どうにか短剣を受け取ってもらえたので、一安心。まぁ、いくつかの魔獣の卵はキープしているから短剣なんて使う必要ないだろうけど。
甘やかしてる自覚はありつつもこの容姿だとどうも猫かわいがりしたくなるし、どうせなら自分の手でとは言わないまでも自分の息がかかっているもので守りたい。少なくとも他の男の手垢は付けたくない。
こんな盲目的な独占欲とても言えたもんじゃないが……。気持ち悪いとか重いって嫌われそう。あ、考えただけでへこむ。
そんなこと考えながら目的の店についてついでに自分のものも眺めてみる。特に目的があってみているわけじゃない。こうしていればロサが気兼ねせずゆっくり選べるようになるからだ。
しかし、ロサは店内の角にある細い姿見のあたりで動きを止めた。
あっちの世界では洋服や靴は自分好みのものというか、シンプルか大人っぽいというか少なくともフリフリしたやつは着てるのを見たことがないし、そういうものしか似合わない。と言っていた。
実際、あちらのロサは顔の作りがアジアンビューティとでもいうべきか、小麦色のミステリアスな女だった。本人は一言で「老け顔」と片づけ、学生時代は友達といて同級生とその保護者代わりの姉。といわれるほどだったと愚痴っていた。
そんなロサだから転生後の体は小柄で可愛い顔立ちなわけだし、どんなおしゃれでも楽しめるという意味ではあの容姿は気に入るのではなかろうかと思う。
と、思ったのだが。
ため息?なんで?
一体何が問題なのだろうか。問題?あの表情だと不安?というべきなのか。それとも心配?金銭的なことならば国からすでに支給の物があるから問題ないだろうけど。やっぱり急な転生で不安になってきたとか?あのロサが?
「何が心配なの?」
と、声をかければ困り顔で「今の容姿に似合う服がわからない」ってことだろうか。その容姿なら町娘のような服も転生冒険者のような中二病的服だって似合うだろうに。どうしてそんなに自信がないんだろう。
子供っぽい?や、子供っぽいと美少女は違うんだけど。わかってないな?どうやったら伝わるのだろうか。
しかし、可愛いとかなんでも似合うだなんてうまく言葉にできない。仕方ないじゃないか。元は日本九州男児だったんだから。照れくさくて言葉にできないんだよ。
もっとスマートに言えたら自信を持ってくれるんだろうか。言えないけど。
でもなんとか伝えたくて下手なりに思うことを伝えてみる。伝わったどうかはわからないが、ほっとした表情から笑顔に変わって服を探しに行ったからこれで良かったんだろうと思う。
しばらくして満足したであろうロサが買ったものを背中の兎に押し込んで戻ってきた。そのしぐさすら可愛いとは口が裂けても言えない。
さてさて次はお楽しみの屋台なわけだが。ロサのことだから美味しい料理ではなく異世界らしい面白い料理を求めているだろう。転生初日なわけだし。
と、なると治安のいい地区であまり酔っぱらいのいないような店でオーソドックスな屋台か。
そんなことを考えながら店をチョイスして屋台の長椅子に腰かける。メニューもよくわからないから任せるとのことなので敢えて固めのパンにスープと骨付きの肉。
大して高いものではないこの世界では平均的なもので大鉄貨2枚ほどだ。
この世界では鉄貨が一番小さい価値の貨幣で鉄貨10枚で大鉄貨1枚、大鉄貨10枚で銅貨1枚、銅貨10枚で大銅貨1枚になるといった具合で、種類としては鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、桃金貨とそれぞれが大小あるが、庶民は金貨などほとんどお目にかからないことを考えれば最初に支給される金貨10枚は法外なものだろう。
大金貨なんて手にした日には両替屋に駆けこまなきゃいけない程だ。そう言ったことも後々教えていかねばならないだろう。
あの容姿で初めてのお使いとなれば萌えること間違いなしだろう。
実際今この粗食を喜んでいる姿は可愛い。屋台の店主も微笑ましくその姿を見ている。そんなロサを和やかに見つめていたその時だ。
「あ、やっと見つけた!シン今日の討伐成果持ってきたよ。」
「やぁ、こんばんは。ちょっとお邪魔するよ。」
あ、すっかり忘れてた。討伐クエスト途中放棄したんだった。
突如現れた大柄の男と細身の男。呆れたような細身の男とは対照的に、大柄なほうは俺越しに礼儀正しくロサに挨拶を向けた。ロサも見知らぬながらに挨拶をしているが頭の中はハテナマークだらけだろう。
「ロサ、この二人は同じ冒険者で大きい方がガイラ、細いほうがユリウス。今日一緒に討伐クエストに出てたんだ。……二人とも、こっちはロサ。あっちの……。」
「おお!これが噂の嫁さん?随分可愛いなぁ。」
互いを紹介している途中でユリウスが話をさえぎった。余計なことは言うなよ。
「噂?こっちの人は転生とかみんな知ってるんですか?」
まだこちらの事情に明るくないロサは疑問をそのまま投げかける。
「ああ。シンが転生者だってことはギルドのほとんどが知ってる。っていうかこの世界では転生者は歓迎される存在だし、この国では転生者の容姿は各ギルドに知らされて、危害を加えることがないようにしているんだ。だから大体の人は転生者ってことは知ってるよ。今日の転生者のこともあと数日すれば王都中が知るんじゃないかな?」
「まぁ、キミの場合はお触れが回らなくてもみんな知ることになるだろうがな。」
「それは……。」
「二人とも!わざわざ悪かったね。明日でもよかったのに。」
うっかり余計なことを言いそうな二人にさらなる疑問をロサが投げつける前に会話を分断する。
「そうはいってもシンは明日忙しくなるだろ?だから今日の内がいいだろうと思って。」
「ああ。そうか。ありがとう。」
できればそろそろ自分の拠点地を決めてしまいたい。これまではロサが来てから状況を見ようと思ってた。テイマーなら獣魔を飼育するスペースも必要だし、サブ職業によっては工房みたいなスペースだって必要になる。必要なら家を買ってもいい。それぐらいできるくらいに貯金はしてきた。
「商業ギルドにも顔を出すんだろう?」
「ああ。そのつもりだ。」
男三人で会話を始めたのでロサは目の前の肉に集中してカジカジしている。横目で見ながらついつい笑みがこぼれていると、ロサの反対側に座る二人がそれをチラ見して一瞬空を見上げた。ロサは全く気付いていない。
しばらくは冒険に出ることはやめてまずはロサに街の案内だろう。それから冒険者ギルドで駆け出し向けのクエストをうけながら討伐や素材採取のやり方を教えて……。
会話の合間に今後のことをなんとなく考えていると肩のあたりが急に重くなる。
「おや?」
「寝たな。」
どうやら活動限界だったらしい。転生して慣れない体で活動していたことに加え、この小さな体ではさぞ疲れたことだろう。
椅子から落ちないように支えようと腕を回したがズルズルと体が傾き結果的に膝枕の形になる。穏やかな表情で寝息を立てる姿が可愛くて仕方がない。
柔らかな髪に手を滑り込ませて梳きながら頭を撫でる。
「あ~あ。締まりのない顔しちゃって。」
「ギルドの連中が見たらひっくり返りそうだな。」
「なにが?」
「そりゃぁ、転生してから5年どんな奴とも仲良くしてたシンが色恋目的の女たちだけは笑顔の壁で拒んでたのに、こんな顔して女の子の面倒見てる姿は誰も想像できないでしょ。」
「なんせ3年前のレイド以来シンは英雄扱いだからな。付け入る隙があるならと寄ってくるやつが出てきそうだな。まぁ、すでにざわざわしていたが。」
「……他は興味ない。」
「リア充め。しかも美少女の嫁。」
「爆発したらいい。しかも美少女が嫁。」
「仕方ないだろ。こいつしかいらないんだ。あと見るな、減る。」
和やかに軽口をたたきながらも手はロサの頭を撫で続ける。
「ち。惚気やがって。」
「五年も待ってば拗らせるんだろう。大した溺愛ぶりじゃないか」
「溺愛!?や、そんなつもりは……。まぁ、10年は待つつもりだったけどね。」
「マジか……。」
「俺は無理だ。」
え?なんで?
何のかんのと言いつつもちゃんと渡すものは渡してくれたので勘定を台の上に置いて、そっと横に抱き上げる。
え?お姫様抱っこ?聞こえません。認めません。横抱きです。
隠密スキルを発動させてギルドの宿泊施設に入りロサをベッドに寝かせてその横に自分も滑り込む。明日の朝になったらどんな顔するかな。明日からまた一緒に過ごせる。しかも向こうの世界のように互いに仕事に追われるわけじゃない。ゆっくりまたお互いの仲を深めればいい。
これからを思ってウキウキしながら小さな体を両腕に閉じ込めて眠りにつく。