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第13話_私の神様は、問答無用でデコレーションされる

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「へ……?」


思考のキャパシティが臨界点を突破し、完全にフリーズした私の網膜に焼き付いたのは、あまりに暴力的で、あまりにデコラティブな、究極の『概念兵器』だった。

それはもはや光線ではない。

金銀パールにダイヤモンド、極彩色のラメ、ハート型のスパンコール、お砂糖とスパイスと素敵なものぜんぶをミキサーにかけ、そこに巨大な祝福(という名の圧)を乗せて撃ち出した、物理的な『幸福』の津波。

ネオページア大陸に存在するすべての『可愛い』と『キラキラ』を凝縮した、質量のある正義(ジャスティス)そのもの。


その光の洪水は、絶望の淵にいたKさんと、希望と絶望の間で引き裂かれかけていた私を、何の躊躇もなくまとめて飲み込んでいった。


「ぎゃああああああああああああ!?!?!?」


今度の絶叫は、痛みからではない。

私の左腕で不気味に脈打っていた『絶望』の黒いインク――《#BAD_END》や《#NTR》といった、この世の終わりみたいな文字列の上から、ピンクゴールドのペンキがラメ入りで、強制的に、暴力的に、塗りたくられていく!

悲痛なBGMは突如8bitの陽気なシンデレラ・ファンファーレに上書きされ、極寒の『嘆きの氷原』には、どこからともなく桜吹雪とシャボン玉が乱舞し始めた。


【SYSTEM MESSAGE: 悲劇的状況の強制改変を検知。ワールドパラメータを『HAPPY』に強制ロックします♡】


ご、ご親切にどうも……じゃないわよッ!!

カオス。カオスが過ぎる。

Kさんの心象風景であるこの絶望の世界が、女子小学生の夢見るお姫様ルームへと無理やりリフォームされていく。


ふとKさんの方を見やると、彼の状態は輪をかけて悲惨だった。

虚無に満ちていた瞳には星屑のホログラムが無理やり瞬き、抜け殻のようなくすんだ銀髪に、いつの間にか天使の輪っか(ネオン製)が浮かんでいる。本人の意思とは無関係に口角がキュッと上がり、完璧なアイドラスマイルが固定されていた。


「詩……織……。君を……必ず……守る……(キラッ☆)」

「Kさーーーーんっ! 正気に戻って! あなたのキャラじゃない!」


自我を失い、台本を読まされる推しの姿ほど見ていて辛いものはない。

左腕の呪いを確認すれば、こちらも目も当てられない惨状が広がっていた。黒いインクの上に、フリルのついたハート型のキラキラシールがベタベタと貼られ、聖句(タグ)が書き換えられている。


《#救いのないBAD_END♡(デコレーション済み)》

《#ぴえんからのハピエン展開待ったなし!》

《#NTRとかウチら的にはマジでありえな~い!》


呪い、鎮圧されてる……のか?

これは鎮圧というより、ギャルによる『デコ』なのでは……!?


私が状況を飲み込めずにいると、砕け散った氷の塔の天井から、ふわり、と二つの人影が舞い降りてきた。

一人はもちろん、この世紀末的光景を創り出した元凶。

極上のシルクとレースで仕立てられたピンクゴールドのフリルドレスをまとい、縦ロールのツインテールを揺らしながら、黄金のスマホをステッキのように構える、絶対的トレンドの女王。


「ちょっとちょっとぉ~! アタシを差し置いて、そんなジメッとした悲劇ごっこで勝手にクライマックスとか、100億年早いのよッ! このキラ☆姫宮麗子様が、世界でいっちばん『映(ば)える』ハッピーエンドに塗り替えてあげたんだから、感謝しなさいよねっ!」

「ひ、姫宮麗子……!」


もう一人の姿を認め、私はさらに息をのむ。

艶やかな黒髪、アメジストの瞳。いつの間にか私のそばに来ていた彼は、周囲のキラキラ空間などまるで存在しないかのように、優雅に腕を組んで佇んでいた。


「やれやれ。せっかくの悲劇が、安っぽいおままごとに成り下がってしまったね。君のセンスは、いつ見ても目に毒だ、麗子」

「し、紫苑さんまで……!?」


K(私の神様、ただいま操り人形状態)と、姫宮麗子(トレンドの女王)と、紫苑(退廃の帝王)。

ネオページア大陸を揺るがすトップ・オブ・トップ創造主が三人、今、私を中央に据え、一堂に会していた。

もはや伝説の三竦み(さんすくみ)。いや、頂上決戦。世界の命運を決める最終戦争が始まろうとしている。



「そもそもねぇ!」

麗子様がスマホステッキの先端をKさんにビシッと向けた。

「あんた(K)が急に病んで『灰色のアルカディア』をバッドエンドにしたせいで、ネオページアの『献身序列(サポートランク)』のサーバーが落ちかけたのよ!? 長年のファンが発狂して、解約だの返金しろだの、運営の問い合わせフォームはパンク寸前! あんた一人のせいで、サイト全体のイメージとPVがどれだけ下がったと思ってるの!?」

「PV……?」


私が聞き返すと、麗子様は呆れたように私を振り返った。

「そうよ、ページビュー! このネオページア大陸の物語は、どれだけ探訪者(よみて)の『信仰(アクセス)』を集め、ページをめくらせたかで価値が決まるの! 作家(クリエイター)の自己満足で陰気な物語を書かれたら、読者は離れるし、広告収入は減るし、誰も幸せにならないでしょ! 面白い物語っていうのはね、売れる物語のことなのよ!」


それは、ウェブ小説サイト「Neopage」の運営視点レポートにあった『広告収益を基盤としたビジネスモデル』そのものの思想。彼女はこの世界の『商業的正義』の代弁者なのだ。


その言葉に、冷ややかに反論したのは紫苑さんだった。

「くだらない。物語の本質を、金や数字でしか測れないとは……。君のその空っぽの頭には、キラキラの綿菓子でも詰まっているのかい、姫宮」

「なっ……!なんですってぇ!?」

「悲劇や絶望が、どれほど人の心を揺さぶり、崇高な魂の輝きを生み出すか。君のような大量生産のハッピーエンド製造機には、永遠に理解できないだろうね。本当に価値のある物語とは、読者の心に永遠に消えない『傷』を残すものだ」


「……違う」


その時だった。麗子の《#ハピエン強要ビーム》の呪縛から、Kさんが自力で抜け出したのは。瞳のキラキラホログラムを振り払い、その夜空色の瞳に、烈しい怒りの炎を再点火させて。

「お前たちのどちらも、間違っている」

Kさんは私の前に立つと、守るように両腕を広げた。その広い背中が、どうしようもなく頼もしい。


「物語は、金儲けの道具じゃない! 読者の心を弄ぶための毒でもない!」

Kさんの魂からの叫びが、氷原に響き渡る。

「物語は……! どんなに辛い現実を生きる読者の心にも、そっと寄り添い、明日を生きるための小さな『希望』を与えるためのものだ! たった一人でもいい! 僕の物語で救われる誰かがいるのなら、僕は……!」


三人の主張は、決して交わることのない平行線だ。

「売れるトレンド」の麗子。

「芸術的で残酷な真実」の紫苑。

「読者の心を救う希望」のK。

それは、現実のあらゆる創作論争の縮図そのものだった。


「あらそう? そのあんたの『希望』とやらが、この子をこんな目に遭わせてるんじゃないの?」

麗子様が、私の呪われた左腕をステッキでつん、と突く。

《#ぴえんからのハピエン♡》というデコレーションシールが、ぺろりと剥がれかけた。

「……っ!」


Kさんは言葉に詰まる。それが彼の最大の弱点。彼が最も苦しんでいるジレンマだからだ。

一瞬の静寂。

三人の強大な創造主たちの視線が、再び私に集中する。


「面白いじゃない、その腕」

麗子様は私の腕を掴むと、新作のアクセサリーでも見るように、目を輝かせた。

「絶望の呪いをハピエンの力で無理やりねじ伏せる……この『甘辛ミックス』な感じ、新しいトレンドの匂いがするわ! ねぇ、あんた! アタシの専属モデル兼ヒロインになりなさい! アタシがプロデュースして、世界一イケてるヒロインにしてあげる!」

「なっ!?」


ぐいぐいと腕を引かれ、たたらを踏む私。

その腕を、今度は紫苑さんが逆側から掴んだ。絹のように滑らかで、それでいて抗えない力。

「やめておけ、麗子。君の安っぽい光では、この呪いの本質は隠せない。むしろ、その純粋な魂と混じり合った絶望の味は……さぞ、美味だろうね」

アメジストの瞳がねっとりと私を見つめ、指先が呪いのインクをそっとなぞる。ひゃっ!? 全身に鳥肌が立つ。

「詩織。僕のところへ来なさい。君のその絶望、僕が最高の芸術へと昇華させてあげよう」


「二人とも、詩織から離れろッ!!」

Kさんの怒りの咆哮。彼は私の腰を背後から力強く抱き寄せると、二人から引き離した。背中に彼の硬い胸板が密着し、心臓が爆発しそうになる。

「詩織は僕の騎士(ナイト)だ! 僕だけのものだ! 誰にも指一本触れさせるものか!」


え、え、え。

なんか私、とんでもないイケメン神様たちによる、リアル乙女ゲームの奪い合いイベントの真っ只中にいませんか!?

左腕をトレンド女王に、右腕を退廃の帝王に引かれ、背後からは私の神様(推し)にがっしりホールドされる。四方八方から注がれる、それぞれの独占欲、支配欲、庇護欲……!

キャパオーバー! 軽めのエロスどころじゃない! 私のSAN値がごりごり削られていく!


「私の腕と身体と心を、最新トレンドと芸術と希望で綱引きするのやめてくださーーーい!!」

私の魂からの叫びが、ようやく氷原に響き渡った。



「……あら、よく言うじゃない。じゃあ、あんたはどうしたいワケ?」

麗子様の問いに、私は息を整え、三人の顔をまっすぐに見据えた。

「私は、Kさんの物語が好きです。でも、彼に全部を背負わせたくない。彼の希望も、絶望も、私がそばで支えたい。……それだけです」


「つまり、Kの共犯者になる、と? 愚かだね」

紫苑さんが冷ややかに言う。


私の答えに、Kさんは息をのんでいた。その夜空色の瞳が、驚きと、後悔と、そしてどうしようもない愛しさで、激しく揺らめいている。


三者三様の想いがぶつかり合い、空間の魔力が飽和してバチバチと火花を散らす。

世界が、彼らの主義主張の衝突に耐えきれず、再び崩壊を始めようとした、その時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


天変地異。

鉛色の空が、巨大な手によって引き裂かれるように、真っ二つに割れた。

そこから現れたのは、無機質で、絶対的で、この世界のあらゆる法則を超越した、巨大すぎるSYSTEMウィンドウ。

文字は、冷たく、感情のない明朝体で表示されていた。


【――警告――】

【創造主間の過度な闘争は、世界の安定性(サーバー・パフォーマンス)に深刻な影響を及ぼします。これ以上の私闘は、ネオページア利用規約第1条に基づき、これを禁じます】


「げっ!」「ちっ……」「……!」


三人の創造主が、一斉に顔をしかめる。

このウィンドウに逆らえる者は、この世界に存在しない。

これこそが、ネオページアを統べる唯一神――『原初の管理者(プライモーディアル・アドミニストレーター)』の天啓!


【問題の根源は、探訪者『佐倉詩織』にかけられた呪い、および、それに付随する創造主間の見解の相違と判断。よって、この問題を解決するため、特別公式イベント『創世の祭壇レース』の開催を、ここに宣言する】


「……は?」

私の間抜けな声が漏れる。


ウィンドウのテキストは、淡々と続いていく。


【イベント概要:

伝説の『最初の聖女』の魂が眠るとされる『創世の祭壇』。そこに最初に到達したチームの願いを一つだけ叶える。

参加資格:創造主『K』、創造主『キラ☆姫宮麗子』、創造主『紫苑』

参加ルール:

各創造主は、探訪者『佐倉詩織』をパートナーとし、チームを組んでレースに参加すること。探訪者『佐倉詩織』は、各ステージごとに、三人の創造主の中から一名をパートナーとして選択する義務を負う】


……ん?

いま、なんて?


私が、ステージごとに、三人の神様の中から、パートナーを、選ぶ……?


乙女ゲームのシナリオ分岐じゃん!!!!!!!!


私の心の叫びを肯定するように、システムウィンドウは最後の宣告を告げた。


【探訪者『佐倉詩織』の左腕の呪いは、祭壇の力によってのみ、完全な治癒が可能と推定される。健闘を祈る】


ウィンドウが光の粒子となって消え去り、後に残されたのは、呆然とする私と、闘志と野心を瞳に燃やす三人の超絶イケメン神様たちだった。

彼らの視線が、再び、私という名の『トロフィー』であり『鍵』であり『パートナー』に、突き刺さる。


Kさんは言う。「詩織、僕を選べ。君を救えるのは僕だけだ」

麗子様は言う。「アタシと組めば優勝間違いなしよ! 最強の装備でデコってあげる!」

紫苑さんは言う。「さあ、詩織。最初のゲームは、誰と踊りたい?」


無理無理無理無理!

選べるわけないじゃないですか!

神様(推し)との絆か、トレンド女王との最強タッグか、退廃の帝王との危険な取引か!?

どこのルートに進んでも、私の心臓が爆発四散する未来しか見えないんですけど!


私の平穏だったはずの異世界オタ活は、ついに運営(神)公認の、命と恋と世界の運命を懸けた、前代未聞のデッド・オア・ラブ・レースへと強制的にエントリーさせられてしまった。


これから私、本当に、本当に、一体どうなっちゃうのよーーーーーーーッ!?!?

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