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第7話 崩れる日常

 ぼくはこの村での暮らしが気に入ってるし、師匠から依頼を受けて迎えに来られたと言われても、ついて行こうとは思わない。

ただ……依頼の内容に関して何を言われるのか、何故探しに来たのか……考えれば考える程、様々な可能性が脳裏を過ぎり不安になる。


「……ん?急に黙ってどうしたんだよ」

「え、あぁ、すみません……カルディアはぼくの師匠であってます」


 不安な気持ちを悟られないよう、震えそうになる声を何とか抑える。

あの人は弟子に過保護なところがある……もしかしたら、ぼくの事が心配になって、安否確認の為に依頼を出したのかのかもしれない。


 これに関しては、ずっと手紙を無視し続けていたから、もう……自分の行いが招いた結果だとしかいえない。

一昨年くらい前に、長年開発し続けていた新術が形になった事に関する資料を送っただけで、返事が返って来ても読んだだけで返事を返して無かった……気がする。

もしかしてそれが原因なのだろうか……一応、他の問題を様々な方面で探して考えて見るけれど、どれもぼくの自業自得だ。


「とりあえず依頼の要件を言わせて貰うぜ?……まずは、ばあさんのところに連れて来るように言われたんだわ」


 遥々首都からこんな辺境の村まで来てくれたのは悪いけど、連れて来るように言われても、ぼくは師匠の元に戻る気は無い。

もし無理矢理にでも連れて行こうとするのなら、怪我をさせてしまう事になるかもしれないけど、必死に抵抗するしかないだろう。


「けどよ、依頼を受けてるてまえ、おめぇを連れて行った方がいいって分かってはいるんだけど、めんどくせぇんだわ」

「急に迎えに来たと言われても困ります、ぼくが診ている患者さんが村にいるの……で?」


 めんどくさいって……ぼくの知識が間違っていなければ、冒険者は依頼の達成を重要視する。

師匠から連れて来るように言われている以上、依頼主の元まで護衛する事になるだろうから、この場合……ぼくの意思等気にすることなく、直ぐにでも連れ出そうとする筈だ。


「おめぇ、もしかして今すぐに連れていかれると思って不安になってんのか?」

「……えぇ」

「これがギルドを通した正規の依頼ならそうするがよ、今回は俺個人に対する依頼だからな、急ぐ気はねぇんだわ」

「それって……大丈夫なんですか?」


 ギルドを通さない個人を指定した依頼なら尚のこと、しっかりとやらなければいけない気がするのだけれど……違うのだろうか。

もしかして、ぼくの認識が間違えている?それとも、この人の考えがおかしいだけ?どっちにしろ、反応に困ってしまう。


「おめぇさ、なぁに間抜けな顔してんだ?」

「えっと、依頼でぼくを迎えに来たってことは、急ぎの用があるって事だと思ったんだけど……」

「はぁ……?知らねぇよ、あのばぁさんが依頼の期限を決めてねぇのがわりぃんだから、こんなん適当でいいんだよ」


 適当でいいって……師匠はどうして、この人に依頼を出したのだろうか。

こういうのは急ぎの案件だと思うのだけれど、もしかしたら彼女の中ではそうではないのかもしれない。

けど……依頼の内容に関しては大まかには理解したけれど、詳しい事に関してはしっかりと確認をした方が良いだろう。

コンプライアンス的にはあんまりよろしくないのは分かってはいるけれど、彼女がこの調子でいい加減な態度を取っているのなら、依頼の内容を直接確認した方が良いだろうし、その方が安心できる。


「えっと……すみませんが、依頼の内容を直接確認させて貰っても良いですか?」

「ん?おぅ、別にいいぜ?直ぐに取り出すから、ちょっと待ってろ」


 彼女の指先に魔力の光が灯り、何も無い場所を縦になぞると空間が切り開かれていく。

そして中に手を入れると、依頼書と思われる一枚の紙と封筒を取り出して、こちらへに向かって投げ渡す。


「とりあえず、これが依頼書な?後おまえ宛の手紙もあるぜ?」

「……ありがとうございます」


 投げるんじゃなくて、手渡しの方が良いのにと思いつつ開いた空間を見る。

空間収納という高位の魔術が使えるという事は、この人は冒険者であると共に高位の魔術師なのかもしれない。

とりあえず色々と気になったり、思うところはあるけれど、急いで依頼内容を確認をする。


【指名依頼:Aランク冒険者 泥霧の魔術師:ダート様へ


 フェーレン領:辺境開拓村クイストに、まともに連絡が取れず音信不通となっている私のバカ息子でいてね?治癒術師として活動している可愛い弟子で【レース】ちゃんっていうんだけど、あの子の安否を確認しに行って欲しいの。


 元気そうだったら、私のところに連れて来てくれると助かるわ。

その時は、勿論ダーちゃんが得意な護衛もお願いね?、あ、後、依頼とは別にレースちゃんに渡して欲しい手紙があるからちゃんと渡してちょうだいね。


 あなたの恩人:魔導国家メセリーの賢者:カルディアちゃんより】


 反応に困る無いようで、思わず読みながら苦笑いを浮かべてしまう。

彼女……いや、ダートさんも同じようで、依頼の内容を確認し終わったぼくを見て同じように笑っていた。


「まぁ、そんな感じで来たんだがよ、さっきも言ったように特に期限も決まってねぇし、ゆっくりしようかなぁって思ってさ」

「……そう言う事なら別に良いと思いますよ?けど、まずは師匠からの手紙も読んでいいですか?」

「ん?あ、あぁ、読んでもいいかって、おめぇ宛の手紙だろ?俺の事何て気にしないで読んでみろよ」

「ありがとう、では……」


 ダートさんから渡された封筒から、手紙を取り出して読んでみる。

【親愛なる、私の可愛い可愛い一番弟子で、息子のレースちゃんへ

 あなたに会って言いたい事は沢山あるけど、便りが無いという事は良い便りなんだと思って安心してます。

それでも……あなたが私の元を去ってから数年、いい加減あなたの顔が見たいので、Aランク冒険者のダーちゃんをそちらに寄越します。


 ただ……自慢の息子だから、言わなくても私の考えている事が分かるとは思いますが、ダーちゃんをあなたのところに送り出す建前です。

この子は、私達の研究に巻き込まれて、異世界からこの世界へと召喚されてしまった子なんだけど……最近、働きづめで疲れてると思うのと、この世界の常識にまだ疎いところがあるので、色々と教えて欲しいの。


 あ、あとほらね?ダーちゃんは今年で14歳、あれ?違ったかしら、確か15歳あったかしら……まぁ、どっちでもいいわね。

それでね?あなたは今年で18歳になるじゃない?……天涯孤独のこの子には、年齢が違いお友達がいた方がいいと思うの。


 だから暫くの間、あなたのお家で面倒を見てあげてね?

勿論、暫くしたらあなた達の様子を見に行くから、それまで仲良くするのよ?

後……くれぐれもダーちゃんには、この手紙の内容は内緒にしてする事、……約束よ。


親愛なるあなたの母で師匠でもあるカルディアより 】


 手紙を読んで、何とも言葉に言い表しがたい感情に襲われる。

私達の研究に巻き込まれて異世界から召喚?何を言っているのか理解が出来ないし、言わなくても分かると思うって書かれても内容的に、色々と無理があるだろ。


 気持ち的には色々と手紙の内容に言いたい事があるけれど、とりあえず今は目先の物事を何とかした方がいい。

とりあえず、理解出来た範囲だと……師匠がダートさんの面倒を見れなくなったから、暫く預かって変わりに面倒を見ろって言う、自分達がやらかした責任の押し付けだろう。

何ていうか、ぼくの平穏に包まれた代わり映えのしない日常が、たった一日で非日常へと変わってしまう……そんな感覚に戸惑いを隠せなかった。

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