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第8話 望まぬ共同生活

 手紙を読んで思わず難しい顔をしてしまう。

ダートさんが依頼を受けて、ぼくを迎えに来たのはまだ理解が出来る。

けど……その依頼が建前で、彼女の面倒を見ろという無理難題を別の封筒に入れて寄越す。

この理不尽に対して、何も思わないと言ったら嘘になるけれど……まともに連絡を返さず、顔を見せなかったという負い目のせいで断りづらい。


「何か難しい顔してるけどよ、おめぇ宛の手紙に何て書いてあったんだよ」


 心配そうな顔で言われるくらいだ、今のぼくは余程困ったような顔をしているんだと思う

とりあえず……この手紙の内容に関しては、ダートさんには言わないで欲しいという事だから、今はその通りにした方が良さそうだ。


「あぁ、うん、師匠の手紙を読んだら、いつものようにたまには帰って来て顔を見せて欲しいっていう内容で……」

「その割には深刻そうな顔をしてたけどよ……けどまぁ、ばあさんの息子のお前がそういうなら、まぁ……そういう事なんだろうな」


 ……少しだけ、疑われているような気がするけれど、とりあえずはこれで誤魔化せただろうか。

とはいえ、あの人のところにいた時から何度も思っていたけれど、師匠は本当に性格が悪いと思う。


 過去、魔術と治癒術が魔法と奇跡と呼ばれ神聖視され尊ばれていた時代に、それぞれの術を学問という形に落とし込む事で、各々の適正に合わせて学ぶことが出来るようにした二人の偉人のうちの一人だ。

それこそ、治癒術師と魔術師にとって母親のそうな存在で……息子であり、弟子でもあるぼくを心配して手紙を送って来たと説明すれば、説得力はあんまりないかもしれないけれど、この国の人間なら納得してくれるはずだ。


「とりあえず手紙の事についてはそれでいいけどさ、それよりも一つ相談があんだよ」

「相談……?」

「おぅ、言いづらいんだけどさ……この村って宿がねぇみてぇなんだわ」

「あぁ……この村はまだ発展途中ですからね、確かに人が泊まれるような場所はまだ無いですね」


 フェーレン領の存在する辺境開拓村クイストは、出来てからまだ歴史が浅く、魔導国家メセリーの王から命を受けた領主の指示の元、森を切り開くことで少しずつ規模を広げながら生活をしている。

一応小さな雑貨店とかはあるけれど、まだ何かしら有名な産業とかがあるわけでもなく、これといって特に外部から人が尋ねに来るような事も無いおかげで、宿泊施設などの建設は行われていない。


 これを言うと印象が悪くなってしまいそうだけど……更に言うのなら、開拓に参加する人達は、元浮浪者で食う物やその日の寝る場所に困っていた過去あったり、訳有りで他の村に住めなくなった人達ばかりだ。

そんな彼らを受け入れて住む事を許す変わりに、奥に行けば行くほど、危険なモンスターが出る森を開拓し、村の規模を広げていく事が義務付けられている。


「だからさ、押しかけるようで悪いけど、この家の世話になるぜ?」

「……え?」

「冒険者としてはさ、依頼の護衛対象がちっかうにいた方が都合がいいんだわ、何があっても直ぐに守る事とか出来るしさ」


 この人は急に何を言い出すのだろうか。

年齢が近いとはいえ、年頃の女性が暫くこの家で暮らす?……師匠からの手紙があるから面倒は見るけど、一緒に住むとなると話は別だ。

この家ではぼくにはぼくの生活があるのに、今日であったばかりの彼女が押し掛けて来て一緒に暮らす。


「だから、ここでおめぇの世話になるって言ってんだよ」


 出会ったばかりではあるけれど、ダートさんの性格は何となく理解は出来る。

こういうタイプは、一度でも考えを決めてしまったら絶対に退かない人だ。


「えっと、ダートさん……一応村に行けば空き家はあるので……」


 とはいえ、性格や言動に問題はあるけれど、その見た目は思わず見とれてしまう程に美しい。

そんな人と一緒に暮らす事になったら、意識をするなという方が無理がある。

……ぼくの事だから、そんな事は無いと思うけれど、もし魔が差すようなことがあって、何かしらの間違いを起こすような事があったらと考えると、ダートさんに対して申し訳ない気持ちになってしまう。

だから、とりあえず村人が増える事を見越して、予め建てられている空き家がある事を伝え移動して貰おうとしたけれど……。


「あ?ごちゃごちゃ、るっせぇなぁ……一緒に住んだ方がお互いに楽だろうが!ったく俺が決めて大丈夫だっつってんだから、それでいいだろ!」


 ダメだ……ぼくの気遣いが通じてない。

むしろこれ以上、あれこれ言っても逆にダートさんを怒らせてしまうだけだろうし、そこから勢いに任せて、なすがままに押し切られてしまう気がする。


「……もう、それでいいです」 


 だからこちらが折れる事にしたけれど、この人は本当に何なんだろうか。

……もしかしてだけど師匠がダートさんを寄越したのって、彼女のそういうところが面倒見切れなくなってしまったからかもしれない。


 他にも理由を考えるとしたら、ぼくみたいな人間は強引にでも動かされないと、変化を恐れるあまり一つの場所に留まり動けなくなってしまう。

正直その方が居心地が良いし、精神的に落ち着いていられるから好きなんだけど……そんなところをいつも心配していた師匠が、気を使って寄越したのかもしれない。


「……とりあえず、男の一人暮らしだからあんまり良い環境じゃないですよ?」

「おぅ、そんなの気にしないからこれからよろしく頼むわ!」


 けど本当にこれでいいのだろうか……そんな不安が頭の中で過ぎ去って行く。

とはいえこうなったらもう、なるようになるしかないだろうし、正直……師匠がやらかした面倒事に巻き込まれてしまった気がするけれど、とりあえず今はダートさんと上手く付き合っていくしかない。

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