にです?」

「それは一人しか居ないんじゃない? 王子に毒を盛り、毒針を仕込んだ女」

「誰だか分かったんですか!? でも、どうしてリンリーを?」

「まぁね。リンリーの花には毒があるんだよ。毒に長けている者だったら、それが王子から送られてきたらどう思う?」

「バレてると……思いますね」

「だね。つまり、王子からの警告、という訳。それをあえて僕に頼みに来るのが王子だね」


 不敵に笑うリドルを見て、サイラスはハッと息を飲んだ。リドルは既に犯人が分かっているらしい。流石、賢者リドルの名は伊達じゃない。


「要所要所でこうやって頼られるから、僕はいつまで経ってもここに居るのを止められないんだよ」


 そう言って苦笑いを浮かべたリドルの顔は、どこか誇らしげだ。一瞬、サイラスはそんなリドルが羨ましいとも思ったが、すぐに自分の考えを改めた。サイラスだって、ギルバートに仕えてもう十年だ。それは誇りに思ってもいいはずだから。


「それじゃあ、手配の方はお願いしても?」

「もちろん。特別に毒花だけで作った素敵な花束をプレゼントしておくよ」

「……」


 この人も怒らせたら怖い人トップ3に間違いなく入るな。サイラスはそんな事を考えながら、ギルバートの執務室に向かった。


 ギルバートは机の上で頬杖をついて赤い紙をヒラヒラさせながらそれをじっと眺めている。


「王子、長旅お疲れ様でした」

「ああ【サイラスもな。腰を痛めないよう気をつけろよ。僕の様に】」

「頼まれていた手紙の方も夜に出しておきます」

「任せる。【いつもすまないな、サイラス。お前の方が字が綺麗だからな】」

「はい!」


 ギルバートは赤い紙を机に置き、ふと言った。


「赤、か。【そう言えばロタの赤くなった頬はそれはもう可愛かったな! まるで毒のようだ。ジワジワと効くタイプの】」

「まだ解毒薬もない物のようです」

「そうか。【まぁ、解毒などしてもらわなくて結構だがな! いや、それでは困るのか。僕の婚約者はあくまでシャーロットだった……はぁぁ。破棄したい。今すぐ婚約を破棄したい!】頭が痛いな」

「はい。全くです……」


 ギルバートは常に狙われている。王子だから仕方ないとは言え、これでは精神もすり減ってしまうだろう。ギルバートのこんな弱音は珍しい。そう思った矢先、


「手っ取り早く【ロタを忘れる方法はないものか……いや、無理だ。】首を【斬り落とすぐらいしないと。それならばいっそ僕は父に習ったあの作戦を実行してみようか。名付けて】プレゼント【作戦だ。ロタを驚か】してやろう」

「そ、れは……本気ですか?」

「ああ、本気だ。【まずは想いを伝える! 多分、僕はロタが好きだ! いや、しかしその前に婚約破棄をしてからだな。でないと不誠実だぞ、ギルバート! しかし婚約破棄……それが一番問題なんだ……何せ悪役令嬢……怖すぎる】」

「畏まりました。すぐに手配します」


 ギルバートの言葉にサイラスは息を飲んで頷いた。やはりグラウカの銀狼は冷酷で恐ろしい。


             ◇◇◇


 開戦が一週間後に迫った頃、ギルバートはいつもの様に鍛錬をしていた。


 戦争になど行きたくないが、皆が何やら期待に満ち満ちの目でギルバートを見て来るから、今更嫌とは言えないギルバートである。本当は嫌だが。死ぬほど嫌だが!


 出来るなら部屋でキャンディハートさんの詩集にどっぷりと浸っていたいギルバートだ。何せ二か月続けての刊行。こんな事は初めての事なのだ! 今までは一年に一冊のペースだったというのに! 


【ロタに発売日を聞いておかなければな! さて、今日も気合いを入れてレモネードの為に鍛錬を、ん?】


 いつもの鍛錬場の風景の中、視界の端に何かが写り込んだ。ギルバートが視線をそちらに向けると、何かがこちらに飛んでくる。


【何だ、あれは。石か? 危ないじゃないか! ここには他にも騎士達が居るというのに! あんな所から石を投げつけてくるやつがあるか!】


 ギルバートは持っていた模擬刀で飛んで来た石を思い切り打ち返してやった。


 すると、石は物凄い勢いで飛んで来た方向に返って行き、次の瞬間。


 ドン! と言う激しい音と共に、森の一部が一瞬で消し飛んだではないか! 地面もちょっと揺れた!


「!? 【うわぁぁぁぁ! な、何なんだ一体! ち、違うぞ? 言っておくがやったのは僕ではないぞ!? というか、打ち返しただけだからな!?】」


 驚いた騎士達や城の中から使用人達が音の正体を探ろうとゾロゾロと出て来る。そしていつもの如く、ギルバートは腰が抜けそうになるのを気合いで堪えていた。


「お前たち、行くぞ! 王子はお下がりください!」

「ああ【後は頼む。僕は少し貧血を起こしそうだ】」


 ギルバートは後の処理をガルドに任せてその場を立ち去った。ああ、ヤバイ。本当にくらくらしてきた。何だか耳鳴りもするし。何てことだ。ただの石ではなかったのか。怪我人が出てなければいいが……あそこに生えていた木には悪い事をしたな。


 執務室に戻ったギルバートは薬棚から鉄分が凝縮した包みを取り出して飲んだ。貧血の時にはこれがいい。チキンハートのギルバートはしょっちゅう貧血を起こす。ドキンとしただけで起こす。だからこの鉄分はギルバートには必須なのである。


 ソファに深く腰掛けたギルバートは、大きなため息を落とした。


 全く、とんだ日である。そう言えば今日は朝から散々だった。


 目覚めたら枕元に置いてあるキャンディハートさんの詩集がベッドの下に落ちていたのだ。


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