昼休み——ホウソウ部部室。その日、ホウソウ部の扉を叩いたのは、2年A組の生徒・
ぱっつん前髪に巨大リボン、フリルだらけのセーラー服(※校則違反ギリギリ)。
背中にはうさぎのぬいぐるみ、名前は“モッフン”。
クラスではいわゆる「お姫様キャラ」で知られている。
「お邪魔してよろしいかしら?」
「……すごい……リアルに“よろしいかしら”って言う人、初めて見た……」
陽菜がボソッと呟いたのも無理はない。ルリのキャラは、濃すぎた。
「それで、その……ホウソウ部さんにお願いがあって……」
もじもじとしながら、ルリが差し出したのは、ぬいぐるみ——モッフン。
「この子に……“想い”を伝えるお手伝いを、していただけないでしょうか」
「……想い?」
「はい。あの、つまり……」
「つまり?」
「モッフンに、告白したいんですの!!!!」
「お、おおおおい!!」
部室が揺れた。ガチで叫んだ。
陽菜が飲んでた麦茶を吹き出し、桐島が急いで電子辞書で「ぬいぐるみ 告白 方法」と検索していた。
「……あの、念のため訊くけど、それって……“好きな人がぬいぐるみに想いを込めて”とかそういうことでは?」
「違いますの!!!!」
「!?!?」
「私は、モッフンが本気で好きなんですの!!!!
だから、ちゃんと気持ちを伝えて、関係を進展させたいんですの!!!!」
「“進展”って何!!?」
「……本気みたいだな」
桐島がメガネを光らせる(物理的に)。
正直、誰もがドン引きしていた。だが、それ以上に——
ルリの表情は、どこまでも真剣だった。
「……小さいころ、私……ずっと一人でしたの。両親は海外赴任で、屋敷には執事とメイドだけ」
「お、お屋敷……!?」
「そこで出会ったのが、モッフンだったんですの。誕生日に届いた、たった一つの贈り物。
その日から、私はモッフンに話しかけ、手紙を書き、寝るときも一緒……。
どんなときも、モッフンだけは私の気持ちに寄り添ってくれましたの」
——なんか泣きそう。
「でも、私……自分の気持ちに、ずっと蓋をしてきたんですの。
『ぬいぐるみに恋なんて、ヘンだ』って。『気持ち悪い』って思われるって。
でも、違う。私は、本気でモッフンが好きなんですの!!!!」
「ルリ……」
陽菜が、初めて“さん”付けで呼びそうになった。
その日、ホウソウ部は前代未聞の依頼を受けた。
【ミッション:ぬいぐるみに告白を成立させる】
「方法としては、ルリさんの気持ちを“モッフン”の声として再現してあげること」
「つまり、“モッフンが喋る”って体にするのね」
「なるほどな。演劇部的アプローチで“応答”を作るってことか」
「よし、やろう! オレがモッフン役をやる!!」
「やめろぉぉぉぉぉ!!!!」
夕暮れの校舎裏。桜の木の下。
ルリは、手にモッフンを抱いて、静かに立っていた。
風が吹く。花びらが揺れる。
モッフンの背中には、小型スピーカー。声は——
「ルリ、いつもありがとう。キミの気持ち、ちゃんと届いてたよ」
「モ、モッフン……!?」
「ぼくも、ルリのことが……好きだよ」
ルリの目が見開かれる。
「ずっと、そばにいてくれてありがとう。
寂しい夜も、泣いた朝も。
君が、ぼくを信じてくれて……幸せだった」
「……わ、たしも……わたしも……ありがとう、モッフン……!」
涙が頬を伝う。
桐島の台詞だが、それでも——
そこには、間違いなく“想い”があった。
部室に戻ったルリは、ぺこりと頭を下げた。
「……ありがとうございましたの。私は、これで——
自分の“好き”を、ちゃんと受け入れることができましたの」
「ルリさん……」
「ぬいぐるみに恋するなんて、やっぱり変かもしれませんわ。
でも、それを“変じゃない”って思える場所が、私には必要だったんですの。
ここに来て、よかったですの」
——ああ。
きっと、俺たちの部活は、こういう“想い”のためにある。
「……ちなみに」
「ん?」
「この前、クレーンゲームで取ったクマのぬいぐるみ……」
「……?」
「名前つけてるし、めちゃくちゃ話しかけてるの、知ってるから」
「なんで知ってるのぉぉぉぉぉ!!??」