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第8話 二日目の始まりに~シン視点~

 朝食を待つ列に並んで自分の順番を待ちながら何を食べるか思案していると急に食堂が騒めき始める。騒ぎの中心を探し眼留めるように視線を彷徨わせると、その先には椅子に座るロサはその二つ隣に座る中年の男に話しかけられている。周囲の人々もその会話に聞き耳を立てているようにも思われる。


 しまった。一人にしたのは失敗だったかもしれな。一体何を話しているんだ?


 かといって今の状態から列を離れてしまってはまた一から並びなおしになってしまうのでここは我慢して見守るしかない。できるだけ早く配膳されるメニューに決めて急いで席に向かう。


 目を離さないようにしているし、他の人目もあるから人さらいはないと思うが……。


 フレンチトーストが乗った皿を二つと水の入ったコップを二つ乗せたトレーを片手にロサのいる席のそばまで行くと男の声が聞こえる。


 「隠密王子ってなんですか?」


 うわぁぁぁっぁあ!!


 ロサ!なんて質問してるんだ!早く話をさえぎらないとって思うのに人の流れに逆らえずにあと少しが進めず声がかけれない。


 『隠密』に関しては別にいいんだ。たいしたことでもないし、問題はそこじゃない。俺が気にしているのは『王子』ってやつだ。そもそも、俺は王子どころか貴族でもない。それどころか家どころか定宿も定めていない根無し草。それなのに『王子』って最近のやつはなんでもかんでも『王子』ってつけすぎじゃないか?もっと現実を見てほしい。


 そうこうしてる間にこっちに向かって杖が飛んできた。トレーは片手で持っていたのでその杖を難なく宙でつかみ眺める。どうやら初心者向けの杖のようだがだいぶ使い込まれているようでボロボロだし所々焦げている。


 ごめんロサ。


 悪いとは思いつつも、それ以上話が進まないように手にした杖をロサの頭にめがけて放った。


 コツンと音をたててロサの頭に直撃したそれに二人の会話は中断された。


 そこまでは良かった。


 狙い通り会話の方向性はそれたものの、何を思ったかその杖に髪を巻き始めて簪にしてしまった。何もそんな小汚いものを簪の代わりにしなくたっていいだろうに。おまけに露わになった白くて細いうなじに嫌でも目線が釘付けになる。


 すると器用にそんなことをしたせいか、中年がその出来栄えが気になったのか髪を触ろうと手を伸ばした。いや、あれはうなじを触る気だったに違いない。


 触るんじゃねぇ。


 それはほぼ無意識に近かったのだがその男に殺気を飛ばした。男はどこからか飛んできた殺気に気づいたのかびくりと体を震わせて手を引っ込めた。


 それとほぼ同時にロサの後ろにたどり着くとわざとらしいほどに笑みを作って男を牽制した。


 さすがに俺がやってきたことに気づいてこちらを振り返ったロサにはちょっと気の毒だったが今はそれどころじゃない。害虫はきっちり駆除しておかねば。


 「ロサ?何してるの?」


 黒い笑顔の自覚はあったが男が退散するとさっさとその笑顔を引っ込めてロサの隣に座るとその髪に刺された杖を引っこ抜く。


 解かれた髪がさらさらと流れる。


 「なにもこんな誰が触ったのかもわからない杖でまとめなくても。」


 「あ、それ?今飛んできたし、誰もいらないならいいかと思って。ご飯食べるのに髪の毛そのままは邪魔なになるから。」


 「だからってこれはあんまりだよ。リボンでも髪留めでも簪でもちゃんと似合うやつあとで買ってあげるから。」


 「う?うん。わかった。」


 何が悲しくてあんな木の枝みたいな簡素な上に誰の手垢がついたかわからないものつけなきゃいけないのか。汚れるじゃないか。もっと今の容姿に似合ういいものを後で買ってあげようと心に決めて手にした杖をゴミ箱に向かってブン投げる。ゴミはゴミ箱へ。


 「とりあえず食べるのに邪魔なら俺のリボン貸すから。」


 「でもそれじゃシンが食べづらくならない?」


 「かまわないよ。ほら、後ろ向いて。」


 首の後ろでまとめていた髪から紺色のリボンを解くと、半ば強引に背中を向けさせて簡単に結ぶ。


 「はい、できた。お待たせ、早く食べようか。」


 「ありがとう。あ、お金。昨日の夜のも払ってない。」


 「いいよ、そんなの。それより早く食べないと冷めちゃうよ。それに今日はいろいろ行くとこ多いから。」


 「行くところ?」


 「まずは商業ギルドにいってロサのサブ職業登録をして、ついでに住むところ決めよう?ロサがテイマーだから従魔を飼うための広さがあって俺が工場にできそうな小屋があるほうがいいなぁ。あ、ロサのサブ職業決めた?それによっては部屋数の多さが変わるだろうし。」


 「シンが工芸師だったよね。そんなに広さいるの?」


 「まぁね。今は木工がメインだけどそのうち鉄工も始めたいし、たまに馬車作ったりするから。」


 「馬車!?や、まぁ、乗る人いるんだから作る人がいるのは当たり前のことなんだろうけど。」


 「で、サブ決めた?」


 「うん。縫製師にしようと思ってる。」


 「縫製師かぁ。それって糸からやるの?それとも既製品仕入れて服とか作る感じ?」


 「う~ん。どうせなら一からやってみたい。せっかくの異世界だし、素材集めて手間暇かけてやりたいかな。大量生産したいとかじゃなくて、自分の着たい服や身につけたいもの作りたいだけだし。出来が良ければ売れるのかなぁ?こればっかりはやってみないとわからないし。」


 「それだと作業部屋みたいなのいるよね。ロサはあっちにいた時もそういう部屋あったし。」


 「そうだねぇ。って、いいの?」


 「何が?」


 「なんだか私も込みで話が進んでいるけど、シンの家でしょ?私も一緒に住んでいいの?」


 あ、ヤバい。ロサが気づいてはいけないことに気づき始めている。


 「なんで?ロサは嫌なの?」


 「嫌じゃないよ。だけど、こっちの世界じゃ私たち夫婦どころか他人だよ?お城の騎士さんも元夫婦だけどまた結婚する義務はないって。」


 他人……。や。そうだけど。そうなんだけど。……凹んでない。凹んでなんかないぞ。ここで引いたら二人の間に距離ができて他人になってまた一からって、まぁそれも悪くはないけど。


 だからといって五年も待ってやっと腕の中に入ってきたのにみすみす逃してやるほど俺は甘くない。


 「まぁ、確かにそうだけどね。でも俺は一緒にいて楽しいからこの世界でもそうしたいと思ってるんだけどロサは嫌なの?」


 「嫌じゃないよ。むしろまだこっちにきて二日目だし、傍にいてもらった方が私は安心できるし……。でもそれだと私邪魔にならない?」


 もじもじと上目遣いで言われた。何この生き物可愛い。手放してよその男にやれるわけないじゃん。


 「邪魔じゃない。それに四回目も一緒がいいって言ったのはロサでしょ?約束破るの?」


 「覚えててくれたの?四回目のこと。」


 「当たり前でしょ。」


 「状況が変わったからロサがもう嫌だっていうなら別だけど。」


 「嫌じゃない。そんなことで変わったりしないよ。」


 これだけ追い詰めておけば大丈夫だろう。ひとまず離れていくことにはならなさそうなので胸をなでおろしつつフレンチトーストを頬張る。


 「ねぇ、一からって羊とか虫とかもやるの?」


 「ん~。しばらくはレベルとかもあるから狩りに行こうと思う。それにこっちの世界だとどんな繊維あるかわからないし、なれたら染色とかもやってみたいし。」


 「いいんじゃないかな?いっそ農場でも買い取る?」


 「それって収拾つかなくなっちゃわない?」


 呆れたような言い方だがそれすらもこの会話が楽しい。


 ああ、やっぱりこいつじゃなきゃダメなんだなって思う。とりあえず牧場とまでいかなくても広い敷地は必要だと考えて水を飲む。

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