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第26話 世界は祝福であふれている

山本雄太@XXXXXXX

【定期宣伝】「異世界で始めるエリート生活」の発売日が10/18に決定! イラストは鯨山プン太様(@XXXX)です! みなさん、よろしくです!


 夏休みというのに部屋にこもりっきりの生活が続いていた。


 意味もなくパソコンを開け、『小説家になろうぜ』のサイトでランキングを確認。相変わらず異世界ジャンルはランキングが固定されていて、よく見るタイトルが並んでいる。山本の作品も書籍化が決まったからか、6位に入っている。


 どうやらここ数週間1位を続けていた作品の書籍化が決まったようだ。「おめでとうございます」「書籍化すると思ってました」「絶対買います」など美辞麗句のコメントが並んでいる。


 今もこうしているうちに書籍化の打診が誰かのもとに届き、歓喜の声を上げているに違いない。またどこかで、幸せが生まれた。ほら、あそこにも。


――世界は祝福であふれている。


 俺はマイページを開く気分にはなれず、日課であったアクセス解析も夏休みになってからほとんど見ていなかった。更新もしていないし、Twitterで宣伝もしていない。どうせ誰も読んでない。俺の作品なんて、誰も。


 誰かの幸福の裏には、また違う誰かの不幸が存在している。


 自分が不幸になったからと言って、次に幸福が巡ってくるとは限らない。地球の裏側のまったく知りもしない誰かが、他人の犠牲のもとに幸福になっているのだ。


 ――世界は祝福であふれている。


 俺は自暴自棄なのかもしれない。いや、自分では自暴自棄という状態が分からなかった。


 たとえば嫌なことがあって、自分の力ではどうにもならなくて、このテーブルの上にあるコップを壁に投げて叩き割ったとしたら、それは自暴自棄なのか。


 たとえば心が誰かに汚されて、一生消えない傷を負わされたとして、このカッターナイフで手首を切れば、それは自暴自棄なのか。


 俺はそんな破壊行為や自傷行為は一切していない。

ただ、この部屋で、死んだように生きているだけだった。死ぬ気もなく、生きる気もない。


 これが、自暴自棄ですか?


 あなたには俺が不幸に見えますか? 


 いや、どっちだっていい。あなたは俺が幸福でも不幸でも、興味がないはずだ。あなたは、結局は自分の幸福にしか興味がないのだから。赤の他人がどうなろうと、関係がない。


 スマホの向こう側に映る人々の人生、車窓から見える数々の家に住む人々の生活、テレビのワイドショーで騒がれている有名人の不貞、地球の裏側で飢餓で苦しむ子ども、過労を苦に命を絶った若者の命。


 ――それでも、世界は祝福であふれている。


 俺はストライクブックスの靭崎という男に騙された。

俺の「異世界ハーレム戦記」を出版するために150万円要求され、まんまと騙し取られたのだ。


 あれから俺は何度も連絡を取ろうとした。


 靭崎の名刺に書かれた電話番号は、もう空で暗唱できるほど覚えてしまった。ストライクブックス編集部にも電話をかけた。だが、まったく繋がらない。まんまと騙されたのだ。


 俺はネットでストライクブックスのことを調べた。だが、一年後に新しく創刊するレーベルのため、その情報は一切なかった。


 書籍化の打診があった時点で俺は何度もネットでググっていたが、まだ発足前のレーベルなのでHPがないのも当たり前だと考えていた。まんまと騙されたのだ。


 さらに靭崎の名刺に書かれていたストライクブックスの住所にも足を運んでみた。


 靭崎と打ち合わせをした池袋の喫茶店から歩くこと15分。


 ラブホテル街のど真ん中、風俗店が軒並み入っている雑居ビルの3階がその場所だったが、テナント募集中の看板が掲げられていて、ただの空き店舗だった。郵便受けからはみ出しているダイレクトメールやチラシの量を見ると、この場所に出版社の編集部があったとは思えなかった。まんまと騙されたのだ。


 ここまで約二週間。俺は自分が騙されたと自覚するまで、実に二週間かかった。


 すべて嘘だったのだ。俺の「異世界ハーレム戦記」が書籍化することも、靭崎が俺のことを先生と言って作品を褒めてくれたことも、印税のことも、初版冊数のことも、150万円のことも。


 俺はまんまと騙されて、150万円をだまし取られたのだ。


 俺はあの靭崎という男に騙され、母が貯めてくれていた大学進学貯金から150万円を奪われてしまったのだ。


 もちろんお金は返ってこない。


 そして、俺の「異世界ハーレム戦記」も書籍化されない。俺の夢が、叶うことはない。


 生きていても仕方がないのでは、と何度も考えた。


 学校でもすでに俺が書籍化するという話は知れ渡ってしまっている。バカにされ、侮辱され、それでも俺が生きてきたのはひとえに書籍化することになったという現実があったからだ。あいつらを見返すために、俺は夢を叶えた。自分のため、あいつらへの反骨心、すべてが原動力となり、俺は耐えていた。しかし、その支えが一気に崩壊したのだ。


 それだけじゃない。俺は150万円も失った。母には内緒で、一年後には必ず戻ってくるからと自分の行動を正当化し、無断で引き出した150万円。取り返しのつかないことをしてしまった。


 警察に行こうと、何度も考えた。しかし、行けなかった。


 警察に行くとなると、すべてを晒さなければいけない。俺が小説を書いていたこと、そして母の通帳から勝手に金を出したこと、そしてまんまと騙されたこと。


 詐欺なんかは老人やバカがひっかかるものだとずっと考えていた。テレビで詐欺のニュースをやっていても、騙される方がバカなんだといつも思っていた。


 自分は大丈夫。どんなにうまいこと言いくるめられても、詐欺を見極めることができる。そう思ってた。


 とてつもないバカは俺だった。


 俺の中で、一年という長くて短いリミットが、無意識のうちに設定されていた。


 もし、この一年のうちに自分で150万円を用意出来れば、すべては闇に葬れる。そんなことを考えていた。


 あの通帳は俺の大学進学のために貯められているものだ。いざ入学金を払う段にならないと、残高の確認すら行われない。母が気づくまであと一年以上ある。それまでに、なんとか150万円を取り戻せないか? 警察にも言わず、俺の力で。


 無理だ。


 どうやって靭崎を探し出す? 俺はただの高校生で、おそらくあいつはプロの詐欺師だ。俺に見つかるような真似をするはずがない。


 靭崎に騙されたことはなかったことにして、バイトで150万円稼ぐか? 母や学校に内緒でできる? 高校に通いながら、150万円も貯められる?


 無理だ。


 未成年の俺にそんなに稼げる仕事があると思えない。


 詰んだ。


 俺は作家としての夢だけじゃなく、人として詰んだのだ。


 俺は作家としての成功を高望みし、まんまと靭崎の罠に嵌ってしまったのだ。書籍化の夢は金じゃないと一旦決意したにもかかわらず、結局俺は揺れ動いた。弱い、弱い、とても弱くて惨めな人間だ。


 早く母に見つかってほしい。むしろそう願った。


 俺は弱い人間だから、自分から告白することはできないだろう。なにかの拍子に、母が通帳の残高を確認し、150万円減っていることを知ったとする。犯人は俺しかいない。


 そして、俺を追及してくれ。厳しく叱ってくれ。そして幻滅し、突き放してくれ。


 そのときが来るまで、俺はただ、待っている。


 明日? 一年半後?


 俺は弱い人間だから、最低のバッドエンドを待つことしかできない。


 逃げたい。どうすれば、逃げられる? 時間を巻き戻すことができないのなら、今ここで俺の時間が進むのを止めればいいのか?


 俺は最悪の結末を思い描いては、無常に進む時計の針を気にしていた。


山本雄太@XXXXXXX

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 夏休みに入ってからずっと、自業自得と自暴自棄が混ざり合い、外にも出ず、話をするのは母だけという生活を繰り返していた。その母と話すときも、まともに視線を合わせられないでいる。


 母は「具合が悪いの?」と心配してくるので、心配させないように「ちょっと夏風邪かも」と適当な仮病をでっちあげたりした。


 相変わらず、山本のTwitterは景気のいい報告が連ねられていた。どうやら十月にデビューらしい。絶対に買ってやるもんか。俺は心の中でそう誓っていた。


 羨ましい。


 実は、俺は山本がずっと羨ましかったんだ。


 あいつが書籍化するという噂を聞いて、俺は嫉妬したんだ。それであいつの「異世界で始めるエリート生活」を読んで、本能では気づいてたんだ。あいつが、俺よりも優っているって。俺の作品よりも、面白いって。


 でも蓋をした。認めたくなかった。世間が、クラスメイトが山本を認めれば認めるほど、俺は反比例して現実を見ないようにした。


 あいつにだけは負けたくないので俺も頑張るというプラスの感情を持つのではなく、あいつに俺が負けているはずがないと思い込み、俺は頑張るよりもマイナスの感情をもつことで、必死で憎んだ。己の成長よりも、他人を見下ろすことで自分は優れていると勘違いしようとした。その結果が、これ。


 俺は焦ったんだ。


 山本だけが夢を叶え、俺だけが置いてけぼりを食らった気になった。あいつは何も悪くないのに、俺の嫉妬の対象になっただけ。


 本当ならば、俺は祝福してやらなくてはいけなかったんだ。同じ夢を持つ同士、俺こそが山本を認めてあげなくてはいけなかったのだ。


 人の幸福は、他人の不幸の裏側にある。そう考えていた。


 山本が幸福になったおかげで、俺が不幸になっている。だから、あいつを不幸にしなければいけない。そう思った。


 だが、違う。違ったんだ。


 俺は山本と切磋琢磨して、一緒に幸福になる道を歩むべきだった。それなのに、それなのに。


 謝りたい。


 謝って、書籍化を祝福してやりたい。山本は俺にできないことを成し得た。認めよう、あいつを。


 今の俺にできることは、何もない。もう一度執筆を続けて、ちゃんとした出版社から書籍化の打診を受ける気力は、まるで残っていなかった。


 今なら分かる。俺の「異世界ハーレム戦記」が駄作であることを。今ならちゃんと見つめることができる。PV数やブクマが増えない理由が。


 このままバッドエンドを迎える前に、俺ができること。


『相談したいことがあるんだけど。よかったら、飯でもどうですか』


 俺が山本にDMを送ると、返事はすぐに返ってきた


『校了前で忙しいんだけどな。お前がそう言うんなら付き合ってやってもいいぞ。明日は昼から編集と打ち合わせがあるから、それが終わってからなら』


 相変わらずの減らず口だ。バカ野郎。


『了解です。じゃあ、17時、池袋駅の○○という喫茶店で待ってます』


 翌日。俺はあの靭崎と会った喫茶店で、山本と待ち合わせをした。


 すべてを話して、謝ろう。


 そして、俺は……。


 エンドロールは、自分で決めるつもりだ。



山本雄太@XXXXXXX

今日はブルードラゴンブックス編集部にて打ち合わせ。書籍化するんだなぁっていよいよ実感が湧いてきました。俺は幸せです。これも読者の皆様のおかげです。読んでくれたすべての方々に、感謝! 夢は絶対叶う! 今は声を大にしてそう言える気がします。

「異世界で始めるエリート生活」は10/18発売!



――世界は祝福であふれている!!


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