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第12話 現れた変態②

「千葉と天雷に詩と曲を作ってきてもらってなんだが、俺たちは今日から始まったばかりだろう? お互いまだ何も知らない。音楽性や、そのテクニックなど、すべてだ」


 俺は誰に向かって語るわけでもなく、三人に向けて演説を始めた。


 もはや俺のバンドに変態がいようがいまいが、リーダーである俺がすることはロックしかない。今は迷っているときではないのだ。


「ああ、確かに。一言にロックと言っても千差万別だからな。それに日本語詞でいくか、英語詞で行くかも決めていなかった」


 千葉が納得したかのように腕を組む。


 日本語であれ英語であれ、ケツの穴という単語が出てくるような歌詞は勘弁願いたいものだ。


「そうだ。千葉と天雷には悪いが先入観でネオ・ヴルストの行く先を狭めたくないんだ。ロックとはもっと自由で、形がないものだろう? これをやろうと決めて動くのはなにか違う気がするんだ」


 俺はそれっぽいことを理由にして、千葉と天雷が作ってきた素材を見ようとはしなかった。だって怖かったんだもん。見ちゃったら彼女たちが変態だと確信しそうで。


「森村君の言うとおりだわ。私としたことが、自分の趣味だけで曲を作って自己満足をしていただなんて。最初にバンドの方向性やスタイルを話し合うべきだったわ。こういうのを先走りというのよね」


 天雷も絶句するように反省の弁を述べる。彼女がさっきのチンコ型ケースを持ちながら先走りとか言うと別の意味に聞こえてくるので勘弁願いたい。


 俺も先走らないように、股間にぎゅっと力を込める。カウパー氏、今だけは耐えてくれ。


「それな。森村の言うことには一理あるわ。音楽の方向性を見失うと、バンドは長続きしないっしょ」


 つい最近バンドを解散した月岡が言うと説得力がある。


 彼女がバンドを辞めた理由も、そう言った方向性が定まっていなかったからなのだろうか。解散の理由が変態に起因するものではないことを願うばかりだ。


「ああ、それでとりあえずセッションをして、お互いのことを知りたいと思うんだ。ここでああだこうだ話し合うのも違うと思う。ロックというものは話し合いで分かり合えるものじゃない。音をぶつけ合うのが一番。そうだろ?」


 その声、演奏、テクニック、息遣い、空気、おっぱい……。


 実施に音を出してセッションすることによって、俺たちは言葉以上のことを知ることができるのだ。いや、感じるといったほうがわかりやすいだろうか。ロックとは言葉を超えるのである。


「そうだな、そうするか」


「そうね。すぐにチューニングするわ」


 千葉がマイクの前に立ち、天雷はベースを取り出す。


「超やるべ」


 月岡もストレッチを終え、そのままドラムセットに向かっている。


 どうやら俺の考えを理解してくれたらしい。ロックに導かれ、このネオ・ヴルストというバンドに加入したこの四人。なかなか相性がいいかもしれない。


 もうメンバーの脱退とか解散とは無縁の音楽活動を続けたい。そしてロックの頂点へ、俺たちは向かう!


 そう決意し、新たな一歩を踏み出そうと、俺もギターケースからギターを取り出した。


 フェンダーのテレキャスター。黒いボディにピックガードが赤べっ甲の、ウィルコ・ジョンソンモデルだ。俺の自慢の一機である。


「あら、何か落ちましたよ」


 ギターのストラップを肩からかけようとしていたところ、俺の足元を指さす天雷。


「まさかお前も歌詞を書いてきたんじゃないだろうな?」


 俺は指摘されて、ふと足元に視線を落とす。そこには折りたたまれた一枚の紙。


「はうっ!」


 これはあの手紙である。ギターを取り出す際に落ちてしまったのだ。


 楽器を持たずに身軽な千葉が、ささっとその手紙を拾ってしまった。


「なんだ、これ?」


「バカ、見るな!」


 俺は奪い返そうとするが、千葉はふわりと身を翻し、背を向けてしまった。


 拾われた相手が悪かった。デリカシーのまるでなさそうな千葉優雨である。しかも貧乳。


 彼女は躊躇することなくその紙を開き、中に書かれている文字を読んでしまった。


「……これは?」


 千葉の背中が一瞬、びくんと震えた気がした。


「どうしたんですか? 優雨ちゃ……ん?」


 そのただ事ではない千葉の雰囲気に、天雷も彼女の手元を覗き込んだ。


 見つかってしまった。


 俺がこの二週間、悩み続けてきた秘密。


「おい、森村。これは何だ?」


 尋常じゃない千葉の声色に、ついには月岡までやってきた。いよいよ本格的に、あの手紙のことがメンバーにバレてしまったのだ。


「……『お前のバンドには変態がいる』って、これ、マジ何?」


 月岡がその文面を読み上げた。


 天雷にいたっては恥ずかしがっているのか、顔を真っ赤にしてチンコ型の音楽プレイヤーを上下にさすっている。恥ずかしがるベクトルがずれていると言わざるを得ない。


 バレたことは仕方がない。メンバーに隠すことも、もはやできない。


「この前、俺たちが最初に出会った日、俺が最後まで部室に残っていたんだ。そして帰り際、その手紙が扉に挟まっていた」


 俺は正直に事の顛末を説明することにした。


「これって、私たちのバンドのことを言ってるのか?」


 千葉が神妙に、手紙の真偽を確かめようとする。


「分からないが、つまらんイタズラさ。さ、練習を始めるぞ」


 しかし俺も分かっているのはそれだけだ。これ以上説明しようがないので、俺は三人の不審そうな視線をシャットアウトする。だって聞きたいのは俺の方だし、むしろこの中に変態がいるかもしれないという不安は俺の方が大きいのだ。


「おい、待てよ。こんなもん見せられて練習なんかできるわけないだろうが!」


 千葉がごもっともな意見を述べてはいるが、俺は見るなとちゃんと警告しましたよ。


「森村君、一体誰がこんな手紙を書いたの?」


 天雷からの質問も、当然俺も知りたいので答えることはできないので無言になってしまう。しかしその態度が三人にとっては俺が何かを隠しているように判断されたのかもしれない。


「……この中に変態がいるってこと? マジ?」


 月岡がついに核心につっこんできた。


 互いに見つめ合うメンバー三人は疑心暗鬼に陥っていると言っても仕方がなかった。


 無理もない。隣で一緒に音を出しているメンバーの誰かが変態だとしたら、ロックに集中できやしないだろう。


「こんなの、いたずらに決まってるだろう! こんな流言飛語に戸惑っているようじゃ、ハイスクフェスなんて出られるわけないぞ!」


 俺はメンバーを叱咤したが、三人はそうは感じ取らなかった。


 千葉は敵意むき出しの目で俺を睨んでいる。


 天雷は不安そうに俯き、チンコ型音楽プレイヤーを弄んでいる。


 月岡は大きく嘆息をつき、腕を組み、その上におっぱいが乗っている。


 三人とも、俺が何かを隠していると踏んでいるようで、俺も非常に居心地が悪くなり、そしてすごく悲しくなった。


 それもそうだろう。いわれのない手紙を持っていただけで、まるで俺がメンバーを変態扱いしているように思われているのだ。


 真実を知りたいのは俺の方で、できることならば「お前ら、変態じゃないだろうな?」と詰問してやりたいのだが、俺は紳士なのでやらないだけだ。むしろ俺がそんな痴話プレイをするような変態でないことに感謝してもらいたい。


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