ここで私の話をさせてもらおう。
私の家族は、祖母しかいない。
と、言うのも。
母は私が6歳の頃にどこかの男と家を出て行き、
父は私に一切見向きもせず、自殺した。
その祖母も二年前、私が20歳になった
タイミングで風邪にかかり、拗らせて
そのまま逝ってしまった。
私にはこの家しか思い出がなかった。
手放したらどうなってしまうか、自分でも
分からなかった。
柔らかい木の匂い、温かい縁側、
そしておばあちゃんの笑顔。
私が私である為に、この家は、必要だった。
「…ん…っい、たぁ…」
久しぶりに縁側で熟睡しまっていたらしい、
かなり身体がいたい。
あれ、でも首ら辺はあまり…と思ったら、
スミが居た。
「あれ、あなた…ついてきてしまったんですか」
スミは身体を震わせながら、ぽよんぽよんと
跳ねている。
まぁスミは最早戦友みたいなものだから、
別に気にしてはいないが。
…そう言えば、帰る前に魔王リベルタが
何か言っていた様な気がしないでもない…が、
もう私には関係のない話だろう。
自室に入り、スマホを見ると召喚されて
さほどこちらの時間は経っていない様だ。
しかもこの日は休みだったので、何と言うか
日帰り旅行か何かに行っていた様な気分である。
とりあえず今日はお風呂に入って、また寝るか…
悩むところである。
あぁそうだ、スミのご飯はどうしよう。
ダンジョンでは適当にドロップ品をあげてはいたが
日本のご飯は口に合うだろうか…?
これからのスミとの生活に思いを馳せながら、
私はスミのすべすべでむちむちボディを
優しく撫でていた。
それから、一週間が経った頃。
「ねぇ美空さん、なんか…変わった?
あっ、彼氏でもできた!?」
昼休みに同僚の
話しかけてきた。
この方はフレンドリーな性格で、私のような
仏頂面で愛想のない人間にも億さず
こうやって話しかけてきたり、飲みにも誘ってくる。
それにしても変わった、とはなんだろう。
私自身は別に変わってはないだろうけれど。
「はぁ…生憎ですが恋人はいません」
「えぇー、でも最近飲み会に来ないし
定時で帰っちゃうし…あ、じゃあペットでも
飼ったの?ニャンちゃん?ワンちゃん?」
「…当たらずも遠からずですね」
しょうがなく答えると、能沢さんは
瞳をぱぁっと輝かせた。
「やっぱり!ね、写真とかは撮ってるの!?」
「ないです、と言うか見せられません」
「えぇ!?鳩を飼ってるの…?だめだよ鳩は!」
「違います」
「そう?でもよかった!美空さんの目の下の
隈が薄くなってるから!」
あぁ、それで…と漸く納得した。
祖母が亡くなって、あまりよく寝られなくて
隈ができてしまったのだ。
最近はスミが枕になってくれているお陰か
ちゃんと7時間程寝られる様になったのだ。
それは確かに、良かったのだろう。
「でも、へぇ〜!美空さんも、可愛いペットが
できるとそうなるんだねぇ!」
「…何ですか、その目は」
「いやぁー、人間らしいなって!」
「人間ですからね…」
ニマニマとにやけ面をしながら私を見ている
彼女に、私は呆れるしかなかった。
でも、確かにいい経験ではあったとは思う。
…ほんの少しだけだが、彼がこれからの…人生、
ではないか、まぁその、魔王生?を
謳歌できている事を願った。
最近スミの好みが肉から魚に変わりつつある
ので、少し値の張ったいいサーモンの切り身を
買ってみた。
何と言うか、腕?滑らかなスライムの触手?
のようなもので軽い家事をしてくれているので…
頑張りにはご褒美である。
まぁ食べてても『おいしい』と『うーん』しか
言わないが…いや、不味いとはっきり
言わないだけ、気遣ってくれているけど。
とりあえず、切り身はシンプルに刺身として
食べてもらうとして、他におかずはどうするか。
「ただいま帰りま…した?」
そんな事を考えながら、玄関の扉を開けると
何やら…廊下から部屋の扉は開けっ放し、
物は散乱していて、ぐちゃぐちゃになっていた。
泥棒だろうか、スミは99レベルで、
かつ人間には攻撃しない様に躾てはあるので、
大丈夫だとは思うが…こんな風になるなんて
一体どうしたんだろうか。
片付けながらスミに話しかける。
『スミ?どうしました?』
『まおーきた』
『まおー?魔王ですか?あの人こちらに
来られてるんですか…』
呆れてしまったし、そうなると話が変わる。
戸棚の小物を一旦置き、スミが居るであろう
縁側に向かうと…些か様相は変わったが、
確かに魔王リベルタが居た。
此方を見るなり、満面の笑みで私に抱き着く。
「あっ、おかえり!来ちゃった!」
「魔界にお帰りください」
「やっと会えた…早速だけど、俺と結婚してね!」
「頭大丈夫ですか?角を無くした上に
思考力も無くしました?話を聞いてください」
べちべちべちっとスミに頬を叩かれながらも
ニコニコしながら、いつの間にか手に持っていた
らしい花束を私に渡してくる。
…再び呆れてしまう、まさか108本とは…。
「…とりあえず、どうやってここに来ました?」
「結婚の返事より大事なのそれ?」
「大事なので話しなさい」
「はぁい…」
少しへこんでいる様な姿に、やはり
子犬みたいだと思った。