あの手紙を出したのは、なんと真理部長だった!
「部長、なぜこんなことを……。俺があいつらとバンドを組むことに反対なら、直接そう言ってくれればよかったのに。こんな手紙で、しかもあいつらをけなすような内容を……」
現にこの手紙に書かれたことは事実だった。
バンドメンバー全員が変態だったのだ。しかしそれは今は関係のないことだ。
メンバーたちが変態であったことよりも、今は真理部長がこんなことをした理由の方が重要だ。
「森村君の言う通りよ。その手紙、私が書いて、その扉に挟んだのよ」
いざ部長にそう言われると俺はへこんでしまう。事実は時に人を傷つけるナイフになるのだ。
「なんでこんなこと! 部長は、俺がバンドを……」
「羨ましかったのよ!」
真理部長が叫んだ。
扉を閉めるとこの会話が外に漏れることはなく、部長の咆哮は、俺ひとりにだけ向けられて、そして俺にしか届かない。
「う、羨ましかったって、そんなの……」
俺も部長にどう応えていいかわからない。羨ましいって、それは俺が女子とバンドを組んだことに対してなのか? その意味だとしたら、それはすなわち部長は……俺のこと……。
「変態が、羨ましかったの!」
「……え?」
変態が羨ましい? は? そっちサイドからの意見?
いきなり衝撃的にわけのわからないことを言い出した真理部長は、両手で顔を覆い肩を震わせた。
いやいや、ここは「森村君のことが好きだから!」でしょう? それが青春ラブコメの定石でしょうが。それを変態が、なんだって?
「私、変態が堂々と変態と変態バンドを組もうとしているのを見て、羨ましかったの。変態に嫉妬すらしたわ」
頼みますからあんまり変態変態言わないでくれませんかね。俺の中の真理部長のイメージが崩れそうなんです。
それでも部長の魂の独白が続く。
「変態とは闇に隠れて生きていく定め。それなのに千葉さん、天雷さん、月岡さんは変態だというのに堂々と、それを恥とすら考えずにバンド活動をしている。普通、変態だったら遠慮とか後ろめたさがあるはずなのに、彼女たちは変態を誇りにすら思っている」
いや、誇りとかそういうものじゃないと思います。あいつらはそういう損得とかを考えたことがないナチュラルな変態だと思うので。
「部長はじゃあ、あいつらが変態だって知ってて?」
「そうよ。あの子たちが変態ってことは知ってたわ。だからこそ、私は許せなかった。変態に支配されたバンドなんて、存在することを認めるわけにはいかなかった……。変態たちが絆で結ばれるのを黙って見てられなかった」
真理部長はメンバーが変態であると知った上で、俺に忠告してきたのだ。イタズラでも何でもなく、ネオ・ヴルスト結成への妨害なのか?
「なんでそんなこと。部長、変態だからといって、バンドをしちゃいけないんですか? ロックをしちゃだめなんですか?」
俺は変態を許せないという部長に食って掛かった。
この視聴覚室でふたりきり、俺はこんな展開など期待していなかったのに。
「変態だって立派な個性だ! それにロックと変態は関係ないです! 変態が作る音楽を、誰も否定できやしない! そうでしょう、部長!」
変態を否定されたことに、俺は憤慨していたのだ。
そりゃ俺も変態に悩み、変態に振り回され、変態に疲れ果ててきた。それでもあいつらは俺のバンドのメンバーであり、変態である前に音楽を愛するロックキッズなのだ。
絆で結ばれた俺たちを侮辱するのは、いくら憧れの真理部長であっても許せない。
「部長も、音楽を愛しているんでしょう?」
俺は感情を一直線に真理部長にぶつける。
「部長、部長も、そうですよね? そう言ってください!」
俺の言葉に感化されたのか、すっと顔を上げた部長の顔には右目から一筋の涙がこぼれていた。
女を泣かせる男なんて、ロックじゃない。女を泣かせるのは、音楽を心に届けた時だけでなければならないのに。
「森村君……」
言い過ぎたかもしれない。
部長はじっと俺を見つめ、俺もまっすぐその視線に応える。
部長は部長で事情があったのだろうし、それをすべて俺が理解しているわけではない。あの手紙も、俺を心配してくれたのかもしれないし、音楽を愛しているからこその行動だったかも。
「真理部長……」
これはラブコメではない。俺と真理部長の、音楽に捕らわれた者同士の魂のセッションなのだ。
この先にあるのはハッピーエンドでもバッドエンドでもない。
だってそうだろう?
いつだってロックに答えなんてない。終着点なんて、来ない。
だってそうだろう?
ロックは優しい。迷う俺たちをいつでも導いてくれる。ロックはいつも、無限の可能性を俺たちに示し続けるものだから。
「森村君、私……」
「謝らないでください部長、俺も言いすぎました。音楽を愛している者たちが、この場所に集まるんです。そこに優劣や順位は必要ない。俺も、部長も、あの変態たちも、音楽が好きなんだ。それだけでよかったんです」
俺は変態は共存できないと考えた。
でも、それは間違いだ。音楽のもと、変態だって共存できる。ネオ・ヴルストがそれを証明してやる。それが俺のリーダーとしての役目でもある。
変態の未来は俺たちの手の中にある!
「違うの、森村君! 聞いて!」
俺が手を差し伸べたとき、部長は頭を振って、否定した。
「違うって、どういう意味ですか? 大丈夫です。俺はロックも変態もすべて、背負い続けますよ。部長の心配には及びません」
「違う! 森村君は勘違いしてる!」
「してませんよ! 正常な人間から見たらあいつらは変態かもしれませんが、それを乗り越えるとロックの向こう側が見えてくるんです。俺はあいつらと一緒にその光の向こうへと……」
そのときだった。
「森村!」
そこに聞こえるはずのない、俺を呼ぶ声がした。ここは防音設備が整った視聴覚室で、教室内の音は外にも聞こえないし、逆に外の音も聞こえないはず。
だったが、二枚ある扉の内、教室側の第二の扉が開きっぱなしになっていることに気付いた。そして廊下と接する第一の扉に外から鍵が差しこまれる音がする。
ガチャッ!
「森村君!」
扉を開けて入ってきたのは天雷猫子。そしてその後ろには千葉優雨、月岡希依もいる。
小さいおっぱい、大きいおっぱい、美しいおっぱい、大集合である。
「お、お前ら……!」
変態三人は、部長が持つ教室の鍵ではなく、職員室に保管してあるもうひとつの鍵で視聴覚室に入ってきたのだった。
「いつからそこにいた?」
まさか、今までの部長との会話が聞かれていたかもしれないと、悪寒が走る。
あの手紙の差出人が真理部長であることを!
「森村、お前は黙ってろ。私たちは部長に話があるんだ」
天雷を除け、千葉が先陣を切って視聴覚教室に入ってきた。
その千葉の抗戦的な目を見て、すべてを聞かれていたに違いないと、俺は確信した。
この教室の防音性は、扉を二つ閉めないと確保されないのだ。内側の第二の扉を開けっぱなしにしていた俺のミスだ。
「……部長、あの手紙、どういうことだ?」
真理部長と相対し、一息入れてできるだけ冷静になろうとしている千葉であったがその苛立ちと怒りは隠しきれておらず、言葉の端々に現れてしまう。仕方がないのかもしれない。自分たちのことを変態だと告げ口されたのだから。
「千葉、やめろ!」
俺は間に入り、迫る千葉を制止する。
ここで真理部長を責めても、何も建設的なことは生まれない。それは天雷も俺と同じことを考えていたようで、
「優雨ちゃん、真理部長の話を聞きましょう。ほら、冷静になって」
こういう場合、男の俺よりも女の天雷がなだめる方が鞘に収まるというか、すんなりと千葉も身を引いた。そこに月岡も教室に入ってきて、今度は二枚ある扉をきっちりと閉めた。
もう邪魔者は入ってこない。ここはネオ・ヴルストの四人と部長で、しっかり話をしようという空気が作られる。