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第14話 狂気

 翌日から、俺は学校にいる間、いつも以上にこの教室でまわりを観察していた。


 普段からぼっちな高校生活を送っている俺は、休憩時間は文庫本を読むか、机に顔を伏せて眠ったふりをしていた。しかし今日は窓の外を眺めるふりをして、クラスメイト達の行動、言動、癖、容姿、すべてに注意を向けていた。


 こいつらをモデルにして、ストーリーを組み立てるのだ。


 こいつらが見たくなるような話を書く。バカなこいつらはきっと思うだろう。「これって俺がモデルじゃね?」「なんでこんなこと知ってんの?」「続きが気になる」と。


 内輪ウケ、という言葉があるように、ある特定のコミュニティの中でしかウケないというノリが存在する。


 たとえば教師の物真似だったり、共通の友人の仕草だったり、関係のない人が見ると苦笑もできないようなものである。


 そういったものを俺の小説の中に組み込むことで、確実な興味を獲得しようとしているのだ。


 これを安易だと言う人がいるかもしれない。クローズドな小説になってしまうと危惧する人もいるかもしれない。しかし、確実に数字を稼げることは事実である。


 現にあの吉岡は、小説のミナが自分をモデルにされていると勘違いして、実際に俺の小説を読んだらしい。


 人はテレビのニュースでやっている自分と関係のない国同士の戦争よりも、お隣さんの親子喧嘩のほうが興味を惹かれるのだ。より身近な話題に、心惹かれるのだ。


 これは同時に吉岡への復讐でもあった。


 俺の小説の中でミナを登場させればさせるほど、吉岡は気になるはずだ。放っておけないはずだ。


 これと同じことをクラスメイトたちにしてやれば、みんが俺の小説に目を向けてくれる。


 どうせ卒業まで俺はぼっちなのである。失うものはない。ただ、このまま何もないよりかは、嫌われてでも気持ち悪がられても、最終的に自分の利益として昇華させなくてはいけない。


 俺はこの高校生活だけに人生を賭けているわけではなかった。卒業して、俺は胸を張れる書籍化作家にならねばならない。たった三年間の高校生活なんか犠牲にしてしまっても、なんら問題のない些細なことだ。



 まず、吉岡を観察した。


 短いスカートから太ももが半分くらいはみ出している。そんな卑猥な格好をしていながら、机の上に腰を下ろしたりするものだから、中身が見えそうになって俺の方がハラハラする。


 ショートカットで、ヘアピンは毎日色が違う。大きな目はきっとつけまつげとアイプチの恩恵を受けているのだろう。唇のキラキラも、リップを付けているに違いない。すれ違うといい匂いがする。シャンプーだろうか、香水だろうか。


 声が大きく、クラスでは誰とでも仲良くしているようで、男子からも人気がある。特に文芸部の佐々木とは仲がいいらしく、いつも昼食も一緒にとっている。


 こうして見れば見るほど、俺のミナと吉岡の共通点はほとんどない。


 吉岡はただ名前が一致するというだけで、自分が書かれていると勘違いするとは、なんという自意識の高い女だろうか。俺の小説にお前みたいなクソビッチをモデルにするキャラを出すわけがないだろうが。


 俺のミナはもっと優しい。俺の頬に触れたあの手の温かさ、お前には分からないだろうな。


 そう思いつつ、俺はミナを吉岡に近づけなくてはいけないのだ。すまんミナ。すべてはPVとブクマのため。俺の未来のため。


 小説の中で、主人公のカズマとミナは、つかず離れずの関係であり、一夜の過ちでキスをしてしまうのだった。


 カズマとミナの関係をもっと濃密にすれば、きっと吉岡はもっと俺の小説が気になるに違いない。


 そこで俺はストーリーを再考。予定では敵の城に攻め込む戦闘シーンを始めることになっていたが、主人公カズマとヒロインのミナのラブストーリーに変えてやろうと考えた。


 クラスではカズマは俺、ミナは吉岡美奈をモデルにしていると勘違いしている奴らばかりだ。


 どうせ浅はかなスケベ心で俺の小説を読むような奴らには、これくらい分かりやすいネタの方が喜ぶだろう。


 カズマとミナのめくるめくラブストーリーにクラスメイトはメロメロになるはずだ。クラス全員がブックマークをつけたら、それだけで四十ポイントは稼げることになる。小さなことからコツコツと。利用できるものはすべて利用すべきだ。


 吉岡は血管を浮かせて罵倒・批判してくるだろうが、知ったこっちゃない。これはあくまでフィクションであり、作家である俺が王なのだ。小説の中で、俺は自由なのだ。誰にも文句は言わせない。


 新しい構想を練る上で、まず俺がターゲットにしたのは吉岡美奈、お前だ。


 ふと吉岡と目が合った。


 すぐに眉間に皺を寄せて視線を逸らされる。


 目が合うのは、俺がお前を見ているから。ずっと、お前を見ているからだ。



 あれから一週間。俺はクラスメイトの観察に学校生活の大半を注ぎ込んだ。


 俺は学校にいる時間のほとんどを観察につぎ込んだ。おかげでテスト勉強はほとんどできていなかったが、特に悲観することではない。


 俺の高校生活などただの通過点に過ぎない。ここでどんな成果を出したって、俺の作家としての未来にはそう関わらない。


 そんなことを考えながらも、実は俺は学校に行くのが少し楽しくはなっていたのだ。


 あいつらは今日はどんなものを見せてくれるのか、どんなバカな行動をとってくれるのか、どんな冷たい眼で俺を睨んでくれるのか。俺はクラスメイト、いや特に吉岡美奈の行動を観察することに快感を覚えていたのだ。


 俺のこの吉岡への観察は、そのまま俺の小説のネタとして反映される。カズマとのラブストーリーのネタになるのだ。いわば研究だ。取材だ。


 最初、吉岡を観察し続ける辛さにくじけそうになったときもある。誰が好き好んでクソビッチを観察し続けなければいけないのだ。何が悲しくあの大声を聞き続けなくてはいけないのだ。あいつの短いスカートから一日平均三回見えるパンツを、何が嬉しくて目撃せねばならぬのだ。


 研究とはかくもつらいものかと考えていたが、吉岡の生態が徐々に見えるようになってきて、不思議なものでだんだんと快感に変わってきたのだった。


 この吉岡のあり余る特徴は、そのまま俺の小説の中のミナへと受け継がれていく。不本意なことではあったが、吉岡を知ることでミナが成長していくのだ。


 一週間も目的をもって特定の人物を観察し続けていると、その癖も顕著に見えるようになってくる。


 この間、執筆は休止中だったが、その代償を払っても価値はあったといえる。この研究の結果を作品につぎ込むことで、すぐにPVは挽回できることだろう。


 吉岡はとにかくよく笑う。誰に対しても屈託のない笑顔を見せ、男女問わずに気軽なボディタッチを繰り返し、相手もそれを嫌がることなく笑顔で返している。どうやら吉岡はこのクラスのムードメーカー的存在であり、教室の中心にはいつも彼女がいた。


 そして佐々木とは友人以上の関係であることが明らかになった。

 それはクラス内では公然となっており、どうやら知らなかったのは俺だけだったらしい。この事実が判明したとき、俺は吉岡をミナとだぶらせることを諦めようとした。


 だってそうだろう。俺の愛する俺だけのミナが、あんなクソビッチの性格を取り入れなくてはならないなんて、あまりにもひどすぎる。俺だけのミナが汚される。


 しかし、俺はやらねばならぬ。プロとはそういうものなのだろう。

 吉岡の研究はさらに続いていた。


 授業中でも俺の席からは吉岡の背中がずっと観察できる位置だったのは、僥倖であった。テスト中も、俺は吉岡が悩む姿を後ろからずっと眺めていた。


 彼女が左利きなこと、足を組んでスリッパをつま先でプラプラさせること、八分に一回の頻度で前髪を整えること、ブラジャーの肩ひもの位置を左側だけ頻繁に調整すること。


 まだあるぞ。トイレは一人ではいかず必ず誰かと一緒に行くこと、その際ピンクの小さなポーチを持っていくこと、先週の体育の授業を休んでいたこと。


 俺は吉岡のことをなんでも知っている。これがリアリティなのだ。

 どうだ、山本。お前にこれほど自分の小説のためにリアリティを追及することができるか? 自分のキャラの造形のために、ここまでできるか? 俺はできるんだ。やっている。


 小説を書く人ならば理解してもらえることだろう。自分が書くキャラクターが成長していくことの嬉しさ。キャラが勝手に動き出すのだ。


 俺が書く前に、俺の中でミナがストーリーを作り出す。ミナが、俺にストーリーを紡がせる。


 やはり俺の考えた通り、実際の人物をモデルにすることによって小説にリアリティを注入することができそうだ。


 吉岡の観察という辛い経験も無駄にはならなかった。ああ見えて胸が大きいのだ。俺だけのヒロインとしての資格がある。


 すべてはリアリティのため、そう思うと俺は使命感で満たされていた。


 俺はミナを愛していたのだ。


 異世界で初めて出会ったミナは、俺に優しくしてくれた。戸惑う俺の頬に手を当てて、俺が生きていることを実感させてくれた。


 ミナは俺の理想である。俺の書く「異世界ハーレム戦記」の中のミナは、俺の理想のすべて。俺が作り出すミナは、俺の未来。


 ミナ、ミナ、ミナ、ミナ、、ミナ、ミナ…………。


 小説の中だけに、俺の自由がある。どんなキャラを作って、どんなストーリーを作るか、すべて俺の自由。俺が王だ。



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