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第51話 村上春樹の憂鬱(ゆううつ)


 筆者は村上春樹さんのファン、ハルキストである。もっとも、ノーベル文学賞の受賞発表を他のハルキストと一緒に待つタイプの熱狂的なハルキストではなく、ライトな村上春樹ファンだ。


 ここに、一つの言説がある。


 


 だが、これはあまり一般的な言説ではないようだ。筆者がインターネット上を確認したところ、()が、出典が不明瞭で事実は不明である。


 村上が日本の小説よりもアメリカの小説に影響を受けているのは事実だ。村上の親が国語教師であったため、日本文学にはウンザリしていたとみられる(もっとも、夏目漱石には影響を受けたと公言しているはずだ)。


 また、『風の歌を聴け』で芥川賞候補になったとき、大江健三郎が名指しでこそないが、「今日のアメリカ小説をたくみに模倣した作品もあったが、それが作者をかれ独自の創造に向けて訓練する、そのような方向づけにないのが、作者自身にも読み手にも無益な試みのように感じられた。」と言っており、おそらく村上に対しての指摘とみられる(WEBサイト『直木賞のすべて』による)


 なお、村上のデビュー当初、最大の理解者だった丸谷才一の評は、「アメリカ小説の影響を受けながら自分の個性を示さうとしてゐます。もしこれが単なる模倣なら、文章の流れ方がこんなふうに淀みのない調子ではゆかないでせう。それに、作品の柄がわりあひ大きいやうに思ふ。」というもので、大江への反論ともとれる。(同『直木賞のすべて』より)


 こういったイメージが強く、村上=アメリカの認識が筆者の中で醸成され、村上が最初に英語で書くなどという妄想に繋がったのかしらん。



 小説の書き方については、各人で多種多様だ。

 例えば、一度最後まで小説を書き終わってから、一回ぜんぶ削除し、もう一回最初から書き直すという方法論をとっている小説家もいるはずだ。


 また、京極夏彦は、まず画像的に文字列のイメージが頭に浮かぶのだという話を聞いたことがある。京極は頭に画像として浮かんだ文字列を原稿の文章に落とし込んでいく作業なのだとか。(岩井志麻子先生だったか、新潮社の中瀬ゆかりさんだったかがそのようなことをおっしゃっていたと記憶している)



 繰り返すが、村上が最初に英語で書くなどという思い違いをどうして筆者が起こしたのかは不明である。


 村上は翻訳家(英→日)としての顔も持っているが、英語版は村上ではない翻訳家(日→英)が翻訳したものが発表されている。


 もし、仮に、村上が英語で小説を書けるとしたら、ピューリッツァー賞ものかもしれない。もっとも、ピューリッツァー賞のうち、小説に贈られる賞はアメリカ人にしか受賞の資格がない。(報道カメラマンの日本人がピューリッツァー賞を受けたことはあるはずで、写真部門はアメリカ人しばりがないのだ)


 まあ、伝説には多少尾ひれが付くもの。


 村上が最初は英語で書いて、自分で日本語に訳して発表している。


 そういうことにしておこうではないか。


 村上春樹さんは辟易(へきえき)しているかもしれないけれども、彼こそまさに伝説であり、今後もあることないこと言われるのであろう。



 村上さんは文学賞の選考委員をつとめていない。そのため、筆者らがいかに村上さんに小説を読んでもらいたくても、本人に直談判じかだんぱんするより他にない。


 かつて、お笑いコンビ・爆笑問題 太田光の父親が、りし日の太宰治に原稿を持ち込んだという逸話いつわがある。当時は、個人情報とかの概念がいねんがないので、調べれば太宰がどこに住んでいたか分かったのだろう。

 今では、そうだな・・・。

 村上さんの講演の際に直談判するくらいしか出来ないだろうし、村上さんも取り合ってはくれないだろう。


 村上さんは芥川賞に嫌われたこともあり、日本の文壇ぶんだんやほとんどのメディアから距離を置いている(村上ははなから日本の文壇など相手にしていない風を装っているが、芥川賞を受賞していれば話は違ったはずだと筆者はにらんでいる)。

 しかし、日本を代表する、世界を代表する作家であるところは間違いなく、村上さんに読んでもらえるかもしれない文学賞があれば、皆こぞって競い合い、文学ぶんがく振興しんこうにもなると思うのだが、どうだろう?


 村上さんは自身があまりにもビッグネームになったことに憂鬱を感じているかもしれない。


 そんな村上春樹の憂鬱は預かり知らず、ハルキストは村上の幻影を少しでも大きくしようと支離滅裂しりめつれつな村上春樹論を展開するのだ。


 村上くらいビッグネームになって、あることないこと言われてみたいものだ。


 その時になれば、村上春樹さんの憂鬱を身を持って知ることができるだろう。

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