美術品の持ち出しを差し止め、慌てて屋敷に踏み込んだ。
けれど、見慣れたはずの屋敷の内部に、どこか他人行儀な違和感を覚える。玄関ホールを見渡したロザンヌは、壁紙と絨毯の異変に気が付いた。
茶系の壁紙が重厚な雰囲気を醸し出し、年代を重ねた調度品と上品に調和していたというのに。
今は、若草色の壁紙とモスグリーンの絨毯にすっかりすり替わっている。
「おお……なんということ……!」
ロザンヌは頬を引き攣らせ、口元を両手で覆った。
夫妻が茫然と立ち尽くすなか、大きな布袋を胸に抱えたメイドが階段からそろりそろりと降りてきた。
ロザンヌたちに気付くなり「ヒッ!」と小さな悲鳴をあげ、袋を取り落としそうになる。
「旦那様……奥様っ……お、お帰りなさいませ」
手に持ったものを隠すように床に置き、慌てて深くお辞儀をする。いつもの無機質さはなく、明らかに落ち着かない様子で肩を震わせていた。
「この有様は何なの? 侯爵が戻ったというのに出迎えもせず、家令は……使用人たちは、どこで何をしているのです!?」
「……リフォームです」
ロザンヌの剣幕に怯え、メイドは目を泳がせながら小声で答える。
「り……なんですって?」
「今朝から、お屋敷のリフォームを……皆で……」
「はあっ?」
「いつものように仕事をしておりましたら、若奥様から
──エリアーナ……!
メイドの不安げな視線を受けながら、ロザンヌの眉間に怒りの火花が散った。
「それで……玄関の壁紙と絨毯を、こんな軽々しいものに張り替えたと?! わたくしの大切な家財を運び出して……。あなたまで、何を持ち出そうとしていたの」
「これの、ことでしょうか……?」
「ええ、それのことよ!」
メイドは青ざめて、おずおずと答える。
「その……。エリアーナ若奥様が、ロザンヌ奥様が大切にされていた薔薇の花器を……落とされて」
「あの薔薇の花瓶を……? 落とし、た……」
「はい。割れました、粉々に。なので燃えないゴミに出そうかと」
おぉぉ……と、卒倒しかけたロザンヌを侯爵が慌てて支える。
「ロザンヌや、気を確かに!」
青ざめて額に手をやるロザンヌは、もはや虫の息──ではなかったが。すっかり項垂れ、ショックを隠しきれていなかった。
「あぁ……よりによって、先代の国王陛下から賜わった、ジークベルト家の家宝を……」
──わたくしたちの結婚の記念の品だったというのに。
「あの
そこへ慌てて駆け寄ってきたのは、ロザンヌの専属メイドだ。
「旦那様、奥様っ!……エリアーナ様が」
「今度はなんなの──」
額に手をやり、疲れ気味に問えば、
「お二人が戻られたら、『宴の間』に来ていただくようにと……」
「呆れた。あの嫁は、わたくしたちが留守の
ロザンヌは、唇をわなわなと震わせた。
夫と踊った幸福な気持ちはすでに吹き飛び、怒りが全身を駆けめぐる。
あの嫁ときたら、いったいどこまで人を失望させれば気が済むのだろうか。
戸惑う夫にはひとまず自室に戻るよう促し、ロザンヌがは女主人として、騒動の
メイドと共に『宴の間』に向かう途中、胸に走った
廊下の壁紙と絨毯も、きれいさっぱり張り替えられていた。
しかも、ロザンヌがお気に入りだったその部屋からは、若い女性たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
──わたくしをこんな気持ちにさせておいて……あの娘は、いったい何をしているの!
怒りに駆られて『宴の間』の扉を押し開けると──。
そこには、エプロン姿でメイドさながらの格好をしたエリアーナが、数名のメイドたちと針仕事にいそしんでいた。
膝の上には幅広のシルクリボンが乗っており、足元には真新しいタッセルが散らばっている。
まるで、お茶会でも開いているかのような和やかさ。
場違いな怒気を纏ったロザンヌが圧倒されていると。
エリアーナがくるりと振り向き、呑気な笑顔で言った。
「お義母様……っ。お帰りなさいませ」