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第15話 男の付き合い

 空がオレンジに染まるころ、シンは少し申し訳なさそうにしながらもいそいそと出かけて行った。その背中を笑顔で見送って、ロサは玄関扉を閉めた。


 いつまでも私の相手だけしているわけにはいくまい。


 率直にそんなことを思った。聞けば、先日屋台であった二人と外に行くのだという。ということは今夜は一人ご飯ということになる。


 (これは手抜きチャンス。)


 とは思うもののこの世界にはインスタントもなければジャンクフードのお店もない。そもそもお店だって東都の商業区までいかないと買い物もままならないのだから、必然とキッチンにあるものでどうにかするべきだろう。


 きっと一人だとそもそも食事自体を抜いてしまうのだが、フェルに食事の時間と主が先に食べることで立場の違いをはっきりさせる、という躾けをしなければならないため抜くわけにいかない。こういうものは最初が肝心なのだ。


 あちらの世界で犬派だったこともあり、よく躾けの本を読んだものだ。


 もちろん生まれてすぐのフェルの口を甘噛みすることは忘れなかった。これは母犬が子犬の躾けるのと同じことなのだが、自分がボスであることと匂いを覚えさせるという意味で最初に教えることだ。


 さすがのフェンリルといったところか。フェルはすぐに匂いを覚えてトテトテと後ろをついて歩くる姿にキュンキュンする。


 「フェルはとりあえずミルクでいいのかしら?体調を見ながら食べ物の様子を見なきゃね。」


 私の分はパンを卵液に浸したパンを焼くフレンチトーストとサラダにしよう。朝ごはんみたいなメニューだがまぁ、よかろう。


 あえて自分がきっちりご飯すましてからフェルにもごはんをあげる。こうしないと群れで生活するイヌ科は誰がボスなのか自分の順位は何番目なのかを敏感に察知するので、子供の時から躾けていないと後々人間よりも自分が偉いと考えるようになる。そうなると人間の言うことは聞かないし、無駄吠えや噛みつきの原因になる。


 どんな生き物も躾は三歳までが勝負なのだ。


 犬の年齢だと生まれて一年というところだ。フェンリルもそうだとは限らないが大まかにイヌ科だと思えば目安としては参考になるだろう。


 片付けも終えて戸締りをして自室に引っ込む。


 「まぁね。男同士の付き合いも大事だもの。私一人いるせいでシンがこれまでの生活から急に何かを我慢する必要なんてないと思うし……。」


 昼間に取ったたんぽぽ(綿花)を糸車にかけながら、糸を紡いでいく。もうすでに糸玉がいくつもできているが、洗って乾燥させたものがある分だけ夢中で手を動かす。


 どうやら大分手馴れてきたようで糸紬の速さもなかなかのものだ。と自負している。


 (しっかり手に職つけつつあるじゃない私!)


 なんて胸中で自画自賛を送ってみる。もちろん誰も同意もなければ賛美も送ってはくれないので自分で自分をほめてみる。


 手はせっせと動かしているものの、思考はどんどん変な方向へ走っていく。


 「やっぱり男同士の付き合いだし、美人なお姉さんのいるお店に行ってから帰ってくるのかなぁ。別に偏見はないけど。」


 あっちも世界でももちろんそういったお店や出張サービスはあった。どうもその辺に関してロサに偏見はない。


 むしろ女であった自分は入り込めない世界なので、そんなもんなのか単純に興味がったし、シンが向こうで若かりし頃に同業種の営業が集まると、そういったお店に一時間休憩の後また集まって結果発表だの当たりだ外れだなどと武勇伝を語り合うんだと聞いたことがある。


 当のシンはロサがいるから興味ない。とはっきり断ったらしいが本当のところはどうかわからないし、特に追及するつもりはなかった。


 ただ、いつも一言『そういうお店いってもいいけど入った部屋の内装から事後のピロートークまでどんなだったか作文用紙3枚以上で感想文書いてね』と笑顔で言ったものだった。


 すると不思議なことにシンは


 「そういって肯定されると尚更行く気にならない。」


 と、ぶつぶつ言っていた。感想文くれたら攻めたりしないのに不思議。


 そもそもロサには持論として『浮気するやつが悪いのは当たり前だけど浮気されるやつも悪い。お金払っている時点で心が伴ってないのは浮気じゃない。同じ人と三回以上したら浮気』といった具合に明確な自分の中での線引きがあるので多少の付き合いは男としてしょうがないと思っているし、その考えは今も何ら変化がなかった。


 ついでに言うと。


 『浮気だったら即別れて実家に帰る。本気の不倫なら絶対離婚しない。第二の女と幸せになれない形で毟れるだけ養育費毟ってやるから、やらかした奴は苦しめばいい。』


 とまで公言している当たり性格が悪いなと自負している。


 しかし、それはあくまで夫婦円満でいるための『公言』に過ぎない。心が何も思わないかといえばまた別の話なのだ。


 「健全なお年頃なんだから当たり前だし、仕方ないけど。美人なお姉さんが多いのかなぁ。」


 ついつい余計なことを考えてしまう。


 『ロサ、この人おれの大事な人なんだ。だから出て行ってくれないか?』


 と、笑顔で言われる日が来るかもしれない。このあいまいな関係がずっと続くとはロサだって思っていないし、幻想を抱くほど若くない(少なくとも精神年齢は。)


 (そもそも今の自分の立場ってなんだ?そんなことを私が言う権利ない気がする。前は夫婦だったけど。)


 求愛も求婚もされていない今果たしてこの関係は何なのだろう。


 元夫婦の同じ転生者。


 冒険者仲間。


 居候。


 おさんどん。


 どれも当てはまるが、どれもしっくりこない。


 「私って何なんだろう?」


 ぽつりとつぶやいて頭を振った。なんだかこれ以上考えたらゲシュタルト崩壊する気がする。考えては負けだ。


 今はまだこの世界の事を理解しきっていないし、一人で生活できるほどの能力がないから心配して優しくしてくれているのだろうから、過剰な期待をしてはいけない。


 「子供と保護者ってところよね。」


 無理やりに納得させて早々に糸車を片付ける。こんな時はさっさと寝てしまうに限る。


 足元で丸まるフェルと卵を抱えてベッドに入るのだった。



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