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第3話 「ぬいぐるみに告白したいんです。」

 昼休み——ホウソウ部部室。その日、ホウソウ部の扉を叩いたのは、2年A組の生徒・朝倉あさくらルリだった。


 ぱっつん前髪に巨大リボン、フリルだらけのセーラー服(※校則違反ギリギリ)。

背中にはうさぎのぬいぐるみ、名前は“モッフン”。

クラスではいわゆる「お姫様キャラ」で知られている。


「お邪魔してよろしいかしら?」


「……すごい……リアルに“よろしいかしら”って言う人、初めて見た……」


 陽菜がボソッと呟いたのも無理はない。ルリのキャラは、濃すぎた。


「それで、その……ホウソウ部さんにお願いがあって……」


 もじもじとしながら、ルリが差し出したのは、ぬいぐるみ——モッフン。


「この子に……“想い”を伝えるお手伝いを、していただけないでしょうか」


「……想い?」


「はい。あの、つまり……」


「つまり?」


「モッフンに、告白したいんですの!!!!」


「お、おおおおい!!」


 部室が揺れた。ガチで叫んだ。

陽菜が飲んでた麦茶を吹き出し、桐島が急いで電子辞書で「ぬいぐるみ 告白 方法」と検索していた。


「……あの、念のため訊くけど、それって……“好きな人がぬいぐるみに想いを込めて”とかそういうことでは?」


「違いますの!!!!」


「!?!?」


「私は、モッフンが本気で好きなんですの!!!!

だから、ちゃんと気持ちを伝えて、関係を進展させたいんですの!!!!」


「“進展”って何!!?」


「……本気みたいだな」


 桐島がメガネを光らせる(物理的に)。


 正直、誰もがドン引きしていた。だが、それ以上に——

ルリの表情は、どこまでも真剣だった。


「……小さいころ、私……ずっと一人でしたの。両親は海外赴任で、屋敷には執事とメイドだけ」


「お、お屋敷……!?」


「そこで出会ったのが、モッフンだったんですの。誕生日に届いた、たった一つの贈り物。

その日から、私はモッフンに話しかけ、手紙を書き、寝るときも一緒……。

どんなときも、モッフンだけは私の気持ちに寄り添ってくれましたの」


 ——なんか泣きそう。


「でも、私……自分の気持ちに、ずっと蓋をしてきたんですの。

『ぬいぐるみに恋なんて、ヘンだ』って。『気持ち悪い』って思われるって。

でも、違う。私は、本気でモッフンが好きなんですの!!!!」


「ルリ……」


 陽菜が、初めて“さん”付けで呼びそうになった。


 その日、ホウソウ部は前代未聞の依頼を受けた。


【ミッション:ぬいぐるみに告白を成立させる】


「方法としては、ルリさんの気持ちを“モッフン”の声として再現してあげること」


「つまり、“モッフンが喋る”って体にするのね」


「なるほどな。演劇部的アプローチで“応答”を作るってことか」


「よし、やろう! オレがモッフン役をやる!!」


「やめろぉぉぉぉぉ!!!!」


 夕暮れの校舎裏。桜の木の下。

ルリは、手にモッフンを抱いて、静かに立っていた。


 風が吹く。花びらが揺れる。

モッフンの背中には、小型スピーカー。声は——


「ルリ、いつもありがとう。キミの気持ち、ちゃんと届いてたよ」


「モ、モッフン……!?」


「ぼくも、ルリのことが……好きだよ」


 ルリの目が見開かれる。


「ずっと、そばにいてくれてありがとう。

寂しい夜も、泣いた朝も。

君が、ぼくを信じてくれて……幸せだった」


「……わ、たしも……わたしも……ありがとう、モッフン……!」


 涙が頬を伝う。

桐島の台詞だが、それでも——


そこには、間違いなく“想い”があった。


 部室に戻ったルリは、ぺこりと頭を下げた。


「……ありがとうございましたの。私は、これで——

自分の“好き”を、ちゃんと受け入れることができましたの」


「ルリさん……」


「ぬいぐるみに恋するなんて、やっぱり変かもしれませんわ。

でも、それを“変じゃない”って思える場所が、私には必要だったんですの。

ここに来て、よかったですの」


 ——ああ。

きっと、俺たちの部活は、こういう“想い”のためにある。


「……ちなみに」


「ん?」


「この前、クレーンゲームで取ったクマのぬいぐるみ……」


「……?」


「名前つけてるし、めちゃくちゃ話しかけてるの、知ってるから」


「なんで知ってるのぉぉぉぉぉ!!??」



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