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第15話 現れた変態⑤

「私はドMなんだ!」


 それが千葉の告白だった。


 そんな俺の反応など気にせず、頬を朱に染めながら千葉は自らの体を両手で抱いた。


「それ以来、私はどんな場所でも痛みを探した。向かいのホーム、路地裏の窓……。そんなとこにあるはずもないのに!」


 ねーよ!。探す場所間違ってるし、痛みを探す意味がわかんない。


 独白を続ける千葉にさっきまでのヤンキー女子の雰囲気はすっ飛んでしまった。キャラ崩壊してるし。


「こんな私でも、お前はバンドに入れてくれるか?」


 泣きそうな顔で訴える千葉。


 ここで「お前が変態だったのか! バンドを辞めてもらう!」なんて言えるわけもない。


 むしろ、俺はどこか安心していたのだ。変態が見つかったことに。千葉の変態の内容はともかくだ。


「千葉、お前は俺を勘違いしている。俺はロックに身も心も、そして未来をも捧げるつもりなんだ。お前がドMの変態なら、俺はロックの変態だ」


 すっと手を伸ばす。

 ロックは何も拒まない。変態だろうとドMだろうと、ウエルカム。


「森村!」


 千葉が俺の右手を掴む。ロックのもとで結ばれる拳は、何よりも尊い。


 そもそもバンドという言葉の意味を知っているだろうか? バンド。それは「絆」という意味。絆で結ばれた者たちが、同じ音楽を奏でる。なんてロックなんだ。ビバロック。


 メンバーが変態だからと言って、俺たちのネオ・ヴルストは固い絆で結ばれている。


「森村、感謝するぜ。私の変態性を受け入れてくれて」


 すべて吐き出したからか、千葉の顔にはいつもの生意気で凶暴そうな表情が蘇っている。見た目はドSなのに、性癖とはよく分からんもんである。


「人間ならば何かしらこだわりがあるもんだ。そのほうが、味があるというもんだ」


「お前なら分かってくれると思ったよ。だが、森村……」


「ああ、分かっている。このことは他の二人には黙っておこう」


「すまん、恩に着る」


 俺は千葉との間にあった大きな壁が取り除かれたような気がした。


 バンドとはこうでなくちゃ。隠し事があるとどうにも気を使ったり本音を言えなくなるものだ。


「俺とお前の仲だ。隠し事なしで行こう」


「じゃあ、もうひとつ頼みがある」


 千葉は後ろに手も組み、グイッと胸を張る。胸を張っても小さいものは小さく、俺は彼女の微乳を天保山と呼ぶことにした。知ってる? 日本で一番小さな山。


「私は前のバンドのときから歌詞を書いていたのだが、解散してからはどうにも上手くいかない。ああいうのは考えて思いつくものじゃなく、うまく言えないが降りて来るというか」


「ああ、分かるぞ。芸術とはそういうもんだ。ふとしたときにアイデアが頭に降りてくるんだ。俺も経験はある」


 スタジオでギターを構えていてもまったく思いつかないのに、とある踏切で電車が通過する音を聞いていてリフが思いついたり、犬の吠える声がメロディに変換されたり、往来ですれ違ったOLのバストカップが瞬時に分かったり、俺たちロック村の住人はそういう神がかった経験を何度もしてきている。


 なので千葉の言いたいことも良く分かった。机に向かってペンを持っても、歌詞がまったく思いつかないのもよくある話だ。ロックを作るには何よりも気持ちが重要なのだ。


「今日書いてきた歌詞も、実はまったく納得がいっていない。こんなもん、クソ以下だ。何もメッセージもソウルもこもっていない、ただの言葉の羅列だ」


 そう言いながらさっき書いてきたという「アナル・ラブ・フォーエバー」の歌詞を破り捨てた。


 ケツにショットガンを突っ込んだときの気持ちを書いたというその歌詞が日の目を見ずに済んだこと、俺は感謝している。


「お前だけに苦労させて歌詞を書かせるわけにはいかない。俺にできることがあったら言ってくれ」


 グラウンドからは運動部たちの掛け声が聞こえる。校舎のどこかからは吹奏楽部の演奏、合唱部の声出しが混ざり合い、放課後の高校は生徒たちの青春のオーケストラが鳴り響いている。


 いつだって俺たちは渇望している。青春を吐き出す場所を求め、必死で今を生きようとしているんだ。


 この高校二年生の秋は、今しかない。二度と取り戻せないこの瞬間を、俺たちは生きているんだ。


 そんなかけがえのない青春を共に歩む仲間が苦しんでいるならば、俺は手を差し伸べる。


 ドMだからってどうした。その性癖が他人に迷惑をかけるわけでもない。それは個性でもあるのだ。


 だから悩むな、千葉。


「この目の前に広がる道は俺だけの未来の道かもしれないが、きっとお前たちと一緒ならばこの未来はもっと開けるはずだ。未来への道は一本じゃない。可能性はいっぱいある。いっぱいあればあるほど、迷うだろう。でも俺はお前たちと一緒に悩んで、この道を歩きたいんだ」


 俺はネオ・ヴルストをやっていくことで、未来を駆け上がる。


 千葉だけじゃない。天雷も、月岡も、もう大事な仲間だ。ひとりでは悩まさないぞ。


「だからお前が悩んでいるのなら、俺はいくらでも手を差し伸べよう」


「森村……」


 そんな俺の決意が通じたのか、千葉も意を決し、言葉を紡ぐ。


「私をいじめてくれ」


「は?」


「私を思いっきり蔑み、侮蔑してくれ。そうすると私は性的なモチベーションが上がり、歌詞を書くことができるんだ。きっとそれは素晴らしいものになるはずだ」


「何を言ってるんだ?」


「なんなら後ろからそっと首を絞めてもらってもいい。息ができない快感が、私をハイに導いてくれるんだ。分かるだろ? イク瞬間に足がつりそうになる感覚。あれの到達点だ」


 この女は何を言っているのだろうか。確かに俺ができることがあれば的なことを言いましたけど、ちょっと違いますよね?


「いつだっていい、お前のタイミングで俺をいじめてくれ! お前は私のご主人様だ! じゃあな!」


 と、千葉はよく分からない言葉を残し、目をキラキラさせながら颯爽と去っていった。その足取りは軽やかで、自分が変態であり他人に変態行為を乞うていた女子高生とはとても思えなかったのだ。


 ていうか、俺のタイミングでいじめてくれって、どういうことだ。ご主人様ってどういうことだ?


「なんてこった」


 俺は教室でただ一人の悩める男子であった。

 あの手紙の通り、バンドメンバーの中に変態は確かにいた。


 ボーカル担当の千葉優雨。変態属性はドM。


 いじめられることで性的興奮を欲し、そのテンションで歌詞を書き上げるという、なんとも特異な変態である。


 それに加えて俺にいじめてほしいという要望まで出してきたのだ。なんと厚かましいことであろうか。他人に迷惑をかける変態だったとは。


 しかしこれは俺と千葉だけの秘密であり、ネオ・ヴルストの歌詞を作るためには必要な儀式でもあるのだ。そう俺は解釈する。俺、マジポジティブ。


 彼女も言っていたように、これは他のメンバーに知られてはいけない。懐の広い俺だからこそ受け止められたことであるが、千葉がこんな変態行為によって作詞が行われていると他のメンバーが知ったら、卒倒しかねない。ていうか、またも脱退されて解散の危機に陥る。


「とにもかくにも、俺も帰ろう……」


 こうして俺たちネオ・ヴルスト始動初日は閉じられたのだ。

 バンドメンバーの中に変態がいたという事実を残して。


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