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第31話

「サイラス?【こんな所でどうしたんだ? 誰かに虐められたのか!? おのれ、許さんぞ! どこのどいつだ!】」

「お、王子! ど、どうしてここに!?」


 驚いたサイラスの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。ああ、もしかしたらサイラスも聞いたのかもしれないな。亡くなったメイドの事を。


「ああ。花を、手向けようと思ってな」


 さっきメイドが一人、若くして亡くなったと聞いた。あまりにも不自然な死に方をしていたので素性を調べたら、どうやらモリスのスパイだったようだ。何故そんな事をしたのか……。


 スパイであればこちらにバレた時点で死は確定してしまう。


 どうするかと聞かれたが、どうもこうもない。死者の向かう国には国境など関係ない。人の世で犯した罰はもう受けたのだから、神の国に行く時には手厚く送るに決まっている!


 ギルバートは花壇から摘んできた花を教会の方角に向かってそっと置くと、胸に手を当てる。


 ギルバートの部屋の掃除係だったメイドだ。言葉を交わした事はなくとも、顔見知りではあったのだ。


「やはり、戦争など無い方がいい【絶対にそうだ。戦争などあるから、彼女のような者が出て来るんだ】」

「!」


 ギルバートの言葉にサイラスは一瞬驚いたような顔をしたが、深く頷いて泣きそうな顔で笑う。


「私も、そう思います。王子」

「そうか」


 誰もしたくないのだ、あんなもの。やはりモリスとの戦争は早々に終わらせるべきだな。


 執務室に戻ると、ガルドが部屋の前で待機していた。


「どうした?」

「王子に少しお耳に入れたい事が」

「ああ、入れ【ついでにお茶でも飲むか?】」


 ピリピリしたガルドの空気にギルバートは怯んだ。嫌だなぁ、この空気。


 そんな事を考えながら執務室の椅子に腰かけたギルバートにガルドが一枚の手紙を見せてきた。


 それはアルバの騎士団からの手紙だった。


 ガルドは以前からアルバの騎士団長とよく手紙でやり取りをしている。それは互いに腹を探り合う為なのだが、今回の手紙も取り留めのない話から始まり、最後の一文にこんな事が書かれていた。


『そう言えば、以前に言っていた砦だが、大分数を減らせたぞ』と。

「どう思いますか?」


 ギルバートはその手紙を一読して言った。


「前衛と後衛の数は減らせ。その分、左の森に騎士と馬を隠しておけ。右の崖の上には騎馬隊を。恐らく今回の戦争にアルバも参戦争してくる。【ロタの言っていたのは恐らくこれの事だな。何と言うことだ。ロタが知っていたという事は、これを仕掛けてきているのはシャーロットと言う事か! おのれ、悪役令嬢め!】 こんな姑息な手が通用すると思うなよ」

「姑息、ですか」

「ああ。【これはシャーロットの差し金に違いない!】直近でこんな情報を持ってきて、こちらの陣営を混乱させようとする作戦だろう【ロタはモリスの人がアルバの森に居るとも言っていたしな】」


 ロタの話ではシャーロットもまたギルバートには会いたくないと言っていたらしい。ということは、向こうにも結婚の意志など無いという事だ。そして悪役令嬢はどこの国との縁談も既に潰れている。という事は、狙っているのは玉座しかない。


 そして何よりもあの名高き悪役令嬢だ。自国だけで満足するとも思えない。この戦争を機に、きっと何か仕掛けてくるぞ。あの女はそういう奴だ! 見た事ないが。


「畏まりました。ですが、前衛と後衛を減らすのですか?」

「いや、減らしたのだと見せかけるだけだ。騎馬隊を投入する分、数は増やしておく。いい度胸だ。あっちがその気なら、こちらにも考えがあるぞ。【見ていろ、悪役令嬢シャーロット!】」


 グシャと手紙を握りつぶしたギルバートに、ガルドは頭を下げて退出していく。


 こんな事なら、もっと早く手紙を出しておけば良かった。いつまでもグズグズしていたからこんな事になったのかもしれない。


 しかし、怖いものは怖い! いや、待てよ? そもそも勢い込んでああは言ったが、もしも失敗したらシャーロットに報復される可能性もあるな! それは困る。困るぞ! 


【どうしたらいいんだ……キャンディハートさん……】


 ギルバートは胸ポケットから詩集を取り出して、運に任せてページを開いた。


『たまには奇想天外な事をするのもオススメよ! いつもと違うあなたに皆ビックリしちゃうかも。で・も。それが萌え♡』

「……なるほど。萌え、か」


 いや、よく分からん。よくは分からんが、それはいい考えかもしれない。絶対に負けられないし、報復されないように完膚なきまでに懲らしめてやらなければ。そしてあの手紙を突きつける! これだな!


 ギルバートは詩集を大事に仕舞って次の戦場の下調べを改めてしなおした。いつもならば正々堂々と真正面から突っ込むギルバートだが、いつもと違う、奇襲をかけてみよう。その為にはどこへ姿を隠すかが重要になる。いつもの表にはギルを置いておいて、自分は一般兵の甲冑でも着て紛れ込むか? いや、しかしあれは臭いからなぁ……。


【いやいや、ギルバート! 一瞬臭いのと一生奴隷とどちらがいい!? 臭いのだ! 間違いない!】

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