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第27話 共存する変態⑤

 ショートカットを振り乱しながら、俺に向かって駆けよってくる千葉の姿は、どこか体育会系女子の雰囲気が漂っている。


「お、おはよう」


 この前の電話ではいろいろあったので、なんだか第一声が難しく感じる。


 俺と千葉はご主人様とメスブタという関係を演じることになっているのだ。もちろん、これは内々のことであり、公衆の面前では通常の健康的な男子と女子の体でいくことが約束されている。二人だけの秘密である。


 しかしその約束をしてから初めての対面であり、俺は千葉がどう出てくるのか予想できないでいた。実際、さっきご主人様と呼びそうになっていたし、危ういことこの上なし。


「あれ、天雷か?」


 千葉は顎で前方を走る天雷を指し、確認する。


 そんな俺の心配は杞憂だったかのように、千葉は普通の男子と女子のようなテンションで話しかけてきた。


「あ、ああ。そうだ。さっきそこで会った」


 むしろ俺の方がどこかぎくしゃくしているようだ。いかんいかん。俺はバンドのために千葉の心のご主人様でいることを決意したのだ。これくらいでブレてどうする。プレイ続行だ。


「そうか……」


 今にもスカートの中からナマケツが見えそうになりながら走っている天雷をじっと見つめる千葉はいたって冷静である。


 やはり俺が心配したようなSとMの関係は、表に出して来ない。千葉の振る舞いはプロそのものだった。俺との主従関係を隠すことがプレイの域に達しているのだろうか。頼もしいMである。


「あいつ、曲を作ってきたらしいぞ。放課後、聞かせてくれるらしい。お前は、どうだ?」


 俺はご主人様であるという立場を利用し、千葉に作詞を強制したのだ。これもプレイの一環であり、こうやると千葉が喜ぶのだから仕方がないじゃないか。


「ああ、書いてきたが……。おい、森村。あれ見ろ」


「どうした?」


 千葉が深刻な顔をして指さす方を見ると、そこには校舎に入っていく天雷の姿。


 一体、あのノーパン露出狂がどうしたというのだ? いや、とっくにどうかしてるんだけど。


「あいつ、ノーパンじゃないのか?」


「……ッ!」


 なぜバレた? 俺は思わず絶句してしまう。まさかスカートがめくれあがって、そのナマケツが飛び出したのか? だからいわんこっちゃない!


「な、何を言ってるんだ! まさかノーパンで学校に来る奴があるか! 天雷に限ってそんなことありえん!」


 俺は断固否定する。こんな一瞬でバレてしまうとは、まさか千葉、パンツを透視する異能の持ち主か?


「ああ、そんなことはありえんと思うが、一瞬スカートの下に何も履いていないような気がしてな。何か、言ってなかったか?」


「い、いや。俺は何も聞いていないし、見てもないし」


 動揺しているところを見せてはならぬと、俺はすでに校舎内へ消えていった天雷のほうを見ないように空を見上げ「イイ天気ダナー」と嘯いて見せる。


「露出プレイ……」


 千葉が突然、そんなきわどいことを言い出す。


「な、なんだって?」


 やはりバレたか! 


 変態は共存できないというのは俺の推論ではある。もしや自分のテリトリー内に他の変態がいると、その存在を察知し、排除しようとする防衛本能のようなものが働くのかもしれない。


 今まさに、天雷の変態性を暴いた千葉のように!


「な、何を言ってるんだ、千葉! そんなこと……」


 俺は千葉を、いや、変態を甘く見ていたのかもしれない。オールドタイプの俺は、ニュータイプの直感を舐めていた。変態と変態は魅かれ合うのだ! 


 変態は磁石である。時として魅かれ合うが、時として弾き合う。俺、名言なう。


 ていうか俺と千葉はS極N極じゃなく、S極M極だけどな。


「そんなこと、あるわけないだろう。天雷が露出狂だなんて!」


 俺は必死で否定するしかない。それが俺たちネオ・ヴルストの生きる道なのだ。


「森村、お前、何か隠してないか?」


 すたっと立ち止まり、冷たい眼で睨みつけてくる千葉に、俺はついひるんでしまう。


「何も、隠してなんか……」


「森村が天雷に露出プレイを強要しているということはないだろうな?」


「へ?」


 千葉の疑惑は俺の杞憂の斜め上から突き刺さってきた。


「俺が? なに?」


「お前が天雷にノーパンを命令してるんじゃないだろうな!」


「は?」


「つまり、お前が天雷にノーパン羞恥プレイという極上のお仕置きをしているということだ!」


 登校中の往来で千葉がはっきりと、わりと大声でそんなことを言い出したものだから俺は思わず彼女の手を引っ張り、体育館の影の方へ連れていく。


 ジャージの男子がハレンチ発言を女子を連れていく姿には視線が集まったが、この場で見世物にされるよりかはマシである。


 朝練終わりのバレー部の冷ややかな目を通り過ぎ、俺たちは体育館の裏へ向かう。


「何を言ってるんだ、そんなわけないだろう!」


「もういや!」


 人混みから離れ二人きりになったとたん、千葉は膝をつき、両手で顔を覆ってしまった。満を持してのメスブタモード発動か?


「おい、千葉!」


「ご主人様が私以外の女にお仕置きする姿なんて、見たくないわ! 私にはあんなこと言ってたくせに、ひどすぎる! メス豚は私だけなのに!」


 泣いてしまったのか、千葉は肩を震わせ、うずくまってしまった。


 困った。女に泣かれた男ほど、無力なものはない。しかも変態の行き違いが原因なのだから、どうしようもないではないか。


「聞いてくれ、千葉。俺が天雷にそんなお仕置きをするわけないだろうが。冷静に考えろ。そもそも天雷が俺に従ってノーパンになると思うか?」


 そもそも千葉は俺が稀代のドS野郎だと思い込んでいるが、違うからな。あくまでバンドのために演じているだけであって。


「本当か? ご主人様は私だけのご主人様でいてくれるのか?」


 すっと顔を上げた千葉の目には涙が溜まっていた。おいおい、女を泣かすとか、まったく俺って奴はやっぱりロックじゃねえか。


「ああ、この前も言っただろうが。俺はお前の心を鎖で縛っているってな。堂々とノーパンを強制するような安い関係じゃないだろう? 天雷の件はお前の見間違いだ。心配するな」


「ご主人様……、その優しさ、とても痛くて気持ちいい」


 なんだこれ?

 しかしこれもバンドの運営のためである。

 俺もこんなこと、やりたくてやってるわけじゃないですからね?


「すまない、森村。またお前を疑うようなことを言ってしまって。ほんと私は、メスブタだ……。疑り深いメスブタなんだ。絶対にイベリコ豚になんてなれない、ただのメスブタだ!」


 この話の終着点が見えず、俺は早く教室に上がってしまいたいのだが、感慨深くMっ気を出している千葉を見るとそうはさせてくれない。


「分かればいい。放課後はちゃんと練習に……」


 と、話を締めようとおもったところ。


「森村! 千葉!」


 俺たちを呼ぶ声がどこからか聞こえ、ややあってもうひとりの変態が登場した。


 月岡希依。汗フェチという特殊な変態性を持つ、その人だ。


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