朝食を済ませてギルドを出る。
やっぱり見慣れない世界はゲームの中のようで、中世の洋画のようでもありとても楽しい。
当初の目的通りひとまずは商業ギルドに行く。
商業ギルドっていうのはその名の通りいろんな商売をしている老舗の大きなお店から新規の小さなお店はもちろん個人のハンドメイド作家に近い人も登録できる。主な目的は個人の知的財産を守ってきちんとあるべきところに利益をもたらすことが目的である。
転生者はもたらす利益が大きいということでサブ職業に関しては商業ギルドに必ず届け出をしなければならないらしい。
商業ギルドは冒険者ギルドから隣10軒くらいしか離れていないので小さな体で歩いても難なく行くことができる。
って移動距離はそんなに長くないと思うんだけど。
「シンさん、シンさんや。」
「はいはいなんですか。」
「なぜ私は抱き上げられているのですか?」
冒険者ギルドから近いからこれなら時間も気にせず歩いていける。と、意気揚々と一歩踏み出したところでシンに持ち上げられ、左腕に乗せられて座る形になる。バランスを崩して落ちてしまわないように、上着の肩を慌てて掴んだのは数分前。
それから降ろしてもらえず、朝の街中をまさかの抱き上げられたまま練り歩くという奇妙な状態になっている。
や、どうせ周りからは親戚の子供をあやす好青年の図にしかみえてないんだろうなぁ。
「迷子になるといけないし。」
「それなら昨日のように手をつなぐで良かったのでは?」
「それだと昨日みたいに疲れて寝ちゃうでしょ?」
「それは否定しがたいですけど。」
「でしょ?だからこうして運んだほうがいいと思う。」
何が楽しいのかよくわからないけどさっき食堂で怒っていたとは思えないほどキラキラしい笑顔で言われてしまえばもう何かを言う気にはならない。
「視線が痛いです。」
何処からかむけられる視線がビシバシするんですがそれは無視ですかね。
しかしそんなのは甘かった。
いざ商業ギルドにたどり着いてみると迎えられたのは静寂だった。またですか。しじまのような静寂からさざ波のようなざわめきが一気にギルドに広がる。
だがそんな騒ぎは何のその。シンは気にすることなくカウンターにまっすぐ進む。
う~ん。デジャブ。
って、そんなこと考えている場合ではない。
「すいません。サブ職業の登録をお願いします。」
ぎこちなくカウンターのお姉さんに話しかけると、優しそうなお姉さんが笑顔で対応してくれる。やり方は冒険者ギルドと同じで用紙に記入するだけのようだ。
「縫製師ですね。こちらが縫製師の基礎の手引書と縫製師七つ道具のセットです。本来はご購入いただくのですが転生者さまには国からの援助でこちらは差し上げることになっておりますのでお持ち帰りください。」
「ありがとうございます。」
七つ道具とはなんともオタク心をくすぐる言葉ではないか。ちょっとした感動を感じつつ七つ道具が入っていると渡された巾着を覗き込む。
早く使いたい。
そんなことを考えから現実に引き戻すようにシンが受付のお姉さんに語り掛ける。
「それから郊外の屋敷で売り物件を探している。できればすぐにでも入居できる場所で庭が広くて馬車留めか小屋のある場所がいい。」
「畏まりました。担当者を呼びますので応接室へどうぞ。」
通されたのは木製の家具で統一された部屋。
出されたお茶を飲んでいると足早に担当者と思しき男の人が資料を持って入ってきた。条件を復唱しながら資料わめくる。
「工房付きの家ということでしたら王都の中心地は難しいと思います。東区は貴族階級のお屋敷がほとんどですので今回ははずさせていただきます。そうなると南区か西区になります。南区は城門が近く治安が良い反面、定められた敷地から広げることはできませんが住みやすい場所です。西区は後々土地を広げることは可能ですが、森に面しているため城門が度々魔物により破壊されるため治安の問題がありますが、毎回対処に迫られるため国から補助金が出ます。どちらの物件もすぐ内覧できますがどうなさいますか?」
「魔物だけならさして問題ではないので西区を見せてください。」
「かしこまりました。では馬車をご用意しますので、こちらの資料をご覧になりながらお待ちください。」
男の人はそれだけいうと二枚の用紙をおいて部屋を出てしまう。
残されてしまったので、シンが手にした資料を横から覗き込む。一枚は元農場だったようで敷地がとにかく広い。馬小屋と家畜小屋に納屋と平屋の家があり牧場が二箇所に仕切られている。もう一つは貴族の別荘だったのか、前庭と後ろ庭があり、2階建ての小さな家の裏に馬小屋と家の横に馬車留めの小屋があり、こちらのほうが値段が少しばかり高い。
「どっちがいい?」
不意に尋ねられて首をひねる。
「広さなら牧場の方だけどいきなりそんなに広い土地管理できるかなぁ?二枚目のほうが管理はしやすいけど値段が張るよね。どのみち建物の状態も確認が必要だと思う。」
「ん〜。わかった。」
そこまで話しているとタイミング良く先程の人が戻ってきて『ご案内します』と馬車に乗せられた。
先ずは牧場に行ってみる。
そこは白い壁に赤い屋根の平屋が横にある大きくて可愛い家の牧場で、とにかく広い土地だった。これならいつでも畑とか家畜が飼えそうな広さである。
次に向かったのは元貴族の別宅というような家だった。青い屋根が印象的で人の手が入らなくなってだいぶたつのか、壁には蔓草が生い茂っている。敷地も牧場の家の半分ほどしかない。
ひと通り中の確認も終わるとどうしますか?と尋ねられた。
お金持ってるのはシンだから、ここはお任せしよう。と数歩後ずさって馬車留めを眺めるふりをする。
「ではここにします。すぐ入れますか?」
「そうですね。戻りまして契約書を交わしまして、ハウスクリーニングを入れますので夕刻にはお引き渡しができます。」
と、そこからはトントン拍子に話が進み、ハウスクリーニングを待つ間に雑貨屋で必要なものを揃え、簡単な食料を買う。
午前中に言われたとおり夕刻には引き渡しとなり、台所の水と火の魔石を確認して商業ギルドの人は帰っていった。
「今日からここが家かぁ〜。」
夕日に照らされる家を眺めながらポツリと呟くと、隣のシンが頭をポンポンと撫でるのだった。