「実は私も……!」
こういうときの悪い予感は大体当たってしまうのだ。この数日、こういうことが何度かあった。すべて変態との絡みの中で、その予感は往々にして的中してきた。
すると真理部長は大きく息を吸い込む。
やめてくれ。それ以上は……!
「私も、変態なのよ!」
防音設備が整った視聴覚室に、真理部長の声が響き渡った。
「はうあっ!」
この静謐な部屋がまるで真空になってしまったかのような真理部長の告白。俺の悪い予感が当たった。俺の変態に関する直感の精度よ!
「部長、何を言ってるんですか。冗談はやめてください!」
この変態三人娘に加えて、真理部長までも変態にするわけにはいかない。嘘であってくれと、そう願う。
「私、あなたたちが羨ましい。変態なのにバンドを組んで、目標に向かおうとしている。居場所を見つけた変態が羨ましいの!」
変態。それはドMの千葉であり、露出狂の天雷であり、汗フェチの月岡。三人そろって変態であり、ネオ・ヴルストのメンバーである。
俺は動揺を隠せず「あわわわ」と口に出しかけてなんとか我慢する。
当のメンバーたちは黙りこくって、数学の授業を受けているような真剣な顔をしていた。おいおい、驚かないのかよ。俺にもその変態の方程式の解き方教えてくれよ。
「おい、お前らも、なんとか言えよ!」
俺はメンバーたちにも真理部長の変態発言を否定してほしかった。しかし。
「やはりな……」
ドMの変態千葉が、納得したように頷いた。
「そう思いました」
露出狂の変態天雷が、口元を隠しながら得心している。
「やっぱりねー」
汗フェチの変態月岡が、腰に手をやり嘆息する。
「おいおい、お前ら、何を納得してるんだ? 部長が変態だなんて、そんなわけ……」
俺は両手を広げ、三人に抵抗する。何を言ってるんだ。バカなこと言うんじゃない。冷静になれ。変態が変態を認めるな。共存を目指すのは俺の役目だぜ?
「部長。冗談ですよね? 冗談……じゃないんですか?」
しかし、真理部長の目は、冗談を言っているようなそれではなかった。凛として、まっすぐ俺を見つめて、こくりとひとつ頷いた。
「森村君。私は、変態なの」
真面目な顔でそう宣言されて、俺はもう覚悟を決めた。
これ以上、真理部長が正常だなんて疑えるだろうか? いや、疑えない。彼女は変態なのだ!
「変態って、一体どのカテゴリの変態なんですか。そんな、部長が変態なんて信じられません」
俺は拳を固く握り、真理部長の言葉とそれえに納得する変態たちが信じられなかった。
それに真理部長が変態だとして、どんな変態属性が備わっているのか。知りたいというか知りたくないというか。
「おい森村。部長にそんなこと聞くなんて野暮だぜ。部長は変態である前に女子なんだ」
ドMのお前が言うか、千葉よ。
「いいの、千葉さん。みんなにも知っておいてほしい。私の性癖を」
真理部長は俺と千葉の言い合いを止め、覚悟を決めたように祈るように手を合わせた。まるでその姿はマリア様のようで、変態とは正反対にいる存在に見えた。この女性が変態であってはならない。俺はそう思い込もうとしたが、その願いはかき消されることになる。
「私、盗撮マニアなの」
盗撮マニア。
俺は絶句するというか、もう真理部長のそんな告白は聞きたくないというのが本音であった。やっぱり誰かの変態告白ほど慣れるものではない。
これまでこの三人の変態告白を受けてきて、変態に対する耐性はついてきたと思っていたが、真理部長の性癖を受け入れるには経験値がまだまだ足りていないことが分かってしまった。
そんな俺の気持ちは無視して、真理部長は己の変態を掘り下げてくる。ていうかあんまり聞きたくないんですけど、盗撮って何ですのん。
「誰にでも秘密はあると思う。誰にも知られたくない秘密。それをこっそりと盗撮するの」
真理部長は堂々と犯罪的な行為を暴露する。
それはドMであったり露出狂であったり汗フェチなんかを軽く超えてくるイリーガルな性癖であり、もはや俺には止めようがない。変態という域にくくっていいのかすら、俺は判断しかねる。何も言えねえ。
「あらゆるところにカメラを設置し、いろんな人の秘密を私は握った。そしてその秘密をオカズにして夜な夜な愉しむの。人の秘密を握ったという支配欲が興奮に変わり、もうたまらないのよ!」
ぷるぷると震えながら、まるで興奮しているような真理部長。
俺はもう確信していた。この人は立派な変態であると。極上の盗撮マニアだと!
「私たちの性癖を知っていたのも、それが原因なんですね?」
納得したというように天雷が尋ねると、部長はこくりと頷く。
あの手紙に書かれたことも、メンバーが変態だという確信をもって書かれていた。部長がこいつらの変態性を知っていたのは盗撮が理由だったのだ。
「もちろんこの視聴覚教室にも、地学教室にも隠しカメラを設置してあるわ。先週の昼休みに天雷さんが真っ裸でベースを弾いていたことも、その夜の立派なオカズにさせてもらったわ。この場を借りてお礼を言わせて。ごちそうさま」
ぺこりと頭を下げる部長に、「どういたしまして」と満足そうな天雷。
いやいや、ちょっとくらい怒ってもいいんだぜ? 盗撮されてるんだぜ?
「もちろん千葉さんが森村君にお仕置きをおねだりしているところも、月岡さんが森村君の汗を吸引しているのも、美味しく頂いているわ。変態が生き生きとしていることが、私の最高のオカズなの」
なんということだろう。部長のオカズの一品に間接的に俺も加わってしまっている。光栄というか、同類と見られたくないというか。俺もやべー域に足を踏み入れてないかい?
「すべてお見通しってわけか。まったく、見られてる快感がたまんねえぜ」
千葉が斜め上からM心を満足させてきた。ポジティブっすね。
「変態が変態を喜ばせるって、マジ有能。変態スパイラルていうか、変態の永久機関?」
月岡も解析不明なことを言い出している。やっぱこいつら、自分の変態性がバレて恥ずかしいとかそういう感情ないんですね。
「じゃあ今も、この教室のどこかにカメラがあるんですか?」
俺は恐る恐る尋ねてみる。
確かに真理部長が軽音部の部員について詳しい理由が分かった。だって盗撮してるんだもん、あんなことやこんなことお見通しですよね。ぜんぶ筒抜けじゃん。
「ええ。二十四時間三六五日、どんな瞬間も私は逃していないわ。一瞬のパンチラ、胸チラ、乳首の露出なんかもすべて4Kで記録してる! AVメーカーの盗撮モノにも負けない自信があるわ!」
そんな自信持たないでください。ていうか、ノーカットでその映像見せてくれませんかね? 「おっぱい警察24時」というタイトルで編集したさある。
「それに過去のアーカイブスには千葉さんがステージで絶頂を迎えて血を吐いたライブや、天雷さんが真っ裸で出禁食らったライブの映像も残っているわ」
まさかの映像班がいた! お宝映像は真理部長が残していてくれた! 今度貸してください! ていうかダビング希望!
「まったく、とんだ変態だぜ、部長も。ま、私らもそうなんだけどな」
「そうね。変態は魅かれ合い、こうして集結するのね」
「変態マジウケル。変態だから、変態の気持ちが分かるみたいな」
そう言いながらメンバーの変態たちは、部長の性癖を聞いたにも関わらず、それを否定することなく受け入れていた。
「お、お前ら……」
俺は変態を見くびっていたのかもしれない。
変態は共存できないのではとずっと危惧していた。そんな不自由な世界にしたくないと、せめてネオ・ヴリストというバンド内では変態を協調し、変態が住みやすい環境を整えなくてはならないと考えていた。それがリーダーであり唯一正常な俺の使命だと。
変態の共存。
俺の目指した世界が、今ここに実現したのではないだろうか。変態が変態を敬い、変態を認めている。
新たに現れた第四の変態、盗撮マニアの満村真理。
こんな美人で思いやりがあって、みんなから慕われていて、美乳の部長も変態なのだ。事実は小説より奇なりとはよく言ったものである。
俺は不死鳥とか麒麟を見るような目で、この変態四人を見渡した。なんか、一周回ってすげー神々しいぜ。
「もう部長もうちのバンドに入ればいいじゃないか」
「え?」
俺が変態の未来と可能性について感心していたところで千葉が部長をバンドに勧誘し始めた。
「それいいわね。部長ってピアノ弾けますよね? 私、曲を作ってきたんですけど、キーボードが欲しいなって思ってたんです!」
天雷まで乗り気になっている。
「それはマジであり! 変態が集まればこれまでにないケミストリーが生まれそうじゃん」
月岡まで面白がってメンバーを増やそうとしている。
変態×変態は無限大ですか? それなんて方程式? フェルマーの最終定理より難解じゃね?
「でも、私は三年だから来年のハイスクフェスには出られないし」
部長も満更ではないようだが、そういう事情は確かにある。
「いや、レコーディングまでは参加してくださいよ。な、いいだろ、リーダー?」
千葉が俺をリーダーと呼ぶ。まったく、都合のいいときだけ。
「ね、リーダー。部長ならライブを映像に残してくれるし、完璧よ!」
「リーダー、ロックと変態を背負ってくれるんでしょ? 三人も四人も同じっしょ」
天雷と月岡もニヤニヤしながら、俺を持ち上げる。
ちらっと部長を見ると、恥ずかしそうに上目遣いで俺を見ている。
「森村君、私もバンドに参加していいかしら?」
まったく、とんだ変態たちだぜ。俺じゃなけりゃ、とっくにゲームオーバーだぞ?
俺はメンバーを見渡した。
俺をご主人様と呼ぶ感度良好貧乳ドMの千葉優雨。
きっと今も制服の下はノーパンノーブラの露出狂の天雷猫子。
爆乳ジャージ娘で俺の汗が好物の月岡希依。
そして、盗撮マニアで他人の秘密がオカズの新手の変態、満村真理。
「ふう。まともなのは俺だけか。仕方がない。お前らも、部長も、変態はみんなまとめて俺が背負ってやるよ!」
ネオ・ヴルストはたった今から五人体制になった。
メンバーの八割が変態のバンドなんて、前代未聞だろう。ロックの頂点を目指すには頼もしい奴らだぜ。
俺はすっと拳をつき出す。するとメンバーたちもその拳に拳を突き合わせた。
この瞬間、すべてが始まる。ロックはもう俺たちのものだ。
「ネオ・ヴルストのロックが始まるぜ!」
俺の叫びは視聴覚室に響き渡り、このまま世界へと飛び出していく予感がした。