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第14話 現れた変態④

「へ、変態?」


 てんで見当はずれの告白に、俺はオウムのように聞き返すことしかできなかった。


 アドリブに弱いとは言わないでくれ。ステータスをロックとおっぱいに全振りしたがため、コミュニケーションに対する耐性がゼロに近いだけだ。


「ど、どういうことだ、千葉?」


 俺も咄嗟に正気を取り戻す。


 恋の告白だと思っていたのが、まさかの変態の告白。


 まさか本当に俺たちのバンドに変態がいるとは思ってもみなかったが、本人が言うのだから放ってはおけない。


「あの手紙、私のことかもしれない」


「どういうことだ?」


 俺は動揺するのを必死で隠し、クールに振る舞う。


「変態かどうかは分からないが、心当たりがあるんだ。私には抑えきれない衝動がある。淫行と言ってもいい」


 千葉が両手で自分の腰のあたりを抱きしめた。少し震えているような気がした。


「……淫行だって?」


「ああ。聞いてくれるか?」


「もちろんだ。俺たち、メンバーだろ?」


 俺は早く帰ってBSでやっている時代劇の再放送を見たいだなんて言えるはずもなく、千葉の告白を聞くことにした。今は水戸のご隠居よりも、千葉のご淫行だ。


「私も1年のころから組んでたバンドがあるんだ。サディスティックユーという名前で、女四人のバンドだった」


 サディスティックユー。名前だけは聞いたことがある。ゴスロリの衣装に身を包んだデスメタルバンドだったと記憶しているが、まさかあのボーカルが千葉だったとは。


 軽音部内でもその退廃的なリリックと暴力的なメロディ、そして地獄を切り裂くようなデスボイスに、鼓膜を破壊される者が多数いたとかいないとか……。


 デスメタルとはその音楽を好む者にとっては極上のロックであるが、興味のない者にとってはただの暴力的な轟音でしかないということだ。


 しかし俺が聞いたサディスティックユーの話は、それだけではなかった。


「確かあのバンド、校内活動禁止になったんじゃ……?」


 そうだ。確かその断末魔にも似たデスメタルは、ただ単純に音も大きかったこともあり学校内での活動を禁止されたのであった。


 サディスティックユーが音を出せば、学校内のどこにいても耳栓が手放せないほどの轟音バンドだったのだから無理もない。


「ああ、そうだ。半年前、二年になってすぐ活動を禁止され、そのまま解散することになったんだ」


 伏し目がちに語る千葉の言葉には、どこか動揺が見える。


 俺が音楽性の違いでバンドが崩壊したような内部的な問題とは違い、千葉の場合は外部からの圧力によって解散を余儀なくされたということだ。

 これには俺も同情をする。


「残念なことだったな。でもそれが淫行とか変態とは関係ないじゃないか」


「ああ。実は解散の理由はそれだけじゃなかったんだ」


「なに? どういうことだ?」


 話が核心に迫るといった感じで、千葉の声のトーンがひとつ低くなる。


「サディスティックユーはいわゆるデスメタル。ロックでどこまで死に近づけるかが私の音楽のテーマだった。死ぬか生きるかギリギリのところを攻めることにより、オーディエンスを沸かせ、私はどんどん死へと近づいていったんだ」


 千葉は独特の死生観を交えながら、生き生きと語り始めた。自然と彼女の手が自分の首を絞めるようなジェスチャーに変わっている。


 俺はもちろん聞くしかない。危ない方向に向かっている気がしなくもないが。


「サディスティックユーの完成は、すなわち死だ。演奏中にいかなる痛みや後悔、慚愧、切望に耐えながらも最終的にステージの上で死ぬことによって完成される。お前ならわかるだろ、森村?」


 千葉がキッと俺を睨む。さっきまでの羞恥が混じった乙女らしい表情とは対極にある、幽鬼のような青ざめた表情だった。


 一寸もわかりません、とは言えず、俺は難しい顔をしたまま「ああ」とだけなんとか声を出した。とても怖かったんです、実は。


「私たちは活動禁止令を言い渡され、最後のステージに上がることになった。私はそこで死のうと思った。文字通り最後のデスメタルを、私は見せつけてロックの極みに到達しようとしたんだ」


 こいつは何を言っているのだろうか。俺はさっぱり理解できない。


 しかし千葉の話は続く。チャンネルを変えずにもう少しお付き合いください。


「私は歌いながら、死ぬつもりだった。みんな一緒のタイミングで死のうね、なんてメンバーたちと約束をして、約束のラストの曲になった。私は歌いながら血を噴き、悶え、ロックの極みに到達する寸前だった。最高の気分だった。天にも昇る快感で後ろを振り返ると、あろうことかほかのメンバーは死ぬどころではなく、それはもう生き生きと、楽しそうに演奏していたんだ。まさか本気で死ぬつもりだったのは私だけだと、そのとき気づいたんだ」


 でしょうね。そのメンバーたちの気持ち、よく分かりますよ。


 ステージの上で死ねたら本望だとか言いますけど、高校生のバンドが言うには冗談にしても頭おかしいですよね。ていうか、血を吐いたってどういうことですか?


「そうして、私だけが死にかけた。メンバーはまるでバンドのラストライブを終えた達成感でほくほくしているのに、私だけが三途の川を渡りかけた」


 音楽うんぬんよりも千葉がどうやって死にかけたのかが非常に興味深かった。ビデオがあれば見てみたい。映像班いる? 「金田一少年の事件簿」の佐木みたいなキャラの出現希望。


「私たちのバンドの解散理由は活動禁止でも音楽性の違いなんかでもない、死生観の違いだったんだ」


 まあ、新しい解散理由ですこと。


「事情はよく分かった。そういうことなら、しょうがないじゃないか」


 俺は慰めていいのか罵倒していいのか心配していいのか分からず、なんとかえなりかずきの物真似でお茶を濁すことにした。

 困ったときにえなりの汎用性の高さ、マジサンキューな。


「しかし、多少の変態性はあれど、千葉が気にすることはないだろう。それくらいで……」


「違うんだ! 私は、私はそのとき気づいてしまったんだ……。私は痛みに飢えていたのだと。痛みが快感に変わるのだと!」


 果たして生きてきて痛みに飢えるということがあるだろうか。痛みが快感に変わるということが?


 ない。俺はきっと死ぬまで痛みを欲しがることなんてないと誓える。だって痛いのイヤじゃん?


 もはやえなりさえもこの窮地を打開することはできぬと感じた俺は、千葉に送る言葉すら思い浮かばず、目をつむってしまう。瞼の裏に浮かぶのは、三角巾をかぶった泉ピン子の顔だけだ。ピン子なんとかしてくれよ、この状況。大御所だろ?


 すると千葉も鬼気迫った顔で、例の手紙を手に取り、もう一度そこに書かれた文字を読み始めた。


「お前のバンドに変態がいる……!」


 何が始まるのだろうか。まだ話が続くのか。


 さっきまで自由におっぱいのことを考えていられたあの至福の時間をもう一度俺に与えてくれないだろうか?


「私はドMなんだ」


「なんだって?」


 俺はちょっと寒気がした。


「……私はドMだと気付いてしまった!」


 なんということでしょう。

 千葉の魂の告白に、俺はおもいっきり引いていた。


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