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第10話 転生者家を買う~シン視点~

 突然ですが、家を買いました。


 や、前から商業ギルドの職員には薦められていたし、冒険者仲間にも連絡つきやすいように拠点を定めるようにアドバイスされていた。


 それでも特定の家を持たなかったのは、そうすることで煩わしい依頼を受けずにすむからだ。


 どうも3年前のレイド以来過大評価されている。そのせいでいろんなパーティから誘われるようになった。まぁ、そのおかげで欲しい素材やアイテム入手がしやすくなったのもまた事実ではあるが。


 でもその分見知らぬ者が近づいてきたり、貴族に利用されかけたりと煩わしいことも増えた。だからこそ居場所を特定されるようなことはしないほうがいいだろうと判断していた。


 何より一人で決めたくなかった。


 いつかまた出会えるその時まで。


 なんて言ったら怒るかなぁ。


 だって一人の家になんか帰りたくないんだ。誰もいない静かで冷たい家に帰るより、きみが出迎えてくれるささやかでも暖かな明るい家に帰りたい。


 もう寂しいのは嫌だから。


 候補となった家は2つ。牧場と貴族の別邸。


 牧場は何やってもどんだけやらかそうと許される広さ。家もよく手入れがされているが、正直あの広さを二人で管理するのは現実的じゃない。


 貴族の別邸は狭い。少し物足りない。だが家の作りがいい。風呂が客用と2階の寝室と2つあるし、寝室を挟んで書斎が2つあるし。決して作りが貴族仕様なので寝室が1つしかなくて、それを口実にいつも一緒に寝れる。なんて下心が決め手だなんてことは言わない。


 それにロサはこっちのほうが好きそうだったし。


 流石の貴族仕様。屋根裏には使用人のための部屋が2つあるが、これは物置にでもすればいいだろう。


 一回のダイニングとサンルーフは日当たりがいいし、馬車留めからキッチンに繋がってるのもいい。


 これなら色々するのに勝手が良さそうだ。


 夕刻になって引き渡しが終わり、改めて家の中を歩き回ってみる。どこも綺麗にされているからプロの仕事は凄いと思う。


 二階に上がって部屋を見る。


 「あの、シン?この部屋三つ扉越しとはいえ繋がってるじゃない?」


 「そうだね。」


 「定番とはいえ、書斎二つの間に寝室でおまけにキングサイズのベッドが一つなわけじゃないですか。」


 「そうですね。」


 あ。いかん。ロサがまた気づいてはいけない、というか疑問を持たれるとやりずらいことに意識を持っていこうとしている。


 どう修正するか……。


 「寝室一個しかないから私客間使うね。」


 「なんで?」


 「なんでって。えっと、だって。」


 「だって?一緒じゃダメなの?」


 「や、ダメじゃないけど。」


 「今まで一緒だったのに今更分ける必要ある?」


 「や、まぁそれはそうだけど……。」


 よしよし、ここまでくれば押し切れる。


 「分けて掃除する場所増やすよりも、一緒に寝たほうが効率的じゃない?」


 「そんなこと言ってなし崩し的になんてしませんからね。」


 「え?」


 「やましいことしたら蹴り落とすから。」


 ち。バレたか。


 まぁ、それでも一緒に寝るは死守したからいいとしよう。


 「手前と奥どう分ける?」


 「俺が奥使う。そっちの壁は森側だから何かあったときにロサは対処できないでしょ?」


 「そっか。わかった。じゃぁ、荷物しまってくる。」


 「ん。俺も荷物片づけてくるから、終わったらダイニングでいい?明日からの予定立てようか。」


 「了解なりぃ~。」


 言葉と同時に部屋に入っていったロサを見送って廊下の奥に向かって歩き出す。


 廊下の奥は窓ガラスがはめ込まれていて森がよく見える。その手前を曲がって扉を開ければペールグリーンの落ち着いた壁紙と家具は全部上質な木が使われている。


 基本的に家具も込みで家の値段なので消耗品以外はそろっている。とりあえず鞄の中にある衣類をウォークインクローゼットに片っ端からかけていく。それから足元には箱に入れたこれまでの武器を積み重ねていく。


 備え付けの机の引き出しに書き物道具や小物を入れて、本棚に工芸職に関する本を詰め込んでいく。正直今では読むことなんてほとんどなく、これまで拠点を持っていなかったのでずっと持ち歩いていたわけだ。


 拠点ができたことでバッグの中に随分と余裕ができるのはありがたい。


 だいぶ軽くはなったが、それでも出せないものが二つ。


 「喜んでくれるかな?」


 ぽつりとつぶやくと自然と頬が緩む。ポンポンとバッグを撫でるように叩く。荷物もだいぶ整理できたのでダイニングに移動する。


 「ロサまだ荷物片づけてるのかな?って、俺より荷物少ないのに?そんなに時間かかる?」


 もしかして部屋で倒れたりしてないか?昨日もごはん食べてる途中で子供みたいに寝てしまったし。これは様子を見に行くべきではなかろうか。


 そう思ってダイニングを出ると漂ってくるいい匂い。


 「この匂いは……。」


 辿っていくと匂いの正体はキッチンからで、何度も嗅いだことのあるその匂いに郷愁の念が湧いてくる。


 「あ、シン終わった?荷物少ないから早く終わっちゃったからご飯作ってみたの。本当は新しい家に移ったから引っ越しそばにしたかったんだけど、そばがなかったからパスタにしたんだけど、固形のコンソメとかないからミートスパゲティにしてみた。」


 「ロサのミートスパ懐かしいなぁ。実はずっと食べたかったんだ。」


 「それは良かった。でも調味料が思うように揃わなくて思った味にならなかったかも。」


 「それでも嬉しいからいいんだ。運べばいい?」


 深みのある皿に盛られたスパゲティをトレイに載せる。


 「シンはどれくらい食べる?多めに作ってはみたんだけど。お代わりするなら敷物持っていってフライパンごとテーブルに載せとくけど。」


 「豪快ですな。」


 「だってキッチンからダイニング遠いんだよ~。いちいち戻るのめんどくさい。あと、そこにワゴンあるから載せるといいよ。飲み物は紅茶とお酒類しか見なかったからこの世界だとやっぱ水を飲むのが普通なのかな。ごはんの時は何飲む?」


 「水でも紅茶でもどっちでもいいよ。」


 「緑茶が欲しいと思うのは私だけかなぁ~。」


 「まぁ、わからんでもない。」


 「なので紅茶で手を打とう。生水は怖いし。」


 そんなこと言いながらロサはワゴンにどんどん載せていく。


 「あれ?そのマグカップここにあったの?」


 「違うよ。さっき雑貨屋で見つけて買っちゃったの。懐かしいでしょ?引っ越し祝い的な?」


 そういってみせてくれたのはちょっと大きめの白と黒の同じ形のマグカップ。あっちの世界でも色違いで使っていた。洋服とかをお揃いにするのは恥ずかしいけど、家の中で使う物くらいはお揃いにしたいって密かにロサのこだわりだった。


 ついつい微笑んで料理が載ったワゴンを押す。胸の奥が暖かい気がする。


 前庭に面した窓を眺めるように、二人並んで一緒に食事をする。これは俺のこだわりというか、癖?のようなもので、向かい合って食べるより一緒に並んで食べるほうが好きなのだ。特に理由はないんだけど、笑われるかなって思いながら昔そんな話をしたら『夫婦は向かい合わずに同じ方向を向いて走る運命共同体なのだっ!だからいいんじゃない?それで。』ってあっさり返された。


 そういうところも好きだったなぁって思い出す。


 「あ、俺からも引っ越し祝い?があるんだ。」


 「なんで疑問文?」


 「まぁ、口実はなんでもいいんだけどね。」


 「なに?」


 バッグから取り出した二つの卵はダチョウの卵を思わせる大きさ。


 「これ……。フェンリルとケットシー?」


 「向こうで約束してたでしょ?ペット飼うなら犬と猫一緒に飼うって。でもあっちでは叶えてあげられなかったからせめてこっちではかなえてあげようって思って探したんだ。卵のうちは譲渡ができるからロサが従魔にしてそだてたらいいよ。」


 「本当に!?私がもらっていいの!?」


 「俺はテイマーじゃないから育てられないしね。」


 「ありがとう!!大事に育てるね!」


 キラキラしい満面の笑みをむけられて満足感で胸がいっぱいになる。


 そうだ。あちらでやりたかったこと、できなかったことをここで叶えていこう。これから二人で。

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