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第3話・エリアーナの守護妖精


 どこからともなく耳に届いた小さな《声》が、エリアーナの肩で軽やかに跳ねた。


「ルルっ、聞いていたの?!」


 七色の光の粒を集めたようなは宙を舞い、まるでうなづくようにエリアーナの肩をくるりと一周した。


 そのあと、部屋の片隅に設置されたドレッサーの上に鎮座する白いうさぎの縫いぐるみへと向かい、羊毛で編まれたほわほわの被毛の表面に溶けこむようにして、縫いぐるみの体の中にきらめきながら消えていったのだった。


 スツールを離れて縫いぐるみに向かおうとすると、それを待たずにすっくと立ち上がった白うさぎがエリアーナの足元に駆け寄った。どうやら『入れ物』に収まったは俊敏らしい。


 エリアーナは目を丸くする。


「突然に出てくるなんて、珍しいわね。今朝はまだ呼んでいないわよ?」


 うさぎは仁王立ちをして被毛で覆われた短い両腕を組み、あからさまにむっとした表情をうかべて見せた。


(妖精は、主人に呼ばれるまで出てきちゃダメって決まりは無いからね。だからこそ僕は、エリーのの危機だって救えるのさ)


「ふふっ。随分と意気込んでいるみたいだけれど? ルルが私の危機を救ってくれたことなんてあったかしら。私が木から落ちた時だって……」


 華奢な顎に人差し指をあてて首を傾げるエリアーナがうさぎに向けた眼差しには、少しだけ皮肉が混ざっている。


(あっ、あの時は……。その……アレクシスがいたからさ! それに妖精の力はむやみに使うもんじゃないって、エリーだって知ってるでしょ?)


「ふぅん。そんなものかしら」


 ルルの言い訳じみたセリフはもう聞き飽きていた。

 守護妖精だというけれど、実際にその力を一度だって見たことがないエリアーナは懐疑的だ。


(まさか。ルルのこと疑ってる? は弱っちそうなうさぎだけどさ、ルルは一人前の守護妖精だもんっ)


「ううん、疑ってなんかいないわ。これでもすごく頼りにしているのよ? ルルは私の、とっても大切な子……」


 ──妖精の力があってもなくても。

 ルルは、亡くなったお母様が私に遺してくれただから。


 床のうさぎを拾い上げて手のひらに乗せると、わしゃわしゃ頬ずりをする。うさぎは照れたようにイヤイヤをして見せた。


(エリーっ、もう離して……? くすぐったいよっっ!)


 嫌がるうさぎを抱えこみ、ふわふわの白い皮毛をモフっていると。


 ──ジリリリリリリ

 目覚まし時計に至福の時間を遮られた。


(学校、行っても嫌な思いするだけでしょ? やめちゃえばいいのに)


 モフられて乱れた被毛を整えながらうさぎが吐息混じりの《声》を出した。

 エリアーナだけに聴こえる、心の中に直接訴えかける妖精の囁きだ。はたから見れば、ぬいぐるみに話しかけているようにしか見えないだろう。


「ふふっ、ルルはそうやってすぐに逃げようとするけれど、学校に通い始めてまだひと月だもの。魔術学校に通わせて私に異能を発現させるっていう、お義母かあ様のご配慮を無碍にするわけにはいかないわ」


 夫に似た美貌の姑の、エリアーナへの苛立ちを隠さぬ怖い顔が眼前によぎる。

 ため息が漏れそうになるのを押さえつけながら、クローゼットへと向かった。

 寝坊はしていないけれど、急いだほうがいい。


 エリアーナの今日一日のスケジュールのほとんどを占めているのは学園生活だ。

 さっさと朝食を済ませたら、10マイリーもの遠い道のりを馬車に乗ってのだから。


 ──朝礼に遅れたら大変!

 マダム・リーズに叱られて、魔妖獣の顔で一日を過ごす事になってしまうわ。


「ただでさえ私はポンコツ生徒だって目をつけられているんだから」


 生活指導教師のマダム・リーズは違反生徒に容赦がない。

 変身魔法を使う指導者なので、お仕置きは皆が嫌がるものの姿に変身させられるのがお決まりだ。


 ──ブロブリンの顔はくさくてアンに迷惑をかけてしまうし、意地悪なジゼル達からのが怖いんだもの……!



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