今日は朝から森に籠もっていた。王都から程近いその場所は奥に行くほど魔物が強くなり、レアなアイテムを落とす。
明日は地球からこちら側に転生者が現れる日だ。
少しでも彼女がこちらに来たときに不便がないように準備をしててあげたい。
そう思って食材や武器に至る素材、それから彼女の好みも考えて卵の収集も忘れない。
そろそろ太陽が真上に登る頃、一緒に森で散策してた男たちが休憩がてら昼食を取り始める。
「結構集まったんじゃないか?午後は移動するか?」
体格のいい男がそうつぶやくと、それもいいかもしれない。と、シンは考えてうなずきだけ返した。その斜めで木の根に腰掛けた細身の男がそういえば……。と口を開く。
「今日は転生者が来る日だけどシンはこんなとこ来てよかったの?毎年見に行ってたよね?」
「え?!朔日は明日じゃ……。」
全身から血の気が引いてお腹のあたりがギュュゥっと掴まれるような感覚になる。
「なんだ、勘違いしてたのか?今日の探索誘ったら二つ返事だったからてっきりもう諦めたのかと思ってた。」
「ごめん!俺は先に帰る!!」
アイテムバッグから黒のゴーレム馬を取り出して、その背にまたがる。ありったけの魔力を流して全速力で走り出した。
「あ〜あ。素材分けもせずに行っちまった。」
呆れたような大男の視線の先にその背中はもう見えない。 その横で細身の男はカラカラと笑う。
「仕方ないよ。もう5年・・・も待ってるんだから。」
「一途だねぇ。俺だったら別の嫁探す。あいつの前じゃ言えんが。」
「シンはあっちの世界の嫁さん以外興味ないらしいよ?」
「街で声かけられてもあっさりフッちまうぐらいだしな〜。もったいねぇ〜〜!」
「前に聞いたんだけどさ?」
「あ?何を?」
「街一番と噂の女の子見ようと、お貴族さまの深窓のご令嬢見ようが息子のやる気が出ないんだって〜。」
ケタケタと笑う細身の男に大男は半眼になって抗議する。
「下ネタかよ。つうか、それは男として心配なレベルじゃないのか?はぁ〜……。レイドの英雄がまだ見ぬ嫁に骨抜きとは難儀だねぇ。」
男の沽券に関わる問題に男たちは今は見えない背中の主に思いを馳せた。
男は走った。馬を飛ばして力の限り走らせた。誓って言うが、親友のためではない。まだ見ぬ嫁のためである。
その時に心の頭には生前の若かりし彼女の姿を思い出す。
あれは忘れもしない。先輩の結婚式に行った帰りまだ恋人であった彼女に迎えを頼んだ。までは良かった。彼女からの着いたよ。の連絡が来たのに先輩たちの雑談が長くて帰るに帰れない。しかも彼女が待っている第二玄関に到達するまで道に迷った結果1時間待たせた。それに怒った彼女にビンタをくらったのである。
あとにも先にも人生でビンタを家族以外からもらうなど初めてだった。あの衝撃と痛みは今もありありと思い出せる事件だ。
だからこそ急ぐのだ。
今日転生しているかどうかも分からないが、もしものことがないとも限らない。森から王都まで半日かかる道のりをシンは全速力で駆け抜けた。
空がオレンジ色に染まる頃になってシンは王城の廊下を走った。転生して五年、転生者がどこに現れるかは毎年同じなのでわかっている。あの角を曲がった先の樫の木の扉、もう開かれている事だろう。
予想通り開かれた扉の手前、まるで車のブレーキ音すらしそうなくらい足を踏ん張って勢いを殺せば、まさかのそこに小さな女の子が立っていた。
「うわぁぁ!」
まさかそんなところに人が立っているとは思わなかった。ケガをさせなくてすんだことに安堵したが、当の女の子はイタズラが成功したとでも言いたげな顔で笑っていた。
水色のロングヘアは下に向かって薄い青緑になるグラデーション。ラピスラズリのような大きな目、薔薇のように染まった頬と艷やかでぷっくりした唇。その頭上には『ロサ』の文字。
確証なんかない。でもなぜか彼女だってわかった。
『迎えに来るの遅れてごめん!』
そう言いたいのに口からは咳ばかりが飛び出し肝心の言葉が出ない。今まで遅れたことなかったのに、こんな時に限っているタイミングの悪さは彼女らしいとも思いながら、ビンタが飛んでくるかもって覚悟を決めた刹那。
「遅いよ。」
言葉と同時にやってきた衝撃はビンタではなく、久しぶりのハグだった。
(ああ、この匂いだ。生まれ変わっても変わらないんだなぁ。)
ふわりと香るのは彼女の薫り。懐かしい匂いに嬉しくて涙がでそうだ。でもそれをグッとこらえる。
ちょっと詰まったあとに上ずった声。泣くときの彼女のクセは転生しても変わらないんだなって思いながら、昔と同じようにそっと頭を撫でれば耳元で聞こえるグズグズと涙をこらえる姿が愛おしい。
ちょっと安心したのか拗ねるように首のあたりをグリグリとするのすら可愛くてひと目も憚らずそのまま連れ帰りたいと思えば久しぶりに息子が存在を主張しようとしたとき、第三者の声がして頭を上げる。
目の前にいたのは騎士の男。
毎年顔を合わせるその人に慌てて頭を下げる。
「街で噂の隠密王子のパートナーがこれ程愛らしければほかが目に入らないのも納得です。」
まさかの言葉に驚きすぎて咳き込む。
くっ!この騎士余計なことを!!
恥ずかしい二つ名はずっと黙っておこうと思ったのに再会して5分と立たずにカミングアウトされるとは!!
久しぶりにはしゃごうとした息子もテンションがど下がりだ。
どうにか話を誤魔化すようにロサの小さな手を取って元来た道を歩き出した。
日が暮れる前にギルドに顔を出してロサの冒険者登録をさせて、今日のところはそっちに泊まろう。今後のことは二人で決めるとして、食事はギルドの食堂でもいいだろうか?それともはじめての世界を堪能すべく外に出かけるべきか……。
そんなことを考えているとき横から少し高めの声がかけられる。
「シンさん、迎えに来てくれてありがとう。」
ちょっと照れ気味の言葉。普段自分を呼び捨てにする彼女が『さん』とつけて名を呼ぶときは甘えるときの合図。指摘すればきっと照れて拗ねるだろうからあえて言わないけど。そんなとこも変わらず可愛い。
「うん。無事に逢えてよかった。」
「うん!」
ニコニコと頷く少女は改めて見ると髪の毛色は変わっているものの、その容姿は可愛らしい。おまけになぜか白いうさぎのリュックを背負っているのが割増で可愛い!
うちの嫁が可愛すぎて辛いっ!
これはギルドの宿泊施設なんかじゃなくてちゃんと宿を抑えるべきかもしれない。定宿にしてる部屋をちょっとグレードアップすべきだろうか。空いているだろうか。
可愛すぎてすぐにでも抱き潰してしまいたいっ。一晩中寝る間もなく離れていた時間を埋めるように抱き合いたい。
や。待てよ……。
前世は夫婦だったが、今この関係はなんだ?
思わず昔の癖で手を繋いできたが、ロサである彼女とは夫婦どころか恋人でもない。状況が変わった今転生前の約束は生きているのだろうか?
急に距離感が分からなくなる。
この手は繋いだままでいいのか!?