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第7話 二日目の始まりに

 鳥のさえずりが聞こえた。窓から差し込む光を受けて瞼を開くことなくぼんやりと思う。


 いつの間に寝たんだろう。そういえばお風呂も着替えもしてない。


 そういえば昨夜は初めての異世界で死に別れたはずの元夫に再会して、はしゃいでしまった。最後に覚えているのは骨付き肉をかじって手を拭いたあたりだった。きっとひとしきり食べたことで気を抜いてしまったのだろう。


 それとも体が幼いから疲れやすいのだろうかと考えたとき胸のあたりに何かが当たったと思ったら体ごと引っ張られてしまった。一体何事だろうと眠い瞼を押し上げた。


 視界に入ったのは白い首筋とのどぼとけ。


 えっと……。


 たどるように見上げると精鍛な顔立ちの男が眠っている。青い前髪をそのままにしていると少し幼く感じる。同じ色のまつげが影を落としている。薄い唇が穏やかな寝息を立てて逞しい腕に引き込まれ囲われているのだとやっと状況を理解する。


 この人が私の元旦那さん。


 意識としては変わらず夫婦の感覚でいるのだが、こうも見た目が違っているのですぐにそれだと認識できずにいるし、見慣れぬ存在に体は素直に反応するらしい。耳まで響くように心臓がバクバク音を立ててくるし、体中の熱が顔に集まったように顔の中心が熱くなる。


 寝てるのにかっこいい。反則じゃないですか?


 っていうか今の状況はなんだ?確かに同じ部屋でいいって昨日確認されたけど、同じベッドなんて聞いてない。


 昨日の騎士様の説明だと夫婦で異世界に召還されたからってまた夫婦になる義務はないって言ってた。と、いうことはこの世界でも夫婦になるとは限るまい。


 だというのにこの状況はなんだろう?彼があちらの世界で死に別れてしまう前のように同衾しているのはつまりそういうことだと思っていいのだろうか?


 でもそういうことはっきり話をしたわけではないし。って、話す前に私が寝ちゃったのか?申し訳ないことをした。


 閉じ込められたぬくもりが嬉しくて心地よくて思わず胸のあたりに顔を摺り寄せてグリグリしていると抱き込んでいる腕に力が込められて頭を撫でられる。


 起きたのかな?って見上げるがその様子がない。そういえばあちらでも朝は弱い人だった。今もそうなのかと思ったが、寝てしまう直前に知り合いが来たことを考えれば、自分が寝ている間に彼なりの付き合いがあって寝るのが遅かったのかもしれない。


 自分はこっちの世界二日目で特に予定があるわけでもないのだから寝坊しようと構わないから、できることなら寝かせてあげたいが、食事はいいのだろうか?


 どうすることが正しいのかよくわからないなんせ転生二日目。常識もわからない。


 まぁ、シンは寝かせておこう。


 できるだけ物音を立てないように気を付けながら起き上がり部屋の中を見渡す。


 冒険者ギルドの宿泊所と言っていたから簡素なものと思っていたが、ベッドとソファにローテーブルとクローゼットがある。


 扉が奥に一つあるからそっちが風呂だろうか。


 そっと開けば脱衣用の衝立と籠。その向こうには大きな木桶が置いてある。浴槽代わりということだろう。お湯はどこからとるのだろうかと観察していると桶のそこに赤い石がはめてある。壁に蛇口が設置されているのをみるとここから水を移してあの石がお湯にしてくれるのだろうか。


 まぁ、なにはともあれやってみなければわかるまい。


 蛇口をひねり水を出して桶をしばらく見守っていると後ろから手が伸びてきて、水底の赤い石を撫でた。


 「水が貯まる前に魔石に魔力を流さないと袖が濡れちゃうよ?」


 見上げれば寝ぼけ眼の空色と金の瞳あくびでもしたのか目尻に浮かぶ雫が光る。ぴょんとはねた寝癖がちょっと可愛いと思えた。


 「おはよう。ごめんね。起こしちゃった?」


 「ううん。起きるつもりだった。」


 目をこすりながらしばらく木桶を見つめる横顔が引き締まってて思わず見惚れてしまう。


 「ん?一緒に入る?」


 茶目っ気たっぷりに言われてしまい、はくはくと口が開閉したものの、ぶんぶんと首を振り否定する。


 朝っぱらからそれは流石に恥ずかしい。


 「冗談だよ。」


 ポンポンと頭を撫でられて浴室に残された。


 脱衣所と言うには簡素な衝立と籠だが無いよりはマシなので、早速きているものを脱ぐと籠に入れて手桶で水をすくう。


 「お湯になってる。」


 湯気が立ち始めたことから想像はしていたが本当に石一つで水がお湯に変わることは予測していたが、、なんて便利だろう。


 なんとなく予想はしていたがこの世界は石鹸しかないらしい。シャンプーやリンスといったものはないらしく、淑女の皆様は洗髪乾燥後オイルをご活用らしい。う〜む。ファンタジー。


 取り敢えず手早く済ませて着替える。髪は長いのでできるだけ絞ってタオルで叩く。


 「お待たせ〜。」


 「ちゃんと温まれた?」


 「うん!この小さな体ならあの桶でも浸かれた!小さくて良かったって思っちゃった。」


 「小さいの嫌だったの?」


 「いや……じゃないけど、いろいろ思うとこあるし。今なら身長低かったお姉ちゃんの気持ちもわかる!」


 「はは。なるほどね。じゃぁ、俺も入ってくるけど終わったら下の食堂で朝ごはんにしよう。準備してて。」


 「は〜い。」


 とはいいつつもそんなにやることはない。そもそも荷物もそんなにないわけだし。


 シンのお風呂が終わるのを待って食堂に行くとそこそこ人で溢れている。この世界の食べ物はわからないので、シンにメニューは任せることにして私は座る場所を確保することにする。


 横長のテーブルに長椅子の席で並んで座れるようにしていると視線を感じる。え?一体何?


 確保している席と反対側に視線を向けると三十代と思しき男と視線がかち合う。しまった見つめ合ってしまった。そっぽを向くのもバツが悪いのでにへらと笑ってごまかそうとする。


 「なぁ、お嬢ちゃんシンの連れ合いだろ?昨日の朔日に転生してきたんだろ?」


 「えっと……。」


 シンのこと知ってるっぽいから知り合いなのかな?


 「たしかに私は昨日やってきた転生者です。」


 「へぇってことはあんた、あいつの嫁か?」


 「え〜と。たしかにあちらの世界では嫁でしたが、いまは……」


 そこまで言いかけて周囲がざわめく。


 え?一体何事ですか?


 指笛を鳴らす者や『こりゃぁめでてぇ』と酒を飲みだす者、朝なのに。机を叩いて喜ぶ者、行儀悪いなぁ。もいれば、刺すような視線を向けるものや中には舌打ちしたり『ズルい』だの『勿体ない』だの言い出すものまでいる。


 や、本当に一体何なのよ。


 「はぁ、ついに隠密王子も年貢の収め時ってか。」


 あんた何時代の人よ。っていうかこっちの世界でもその表現通じるのね。それよりも気になる単語。


 「あの、隠密王子ってなんですか?」


 「なんだ、知らねぇのか?あいつのありがたぁ〜い二つ名だよ。三年前の巨大レイドで剣士よりも先に一番に隠密で飛び込んでスキルの『目くらまし』『毒霧』『足止め』『魔力妨害』をバラ撒いてくれたおかげで前で戦うやつの死亡率がいつもよりぐっと下がったんだ。それで冒険者や騎士が隠密って呼び出したんだ。」


 「じゃぁ、王子は一体どこからきたんです?王子どころか貴族ですらないですよね?」


 「あぁ、それか……。」


 男が話しの続きをしようとしたときだった。どこからともなく杖が飛んできて頭に直撃した。刺さらなくて何より。って、痛いものは痛いんですけど。頭に当たったそれは机に落ちた。


 どこか遠くで『ったく、もういらねぇよ。』と話してるのが聞こえたので不要物なのだろう。人の手首から肘までありそうなその杖をしばらく眺め、隣の男をみつめた。


 「いらないなら貰ってもいいですよね。」


 「あぁ、いいんじゃないか?」


 そんなものどうするんだと言わんばかりの男を尻目に、髪の毛をねじり始める。そのねじった髪を髪に対して横にした杖に巻いて先を頭に沿うようにして、反対側に倒し、90度回して杖を立てて髪に差し込んだ。


 「嬢ちゃん器用だな。」


 感心した男に何か返事をしようとした時である。


 「ロサ?何してるの?」


 背後からの声をたどるように見上げれば、トレイを持った笑顔の魔王。じゃなかった。シンが立っていた。


 ん?なんで不機嫌そうなのですか?あっれー?


 ちょ、おじさん!なんでそそくさといなくなるんですか!?おじさん知り合いじゃないの!?内心ワタワタする私を尻目におじさんは『じゃっ!』と愛想のいい笑顔で去っていった。

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