朝井リョウ『生殖記』(小学館) P.22-23より
> 労働以外の時間をどうするかってことを結構大切にするじゃないですか、ヒト。生きる、に直接的に関わるわけじゃない時間も充実させたい、みたいな。そっちの時間に必要以上に目を向けているヒトほど、割とすぐ、生まれた意味とか生きる理由とか自分の価値とか、そういう暇ゆえに生まれる余計なことを考え始めたりしますよね。
> 私から言わせれば、意味とか理由とか価値とか、そんなものはもう発生した瞬間に果たされています。
> ある一つの種が存続していくうえで最も大切なことって、色んな種類の次世代個体が発生するっていうことなので。
> (中略)
> だから、私こと生殖器在住の生殖本能からすると、その個体の意味とか理由とか価値とかそんなものは、個体が発生した瞬間にハイ終了〜って感じなんです。親個体とちょっとでも違う状態で発生した時点でアンタは役目果たしたよ〜、意味とか理由とか価値とかぜーんぶオールクリア〜! なんです。そのあと生殖行為によって次世代個体を発生させられたら勿論(もちろん)それはラッキーですけど、あくまでそれはラッキーなのであって、マストではないんです。
(引用終わり)
朝井リョウさんは、2013年に『何者』で直木三十五賞を受賞されました。筆者と朝井さんは同い年なのですが、筆者は(休学などがあったため)その時まだ大学生だったので、「同い年の人が凄いな〜」と羨望の眼差しを送っており、それは今も変わりません。
朝井さんによる『生殖記』は、語り手が「男性器」という、変わった小説です。伊坂幸太郎の『ガソリン生活』はクルマが語り手でしたが、『生殖記』は、ある男性にくっついている男性器が語り手です。
ご存知ないかたは、「そんな小説本当にあるの?」と疑われるかもしれませんが、あります!
そんな男性器目線で語られる小説ですが、引用した文章は、男性器が、「人間の生きる意味」とかについて語った箇所になります。
とかく、人間は、生きる意味や理由などについて思い悩みがちです。これは、おそらく昔からある命題であるといえ、多くの人間の頭を悩ませてきたと思います。
それについて、あくまで、朝井リョウが描いた男性器が語ったところによると、ある人間の存在意義は発生することそのものなのだ、と書かれています。
発生によって、前の代(親)とはちょっと違った性質を持って生まれてくること、(ようは、突然変異などの可能性も含めて発生により果たされた)それこそが「人間の意味」だそうです。
だから、生まれた時点で目的は達成されたので、あとは勝手に生きろということらしいです。
引用した文章のほうでは、「次の世代を発生させられればラッキーではあるが、それがなくても人間の価値は左右されない」という趣旨のことが書いてあります。
子どもを持たない人、持てない人はいらっしゃるかもしれませんが、次の世代の発生は、人間の価値の本質ではないと説いています。あくまで、発生ですべて果たされた。残りの命でどう生きるかはオマケみたいなもの。
あくまで、朝井リョウが描いたところの男性器が語っている意見ではありますが、なまじ人間に語られるよりも説得力があるというか、心がスッとした方も多いのではないでしょうか?
生きる意味や、命の価値、それはあなたが存在していることで充分に発揮されているのだ、と、朝井リョウが言っていたと思って胸を張って生きましょう!!