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第11話 暖かな揺りかご

 久しぶりに料理をした。


 あっちでは晩年、特にシンが死んでからは料理をする気にもならなかったし、手が震えて包丁を握るのも危なったしかったので娘に止められたのもある。老いては子に従えと昔の人もいっていたし、娘もまとめて作り置きしておくからと毎週姿を見せてくれた。


 なんかの動物は番を失うと残された方も死んでしまうとはあるが、娘もそれを心配したのか、身の回りの整理をすると私の体はみるみる弱っていった。だからこそ食事を理由によく孫たちを連れて様子を見に来てくれたものだ。


 そんな私なので、あちらよりだいぶ少ない調味料でどれほどの味になったか自信はないが、シンが黙って黙々と食べているので問題はなかったのだろう。


 並んで食べているとシンはフライパンから自分で注いでいる。そこそこ良かったのだろう。シンは好みでなくても残さない。しかしそれ以上は食べない。久しぶりに腕をふるったことを加味すれば上々だろう。


 そんなことを思いながら紅茶を飲んでいれば、シンが口を開く。


 「引っ越し祝ってわけじゃないけど。」


 ゴロゴロと出てきたのは卵。どちらもダチョウの卵ほどある大きさで、一つは白い卵に星屑をちらしたようにキラキラしているものと、黒い卵。


 じっと集中して見ていると卵のそばに文字が見える。


 【フェンリルの卵、森の迷宮ボスから稀にドロップする。】


 【ケットシーの卵、地下大迷宮の57階ダンジョンボスよりドロップする。】


 「これって……。」


 犬と猫?


 その組み合わせのようなワードにロサは覚えがあった。本来犬派のロサは大型犬を飼うのが夢だった。ところがシンは生粋のネコ派でどちらを飼うか。と、すぐに実行できないにもかかわらず、『もし』『そうなったら』と仮定して何度も話した結果、両方を子供のときから飼えばケンカせずに飼育できるのではなかいか。という結論にいたり、では飼うなら犬猫同時に飼うと約束した。


 しかしその約束はついぞ果たされることはなかった。若いときは二人の子育てに追われ、それが終わったとなれば今度は5人の孫育てに追われ、それが終わり終の住処として田舎に引っ込んだのでやっと飼えるころには、犬の散歩を毎日こなすほど体力のある歳ではない。と周囲に反対された。その話題が出るたびに娘と揉めてはシンに宥めてもらったものだ。


 彼があちらで先立ってからは逆に娘に進められたが、夢を叶える相手がいないのにそれはひどく虚しいことに感じて、かつてキラキラと輝いていたはずの夢は色をなくしたようにただ虚しいものへと変わっていった。


 あの時の約束を守ろうとしてくれてるの?覚えていてくれた?


 この世界の定義は置いておいて、少なくともロサの知識ではこれらはイヌ科とネコ科である。しかも2つ同時に渡されて、シンはテイマーじゃないから入手、所持と譲渡はできても魔物を育てることはできないという。


 聞けば、魔物はテイマーが主従契約を行ない従魔としなければ育てることはできないし、卵から育てるとなるとテイマーが魔力を注がないと孵化すらできない。ゆえに、どれほど珍しい卵を持っていてもその職になければ育てられないのだ。


 つまり、この卵はシンにとっては無用の長物であり、特定の寝ぐらを持たないシンにはカバンの中身を圧迫するので邪魔なだけだ。


 それでもそれを持っていたのはロサが転生することを疑わず、かつての約束を守ろうと努力していてくれたからに他ならないのではなかろうか。


 不意に喉の奥がきゅっとした。それを治めようと紅茶を口にするが今度は鼻の奥がツンとした。視界が歪んでもう駄目だ。


 こんな顔は見られたくなくて、隣のシンにギュッと抱きつく。


 こんな姿他人が見たらきっと独身の女が……とか言われそうだが、ここには二人しかおらず、一般人の元夫婦だからそれもまたいいかと思えた。


 シンの肩に顔を埋めてじっと目を瞑る。シャツを濡らしてしまうのは申し訳ないと思いつつも、溢れるそれはなかなか収まってくれそうにない。


 「ありがとう。」


 押し出すように呟けば、暖かな腕が抱きしめ返してくれた。強くもなく、弱くもない壊れ物を扱うような優しさが一層胸に染みる。やがてトントンと子供をあやすように背中を優しく叩かれる。


 温かな腕の中一定のリズムで刻まれるそれに段々と気持ちよくなり体の力が抜けていく。


 ぼんやりとした頭で明日は何をするのか話をしていないことに気づいたが、今この状況を手放して体を離すのは勿体ないなぁ。と思いながらアッサリと意識を手放した。

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