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第32話 そして、変態しかいなくなった④

「どういうことよ、真理パイセン? 千葉が怒る理由も分からないわけじゃないっしょ?」


 今日もジャージ安定の月岡が三人の気持ちを代弁する。うむ、相変わらずのナイスおっぱいありがとうございます。


「あなたたちには謝らなくちゃいけないわね。私、ぜんぶ知ってたのよ。あなたたちが変態だってこと」


 あの手紙はブラフではなく、この変態三人娘を指して書かれていたことを改めて白状した。


 俺は絶句していたが、変態たちはむしろ冷静に、さもありなんという顔をしていた。


「ですよね。私たちが前のバンドを辞めた理由、部長の真理先輩だったら知っていてもおかしくないですものね」


 天雷が冷静に分析する。


 みんなバンドを組んでいるが、本来は全員軽音部に所属している。その軽音部の中でバンドが解散したりメンバーの脱退があった場合、部を統括している真理部長の耳に理由が届くことはいたって自然のことだ。現に俺だってヴルストを解散したとき、真っ先に真理部長に相談した。


 しかしまさか個人の変態キャラまで把握しているとは、その情報力はどこから来るのだろうか。


「問題はそこじゃねえよ! それをわざわざ理由にして、バンドを潰そうとしたことだよ!」


 千葉が机を叩き、憤る。


 変態であるということはプライベートなものである。人によっては誰にも触れられたくない性癖でもあるし、場合によっては瑕疵なのだ。それを赤の他人に告げられるのは、千葉であっても我慢ならないことだろう。


「バンドを潰そうとしたんじゃないの!」


 すでに真理部長の目からは涙が消えている。今は悲しみよりも、説明責任を果たそうと必死に見える。


 部長は決して俺たちのバンドを潰そうとしたのではない。何か理由があったに違いない。それは俺だけでなく、千葉、天雷、月岡、三人の変態たちも一番知りたいことなのだ。


「じゃあ、なぜ……?」


 俺がみんなの疑問を代弁し、しばし静寂に支配された。


 視聴覚教室は、今もずっと静まり返っている。おそらくグラウンドでは野球部が練習しているだろうし、合唱部も歌い始めているはずだ。


 でも、ここでは何も聞こえない。必要ないものは、一切遮断されている。


 今、俺たちが欲しいのは、待っているのは、部長の本当の声――。


「この世界は変態には寛容じゃないの。変態は虐げられ、隠れて生きていく定めにある。分かるわよね?」


 真理部長は変態たちをひとりずつ見ながら、意を決したように語り始めた。


 それは変態であるこの三人の心のどこかに存在するだろう定めである。強がっていても、隠し切れないコンプレックス。


 俺たちは部長の語る本心を、黙って聞き届ける。


「変態と認められ、変態として堂々と生きていく。そんな環境はこの世界にはほとんど存在しない。変態にとってこの世界はあまりに無常。だからといって変態同士が肩を寄せ合っていくのも難しい」


 そうだ。俺も一旦その結論にはたどり着いたのだ。


 変態は共存できない。


 だからこそ俺は――。


「だから、私は森村君を試したのよ。変態であるがゆえにバンドから追い出されたあなたたちが、再び傷を負わないように。森村君のバンドでやっていけるかどうか、あの手紙で試したの」


「試した……?」


「そう。バンドを組む以上、変態を隠し続けるのは難しいわ。いつか気づく。こいつ変態じゃないか? そう思ったとたん、偏見の目が生まれてしまう。今後リーダーである森村君がこの子たちが変態だと知ったら、バンドを追い出すかもしれない。解散するかもしれない。そうするとまたこの子たちは悲しい思いをしてしまう。部長として、同じ過ちは繰り返したくなかったの。だから早いうちに、森村君を試すためにあんな手紙を出したのよ」


「そんな……」


 バンドに変態がいることを俺に知らせ、俺の反応を見たというのか?


「でも森村君は、変態との共存を目指したわよね? 彼女たちが変態と知っても、追い出したり虐げたりせずに、秘密にしながら一緒にバンドをやっていこうとした。さっき言ってたわよね? 俺がロックと変態を背負っていくって?」


 確かに俺はそう考えていた。


 だからこそ千葉にはドS的に接してあげたり、天雷には裸でプレイできる環境を模索したり、月岡には俺の汗を供給しようとした。


 しかしこれは彼女たちがたまたま変態だっただけで、なによりも俺こそがバンドの解散を避けたかったからだ。


 バンドの解散とは、絆の崩壊だ。同じ目標に向けて歩んでいた仲間達との離反。これほど悲しいことはない。


 彼女たちが変態を理由に前バンドを離れた悲しみも、俺が音楽性の違いでヴルストが解散したのも、同じ悲しみだ。


「もし森村君が彼女たちを拒絶するなら、早い方がいい。まだ傷の浅いうちにしてほしかったの。ごめんなさい、あなたを試すようなことをして。それに、千葉さん、天雷さん、月岡さん。あなたたちにはお節介だったわね。ごめんなさい」


 そういうと真理部長はひとりひとりに頭を下げた。

 こうやって畏まられると、俺の方が恐縮してしまう。


「そうだったんですね。お節介だなんて思ってません。私たちのことを思ってやってくれたんですから」


 天雷が頭を振って、真理部長の両手を掴む。千葉も月岡も、黙ってその光景を見守る。


「森村君も許して。あなたを一番悩ませてしまったわね」


「俺のほうが偉そうなこと言っちゃって、すいません」


 俺はその真理部長の謝罪に、申し訳なく思い、頭を下げる。


 一方で、俺が変態の共存を選ばなかったときのことを考えると、恐ろしくなってしまった。俺がメンバーのことを信じ切れずに、変態だからといって拒絶していたとしたら。


 俺はそんなこと絶対しないとは、断言できない。俺は正常であり、自分と違う変態に拒絶反応を一度も示さなかったかと問われると嘘になる。


 もしかしたら、解散という結末を選んでいたかもしれない。泣いておっぱいを斬っていたかもしれない。


「お前ら、すまない。俺も正直迷っていたことは、本当だ。お前らが変態だと知って、どうすればいいか分からなかった。でも、バンドの絆だけは失いたくなかった。それだけは、信じてくれ」


 変態は共存できないと、俺も思っていた。どこか心の奥深くで変態を差別してしまいそうになった。


 でも、俺はロックを信じたんだ。バンドを信じたんだ。

 俺は贖罪の意を含め、メンバーにも頭を下げた。


「森村は私たち変態と共存しようとした」


 千葉が、小さな胸を張って言う。少し恥ずかしそうにするなんて、お前らしくないな。


「私たちが変態だと知っても、受け入れてくれたわね」


 天雷もくすっと控えめに微笑む。笑い方もおっぱいも上品なんだな。


「むしろ私たち変態のために動いてくれたし」


 月岡が動くたびにおっぱいも動く。ほんとわがままな胸だ。


「お前ら……」


 俺もそんなメンバーたちに確かな絆を見て、感極まり泣きそうになる。


 まったく、お前らって奴は、最高なおっぱいたちだぜ!


「真理部長、俺たちは心配いりませんよ。これからもロックの頂点を目指していくだけです。それ以外は、些細なことですよ!」


 俺は改めて決心した。こいつらと一緒にハイスクフェスを目指す。そして、ロックを驀進するのだ!


 まだ練習は一度もできていないけど、今日のこの一歩はバンドにとって必要な一歩だ。


 もう迷うことなんてないさ。心配ないさ!


「そうみたいね。……よかったわ」


 真理部長はそう小さく呟く。しかしその表情が冴えないことに俺は気付いた。


「部長、どうしたんですか?」


 今回の手紙の件に関しては部長を責める気にはなれない。むしろ部長が罪をかぶって必要悪となってくれたからだ。


 しかし真理部長は責任を感じているのならば、今度は俺たちが部長を助ける番である。


「いえ、何もないわ。でもやっぱり、羨ましいかな」


「羨ましい?」


 俺たちのバンドの結束を羨ましいと言ってもらえるのは嬉しい。


「変態の居場所が見つかって、羨ましい。私も……」


 そう言ったきり、部長は言葉を濁した。

 私も? どういう意味だ?


「何かあるなら言ってください! 俺たちのバンドはもう隠し事がないはずですから。もう解散の危機すらないですからね」


 俺は努めて明るく振る舞い、メンバーに視線を送ったが、彼女たちは真剣な顔で立っていた。あれ? なんだか俺だけ浮かれてる? 


「聞いて、森村君。実は私も……」


 嫌な予感がした。


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