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第21話 増殖する変態⑥

「森村にだけは言っておいた方がいいかも。私、汗フェチなの」


 覚悟を決めたように、月岡はそう断言した。汗フェチであると。


「汗フェチ」


 俺は顔の神経がバグったかのような表情で、ただオウム返しに繰り返す。


「男子の汗のにおいを嗅ぐと、私の脳内ドーパミンが一気に噴出するの。ドラムを叩く前には必須なのよね。マジ効くし」


 山田の練習後の汗が染み込んだというハンカチを袋から取り出し、月岡は直接自身の鼻にあてがった。そして空気の澄んだ高原でするような深呼吸をキメた。


 スーッとハンカチの香りを吸い込み、ぽわんと恍惚の表情を浮かべる。


 そんな尋常じゃない女子の所作を見て、俺は背中に一筋の冷や汗が垂れるのを感じる。


「誰の汗でもいいってわけじゃないの。サッカー部、柔道部、陸上部……。いろんな男子の汗を試したのよね。最低なのは剣道部。武具のすえた匂いと汗が混じって、あれはマジ地獄。それで私は野球部にたどり着いたってわけ。あの土と絶妙に混ざる汗のフレグランス……」


 こいつは何を言っているのだろうか。


 昨日から女子メンバーの性癖を聞かされ続けている俺だったが、ほんといい加減にしてほしい。汗フェチ? はあ?


 まさか。こいつも……?


「月岡……」


 肝心の月岡はもうハンカチをがっつくようにスーハーを続けている。


 やはり、こいつも変態じゃねーか!


 ていうか山田の汗だと? なんだか俺は羨ましくなってきて、山田に対する狂気が生まれ始める。この感情、なんなんだろうか?


「ああ、マジ高まる……」


 手の付けようがない。野球部の山田の汗のにおいを嗅いで高まる要素があるだろうか? いや、ない。


 俺は頭を抱えた。この二四時間の間に三回目である。


 俺は今もギターケースの中に入っている、あの手紙のことを思い出していた。


『お前のバンドには変態がいる』


 確かにあの手紙には変態がいる、としか書かれていなかったが、まさか一人ではなかったことは昼休みに発覚した。


 恐ろしいことに、なんとなんと、俺以外のメンバー全員が、変態だったのだ!


「それにしても千葉と天雷は遅いな」


 俺の戸惑いなんて露知らず、月岡はハンカチをスーハーしながら、さっき山田が泣いて出ていった扉の方に視線を移す。


 汗フェチというとんでもない性癖を暴露しておいて、なんともあっけらかんとした月岡の態度である。


 どうやらこいつも自分の変態性について自覚がないということだろうか


 ドMの千葉に露出狂の天雷。そして今目の前にいる月岡希依は汗フェチ。


 俺はいつの間にかド変態たちに囲まれていた。


 できることならばおっぱいに囲まれていたい人生だった。小さなおっぱい、大きなおっぱい、感度良いおっぱい、柔らかなおっぱい……。


 俺は現実逃避した。おっぱいいっぱい良い人生、右も左もおっぱいぱい。


 Aカップの千葉、Eカップの天雷、Fカップの月岡と、大きさのバラエティには富んでいるのだ。


 おっぱい包囲網が完成されつつあると頬を緩めていた矢先、俺は変態包囲網に支配されていたのだ!


「なんてこった……」


 俺は思わず頭を抱えてしまった。新しく見つけたメンバーが全員変態だったのだ。それもゴリゴリの変態である。野球ならこれで3ストライクで見送り三振レベル。


「どうした、森村?」


 不思議そうに小首をかしげる月岡は、今も汗臭いハンカチを離さない。


 俺も月岡の性癖に対して「ああそうですか。結構なご趣味ですね。おほほ」と上品に笑っておくことはできない。


 というのも俺たちはバンドメンバーで、これから曲を作り、ハイスクール・ロック・フェスティバルを目標に活動していかねばならないのだ。


 俺がこの変態女子三人を束ね、引っ張っていかねばならぬのだ。なんてこった。


 なので俺は千葉や天雷同様に、月岡の性癖に関してもしっかり理解し、ともに歩んでいく必要がある。


「ああ、月岡。ちょっと、聞いておきたいことがある」


 なんだかこめかみのあたりが痛い。しかしバンドのためには通らなければいけない道だ。


 月岡の変態性について。俺は聞く権利がある。バンドで唯一まともな人間として。


「森村もひと吸いする?」


 モンハンひと狩りする? みたいな言い方やめてください。


「いや、いい……」


 月岡が差し出すハンカチを俺は丁重にお断りする。月岡の豊満なおっぱいを包んでいるブラジャーならまだしも、あんな小坊主の汗が染みついたハンカチなんて勘弁である。


「確認するが、お前は汗の匂いがたまらんと言うのか?」


 俺も伊達に昨日今日と二人の変態にカミングアウトされてきたわけではない。三人目ともなると多少は冷静に事を運ぶことができる。


 さっきはちょっと戸惑っておっぱいに救いを求めてしまったが、もう大丈夫。経験って大事。


「そうよ。私は男子の汗の匂いがたまらなく好き」


 キリッとした目でそう断言する月岡。その言葉に二言はないようだ。


「そうか。そのことを、山田は知っているのか?」


 女子高生が汗フェチになったとして、その汗をどうやって供給するかは大きな問題だ。この月岡の場合、その供給を山田に頼っているということなので、当然この変態性は山田には伝わっているはずである。俺はそう考えた。伊達に短期間で変態と関わってはいない。


「いえ、山田には何も言ってないし。私が汗フェチだってこと打ち明けたの、森村が初めて」


 森村が初めて――。


 この言葉はもっと違う場所、然るべき状況で聞きたかった。男子が女子に言われたいフレーズのナンバーワンだろう。然るべきシチュエーションならね。


「そのハンカチは、山田のものじゃないのか?」


 確か昨日の野球部の練習の際に出た汗とかなんとか?


「ええ。確かに山田の汗を染み込ませたハンカチよ。毎日練習が終わったときにこのハンカチで汗を拭いて持ってくるように躾けてあるの。何に使うかは言っていないし、あの子も聞かないし」


「いや、でも、そんな……。自分の汗がどうなっているのか、山田も気になるだろう」


「いえ。あの子にそんなこと聞く権利はないわよ。あんなの、私のフェチズムを満たすためだけの、ただの犬だから」


 さらっととんでもないことを言い出す月岡。山田犬?


「そんな心配しなくていいし。山田はちゃんと躾けをしているんで、私が汗フェチだってことは他にバレないし」


 なに、その女王様気質? 汗フェチだけじゃなくSっ気もあるんですか?


「だから、このことは私と森村だけの秘密、みたいな」


 私と森村だけの秘密――。


 これも然るべきシチュエーションにおいては女子に言われたいフレーズの第二位である。


 俺も黙って頷き、二人だけの秘密を承服する。



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