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第3話 腹ペコ少女

 あっと言う間に、通って来た道を戻って行く。

引っ張られて、普段は出さない速度で走るせいで、腕と脚が痛い。

それにしても、凄い速さで流れて行く周囲の景色を見て、この人は本当に人なのだろうかと疑問を覚える。


 けど、それ以上に恩人に対して、この扱いは何なのだろうか……そんなやりきれない気持ちがふつふつと沸き上がる。

本当はこの人は何なのだろうか、乱暴な口調に、強引な態度……蛮族か何かだろうか。


「おぉっ!家が見えてきたな!ここがおめぇの家か?なぁ、そうだろ!?」

「そうだけどっ!いい加減に腕を話してくれないかな!」


 耳が痛くなる程に、騒がしく元気な声に思わず声を荒げてしまう。

それにしても……まさか本当に家まで引っ張られる事になるなんて思わなかった。

人の匂いを嗅いで、通って来た場所を見つけて走り出すとか、鼻が利く狼や犬の獣人じゃあるまいし。

本当にこの人は何なんだろう……蛮族か何かだろうか。


「お、おぉ……わりぃ、腹が減り過ぎて我慢できなくてよぉ……、痛かったか?」


 申し訳なさそうな顔をしてお腹をさすっている姿を見て、何とも言えない気持ちになる。

急に現れて倒れて来たかと思えば、人の気配がしたと急に起き上がり、腹が減った飯を食わせろと、腕を掴んで強引に走り出す。


 けど、顔立ちは可愛らしくて、鈴を転がすような綺麗で透き通った声。

でも……出会ってから、今までの行動のせいで、印象が悪くなってしまっているのはどうかと思う。

とはいえ先程まで体調を崩していたわけだし、それに相手の容姿はどう見てもぼくより年下の女の子だ。

幼い頃に治癒術等を教えてくれた師匠から、女性には優しくしろと耳が痛くなるくらいに口酸っぱく言われてきたし、大目に見てあげた方がいいのかもしれない。


「……急に黙ってどうしたんだよ」

「えっと、すみません、考え事してました……」


 少女はキョトンとした顔をすると、下から顔を心配げな仕草で覗き込むように見上げてくる。

何て言うか、表情が良く変わる人だなって思う。


「ならいいけどよ、とりあえず早く家に入れてくれよ、俺さ……もう腹が減ってお腹と背中がくっついて、そのままなくなっちまいそうでさ」

「そうですね……なら、家に入ったら何か作りますよ」

「にししっ!なら早く頼むぜ?食えるなら何でもいいからさ」 


 満面の笑みを浮かべる少女を見て、思わずその可愛らしさに息が止まりそうな感覚を覚える。

……とりあえず、何でもいいという要望通りに、何かしら簡単に作れて、すぐに食べられそうなものを出してあげて、落ち着いたタイミングで色々と話をしよう。

そんなことを考えながら、家の扉を開けると。


「悪いなっ!お邪魔させてもらうぜ?」

「えっ?ちょっと、危ないから走って入らないでください!」


 少しでも可愛らしいと思った気持ちを、すぐにでも取り下げたい。

そう感じる程に困らせてくれるる少女は、扉を開けた瞬間に家の中に駆け込んでいく。

この人は本当に何なんだ……、けど幸いなことに玄関から入ってすぐの場所にリビングがあるから、そこで大人しくしてくれているのなら個人的には問題はない。


 けど、仮にもし奥の部屋に行かれたと思うと気持ちが落ち着かない。

あそこには干している最中の薬草等、薬になる前のものが沢山あるから、勝手に入って触られたりして、使えなくされるのは嫌だ。


「お、良いところにテーブルとイスがあるじゃん!俺はここで座って待ってるから早くしてくれよ?」


 嬉しい事にぼくの不安な気持ちが伝わってくれたのか、リビングの方から少女の声が聞こえて来る。

良かった……ちゃんと大人しく座って待ってくれるらしい、その事が分かって、安心感からそっと胸を撫でおろす。

とりあえず、いつまでも家主が家の外にいつまでいるのは、おかしいと思うから早く中に入ろう。


「すぐに用意しますから、しっかりとそこで待っててくださいね?」

「おぅっ、ちゃんと待ってるぜ?だから早く作ってくれよ?」


 リビングに入りながら少女に声を掛けると、待ち遠しそうに落ち着きのない仕草で椅子に座り、笑顔で身体を左右に揺らしていた。

その姿に思わず見惚れてしまい、足がその場で止まってしまう。


「……ん?おぃ、どうしたんだよ、飯を作ってくれるんじゃねぇの?」

「え?あ……いえ」

「あぁ?どうしたんだよ」


 言える訳が無い、あなたの仕草が可愛らしくて、思わず見惚れてしまいました……だなんて。


「いえ、何でも無いです」

「そうかぁ?……まぁ、作ってくれるなら文句は無いけどさ、とりあえず、ほんと……早く頼むぜ?」

「えぇ、とりあえず、すぐに作れる簡単な物を作るから、少しだけ待っててくださいね」


 簡単ですぐに出来る料理……。

とりあえず先程まで、倒れていた事を感が出ると、暫くまともに食事を取っていなかったみたいだし、消化しやすくて、尚且つ身体に良いものを出してあげる事にしよう。


 そう思いながら、食材を取り出して調理を始めて暫く、ふと……誰かと料理を食べるが久しぶりな事に気付く。

初対面の印象が悪かったとはいえ、非常識な人であれど、誰かと一緒に食事をするのは楽しい筈だ。

……けど、一つだけ困った事がある、ぼくはこの人の名前を知らない。

本来なら、帰りの道中でお互いに自己紹介をするべきだったのだろうけど、既にタイミングを失ってしまっている気がした。

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