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第24話・レオン・ナイトレイ


 * * *




 教場の窓際の席でエリアーナは頬杖をつき、はぁ……と大きく息を吐いた。

 昨日の戸惑い──アレクシスの笑顔、手の甲にふれた唇の感覚……。

 理屈では消せない熱の余韻が頬を染め、胸の奥で静かに燻っている。


「エリーっ、ご飯行こーっ!」


 元気な声とともに、アンがとととっと駆けてきた。


「あれ〜? またため息。さては週末に何かあったな?」


 にやけ顔で覗き込み、すぐに「そうだ……」と真顔になる。


「離縁計画はどうなった?! まさか、それが原因?」

「ううん、ちがうの。結局、旦那様のお仕事に付き添うことになって……」


「あー、また長くなりそう。その話を聞く前にダイニングルームに行きましょ! 栄養補給の時間は限られているのよっ」


 いつもの調子で、アンはエリアーナを促した。




 *




 残念ながら、今日も『焔薔薇のジビエ肉』にはありつけなかった。

 昼食を終えたふたりが廊下に出ると、よりによって正面から嫌な顔ぶれがやってくる。アンの眉間にわかりやすく皺が寄った。


 中心に立つのはジゼル・レディー・ライラック。

 学園のマドンナと称される美貌の持ち主だが、その瞳と口にはいつも棘が宿っている。


「あら……廊下が暗いと思ったら、やっぱり」


 巻いた紫色の髪がくるっと揺れ、取り巻きたちがくすくす笑う。

 ジゼルはお決まりのように腕を組み、アーモンド型のローズレッドの瞳を眇め、エリアーナを憮然と見下ろした。


「魔法も使えない落ちこぼれ。学園きっての遅刻魔が……今日は人間の顔をしていて安心しましたわ」


 微笑のあと、わざとらしく顎をしゃくる。


「でも、その髪型と……その服。どこで拾ったの? 修道院の見習いかと思った。あら、ここって教会じゃなかったかしら?!」


 エリアーナは目立たぬように眼鏡をかけ、髪を引っ詰め、茶系の地味な服をあえて選んでいる。

 それを嘲るように、ジゼルはさらに口角を上げた。


「遅刻魔の地味っ子と、もう一人は赤毛にみそっかす。はっきり言ってダサいのよ……!」


 アンの瞳が曇り、視線が床に落ちる。握った拳が震え、「もうやめて……」と小さく漏らした。

 そばかすを恥じらうその横顔に、エリアーナの心がぎゅっと締めつけられる。

 自分のことなら受け流せても、アンを侮辱するのは──許せない。


「ジゼル……っ」


 言葉を返そうとしたその時。


「おい」


 低く、よく通る声が背後から響いた。

 途端、空気がすっと冷えたように感じ、周囲がざわめく。


 ラバースーツ姿の下級生二人を連れた背高い青年が、ジゼルたちの眼前に立ちはだかる。


 無造作に整えられた黒に近い栗色の髪、切れ長の蒼い瞳──。

 引き締まった体躯に漆黒のジャケットを着崩した彼は、洗練さと冷徹さを併せ持つ美丈夫だった。


「レオンっ」


 ジゼルが甘えた声を上げる。

 だが青年──レオンと呼ばれた生徒は、ジゼルに一瞥もくれず通り過ぎた。


「エリー・ロワイエ。生徒会長が放課後、生徒会室に来いと。アン・レオノールも一緒にだ」


 女生徒たちの憧れを集める、生徒会副会長レオン・ナイトレイ。

 ちなみにエリー・ロワイエは、エリアーナの偽名である。


「ちょっと……!?」


 完全に無視されたジゼルが毒づくが、レオンは動じない。

 エリアーナの前に立つと、伸ばした手で眼鏡をすっと奪った。


「な、何するの?!」


 問い返すと、彼の顔がぐっと近づく。

 微かに甘い石鹸のような香りと息遣い──。距離の近さに鼓動が跳ねた。


「綺麗な目、してるのに」

 浅く呼吸し、低く囁く。


「見えてるんだろ……なんで眼鏡なんかかけるの?」


 反射的に身を引くエリアーナ。

 レオンは面白がるように唇の端を吊り上げる。


「せっかくの綺麗な顔、なんで隠すの」

「揶揄わないでください。め、眼鏡を返して……!」

「いや返さない、俺が預かっとく。終礼後に生徒会室だ、急げよ」

「なっ……?!」


 眼鏡を懐にしまい、レオンはふと振り返る。

 その蒼い瞳が、ジゼルたちを氷の矢のように射抜いた。張り詰めた空気に、取り巻きがしんと静まる。

 刹那、ジゼルの笑みが凍りつき、頬が引き攣った。


「相手を攻撃してるときの自分たちの顔……」


 わずかに間を置き、形良い唇が微笑わらう。


「──眼鏡かけて、良く見てみるんだな」





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