「ふたりで走ってたからどうしたのかと思って」
いつも通りのジャージ姿で、そのうちに秘めたる爆乳を携えてやってきた月岡。
彼女は彼女なりに、バンドメンバーの二人が体育館裏に駆け込む姿を見て心配してくれたらしかった。もしかしたら千葉のハレンチ発言が聞かれていたかもしれないが俺から確認するわけにもいかない。
「ああ、月岡。なんでもない。そろそろホームルームが始まるから、行こうと思っていたところだ」
もちろん千葉のドM的観点からの勘違いで、俺が天雷にノーパンを強いたという誤解を解いていたことなど言えるわけもなく、しかしこの場を離れることができる口実ができたことで感謝はしていた。
「それだけか?」
「それだけだ。なあ、千葉?」
「……ああ、それだけだ。それだけでよかったよ」
そんな意味深な発言やめてもらえませんかね。
「あと、千葉と天雷が曲と詞を作ってきたらしいから、放課後はちゃんと練習に来てくれ」
「そうか。それはよかった」
俺は必死で話題を変える。
なんだか事態を飲み込みきれていない月岡だったが、俺が先導するようにその場から離れようとした。すると千葉と月岡も俺についてくる。
なんとか変態たちの秘密は守りぬくことができそうだ。ほんと変態の共存は大変だと身に染みるぜ。これもロックの頂点を目指す者の使命か。
「あ、そうだ。森村。ジャージ姿ということは、例の約束、守ってくれたんだな」
月岡のその言葉にいち早く反応したのは千葉だった。
無理もない。「例の約束」という言葉は彼女を深い勘違いに誘うには十分すぎるパワーワードであった。
「月岡、その話はまたあとで……」
と、つい俺もはぐらかしてしまったものだから千葉の嫉妬心というが猜疑心にめらめらと火をつけてしまったのだ。
「森村、どういうことだ? その約束というのは?」
この匂わせ発現に、千葉が食いついてくる。
面倒なことになってしまった。
俺が汗をかき、その汗を吸収させたタオルを汗フェチの月岡に与える、なんてことを正直に千葉に言うとどうなるだろうか。
変態と変態は共存できないという俺が気付いた定義によって、千葉と月岡が戦争状態に陥ることになる。変態という正義のぶつかり合いになるのだ。血を見ずにこの場を立ち去れる気がしない。
まったく、月岡め。余計なことを言いやがって。
「いや、なんでもない。バンドのことを話し合っていただけだ。今年中に曲を作って録音をしなければいけないと、金曜の放課後に話し合ったんだ。必ずハイスクフェスに出ようと、そう約束しただけだ。やましいことなど何もない。そうだろう、月岡?」
俺はもっともな言い訳を取り繕い、月岡に同意を促した。
彼女とて自分が汗フェチであるということを千葉には知られたくないはずで、この場は隠そうとするはずである。
「ああ、それもそうだが……。そんなことよりも大丈夫か? 汗が乾いていないか? 早く着替えて、そのジャージという名の性具を……」
「わわわわ! ほら、行くぞ! チャイムが鳴ってしまう!」
この女は何を言い出すのか。俺の汗だくのジャージを性的なもの扱いしやがって! ていうか性具ってなんだよ!
「おい、月岡! お前、今なんて言った? 森村のジャージがなんだって?」
「なんでもない。こいつは汗だくで俺が風邪をひくのを心配してくれただけだ。風邪をひいてしまうとバンドの練習ができなくなってしまうからな! な、そうだろ?」
「いや。風邪をひかれると汗をかけなくなってしまうからな。練習よりも重要なオカズだ」
「オカズ? 森村の汗がどうしたんだ?」
「なんでもない! さあ、行くぞ!」
オカズってなんだよ! 俺の汗をオカズにしないで!
俺は月岡と千葉の手を引っ張り、昇降口へと引っ張る。
「森村! お前まさか、私以外の女と主従関係を……」
「わーわー! なにを言い出すんだ、ばか!」
「え? 森村と千葉って、そういう関係なの?」
不用意な千葉と、不用意な月岡が互いに不用意な勘違いを起こそうとしている。
「待て! お前らが考えていることはまったく間違っている! とにかく、教室へ行くぞ! この話は放課後だ!」
問題を後送りにするのは俺の悪い癖だが、今はここで解決する術もないので致し方がないことだ。
「おい、説明しろ、森村!」
「説明はいいからブツを早く! 私は禁断症状よ!」
右手には勘違いドM女の千葉、左手には欲しがり汗フェチ女の月岡を従え、俺の今日の一日はまだ始まったばかりだった。
俺と変態たちの戦いはまだまだこれからだ!