翌日、俺はその150万円を持ってストライクブックスの靭崎と再び会った。
「これでKAZMA先生の未来は確約されたようなものです」
紙袋に入った150万円を受け取った靭崎はそう言って、この前と同じように俺の作品を何度も褒めてくれた。
ラノベの概念が変わる、俺たちでラノベの歴史を動かしてやろう、先生は百年に一度の逸材だ、と。俺は満足いく表情を浮かべていたかもしれない。褒められるのは何度あっても嬉しいものだ。選ばれし者の恍惚とはこういうことだろう。
その後、靭崎と打ち合わせをし、「異世界ハーレム戦記」は一年後の発売を目指し、俺はとりあえず原稿を改稿、その間に靭崎は絵師を探すとのことだった。
「もしよければ次回は編集部に来て、編集長にも会ってください。先生に会いたがっていましたんで」と言われ、靭崎と別れた。
それから一か月間、俺は迫る期末テストのことなど気にもせず、必死で原稿を加筆修正し、なんとか締め切りまでに一巻分の原稿を仕上げたのだった。
期末テストは中間に引き続き、散々たる結果だった。それでもよかった。俺は高校生活よりも大切な「仕事」をしていたのだから。プロとしての、最初の仕事を。
担任の篠田に呼び出されても、母を交えた三者面談で苦言を呈されても、こんなの通過点。俺を躓かせることなどできない。俺には羽根が生えている。書籍化作家として、プロ作家として、ベストセラー作家として、遥か上空へ羽ばたいていくだけ。
一学期の終業式。クラスではもれなくみんなが浮足立って、何して遊ぶ、どこへ行く、と自分の予定を誰かに話したくてしようがない者たちであふれていた。
そんなクラスメイトの中で、俺はいつも通り、ひとり。だがそこに悲壮感はなくなっていた。
きっとこれから始まる高二の夏休みは、決して忘れることができない夏休みになるだろう。俺がプロ作家として羽ばたく、最初の夏休みなのだから。
終業式が終わり、高二の夏休みが始まった。
俺は原稿が完成したことを靭崎に報告しようした。もしかしたら、絵師さんもすでに決まっているかもしれない。編集長に会ってくれと言われていたし、編集部に招かれるかもしれない。それにまた靭崎に褒めてもらえるかもしれないという期待もある。
夏休みが始まって、もしかしたらクラスメイトの浮つきが俺にも伝染していたのかもしれない。俺は柄にもなく、胸の鼓動を抑えきれずに靭崎に電話をかけた。
『お客様のおかけになった電話番号は、現在使われておりません……』
俺はもう一度、靭崎からもらった名刺を確認し、携帯の番号と、さらにはストライクブックスライトノベル編集部に直接電話をかけた。
『お客様のおかけになった電話番号は……』
俺は何を緊張しているんだ。電話のダイヤルもまともにできないのか。ワンプッシュずつ、間違えないように、ゆっくり慎重に押していく。
『お客様のおかけに……』
俺のスマホが悪いのか? 料金延滞してたっけ?
『お客さま……』
『おきゃ……』
『お……』
夏休みに入り、毎日、何回も電話をかけた。
だが二度と、ストライクブックスの靭崎に連絡をとることはできなくなっていた。
俺が騙されたのだと気付いたときには、もう夏休みが半分終わっていた。