荒れた廃墟の中、硝煙と灰の匂いが重く漂う。
その中には大きな熱気の奔流が立ち昇っていた。
中心の場所──いまは、ただ、焼けただれた金属と瓦礫とそういったのが風のように舞う、空はいつまでも鈍い灰色で、すべての音がこびり付くように耳に張り付く。
唯一いつもと違った存在がそこにいた。
そこにいたのは、二つの影。
片方は下へと押さえつけられていて。足元には黒く焼け焦げた瓦礫が粉々になる。
もう片方は人間に見えない様子をしていた
肋骨が皮膚を引き裂、右肋の第八節。それは直線に伸びいて、剣のような鋭利さをしていた。
次に見た左肋の第七節は反り返り、湾曲した鎌のような形をしていた。その間にあったはずの胃袋などの内臓は一切なくその変わりに筋肉が張り詰められている。
そうやって張り巡らされた筋肉が、まるで“鞘”のように肋骨の内側を包み、固定させては圧力による変形、脱落を防いでいた。
その体制は前のめりであった。
ベックオが解体人を教え潰そうとしている。
両者の鍔迫り合いで足元は凹み、砕く。
その衝撃で焦げた周辺の無機物からツーンと鼻を刺す臭いが出ている。
なぜかその臭いのもとは徐々に場所が変える、
ベックオが解体人に向いては、距離を詰めているからだ。
やがて解体人とベックオの距離は、すでに三歩ほど。解体人の体を纏う火も薄くなっている。力を使いすぎたと言うことも理由だが、
これまで解体人は火で体温を上げ、身体能力を高めて抵抗していた、しかしここまで接近されては空気に余裕がない。これ以上火力を上げれば呼吸できない。
すでにベックオの大気操作の射程に入ってしまったせいだ。
ー無駄な呼吸はもう許されない。
解体人はそう気づいて、何度も深く息を吸い、火力を緻密に調整する。
制御範囲内の最大限の炎を放つための、そんな時を見定めていた。
その時間、八秒。
もはや、神術の間合いでもなければ、格闘の間合いでもない。
これはただの「根比べ」。
火と大気の、血と骨の、思想と本能の激突だった。
⸻
解体人の体を迸る“火”。
これに対して、彼は言い放つ。
「この距離でなければ、火は“直接”では当たらないからな──お前のおかげだ」
一瞬にして火はベックオに向かって飛び散る。
その瞬間の解体人の体も大きく変貌していた。
その血流はまるで生きてようで、血管にも動きがつき、虫のように蠢いている。
ベックオは火、そして解体人の息を止めようとして周囲の大気を操作しては圧縮する。
圧縮された火は断続的に弾けるような音を伴って放たれる。
ドゴォーン!
至近距離からの最大火力が直撃!
だがベックオは崩れない。
彼の身体構造は、尋常の人間とは程遠い。
そして言い放つ。「今の俺には、内臓もなければ弱点もない。あるのは強い骨と、空を引き裂く腕のみ!」
その言葉に、嘘はなかった。
ベックオの肉体は、焼結骨と言う特異体質であった
解体人も過去に何度かそれに近い異常な骨の構造を見てきた。
彼はその骨の様子を見てそう名付けられた理由がなんとなく理解した
それは何層にも重なり、血液も中に流れているその骨の様子が、まるで内側から燃え盛る木のように見えていた。
この体質によりベックオの骨格はまるで焼き固められた鋼鉄のようであり弱点はもはや内臓のみだった。
今現在。体内の“弱点”──内臓──を廃棄している、そこを自身で防御位置や強度を操作できる大気を充填した。それが意味することはまさにベックオが話した通りであった
「俺に弱点はもうない!いくら火で焼こうが無駄だ!耐久ならばが優位!殺す。」
気流に対する弱点も環境利用できないように、肋骨で位置を固定させたことで防いた。
また彼の肋骨は刃のように外部へ突き出し、導線として大気を取り込む速さを高めていた。
それと同時に、胸骨も拡張され体内の容量が増加している。
つまり、これによりベックオの体内には常人の何十倍、いや何百倍もの大気圧が蓄えられており、触れるだけで相手の肉体は潰れる。
しかもそれは防御面に限った話ではない。
突き出した骨はそのまま大気操作や骨による突き刺しなど攻撃にも転じられ、射程すらも凌駕するのだ。
──防御の象徴だった肋骨。臓器を守るための鎧。
ベックオ・メロストと言う男はその鎧を攻守一体へと進化させた。
「ヒュッ……バシュウウッ!」
火は確かに近づく。だが、ベックオの骨が動いた瞬間、風が反転する。
「──また空気を引いたか」
「もうきかん!貴が利用できる環境はもうない!」
火は燃えるために空気を食う。
だが、ベックオは解体人から放たれた火を空気で逆流させ、火炎の根元の解体人に大量の空気を注入させて破裂させるつもりだ。
「貴が利用した大気圧の差を俺も利用する。貴はもう俺の肋骨を防げない。呼吸を気にした、貴の負けだ」
解体人は呼吸のために通気口だけを残してそこだけは燃やしていない。だが彼の目的はそれだけだろうか。
「いいや」
次の瞬間、ベックオの体内に、灼熱が走った。
火が、大気や筋肉で守られる骨の隙間を焼き尽くした。
「……ッ!? ……!?」
思考よりも先に肉が焼け、皮膚は破けるほどに膨張する。
原因は、周りの空気にあった。
「負けるのはお前だ。ベックオ!」
「貴。き、貴、何をした。」
「換気だよ。お前の体内、大気を取り込んだなら吐き出す仕組みも必要だったろ?俺の通気口は燃えないようにしてるが、周りは最大火力。 」
「ま、まさか」
解体人が言う。
それは、神術の差によるものではない。
「俺はお前ほど大容量じゃないから大量の空気は一気に吸い込めない。
それが周りに拡散したのだ」
ベックオは理解した。
周りの火力上昇により、自分が安定だと思っていた気圧が変化していた。
解体人はただ無意味に火を燃やしていたわけではないい。分析をしていた
ベックオが大気操作で攻撃を遮っている。ならばそれを使うには“内部”から風圧を作る必要があるはず。
つまり、空気の循環を一時的にでも断てば、内部は飽和状態になる。
そのために気圧を変化させる必要がある
この気圧の変化により外部と内部の空気はぶつかり、彼の内部は大気を取り込めないほど膨張し、大気は逃げ場を失って体の隙間を貫く。
体を貫く大気はやがて火の熱量と化し、火を伝達させ、そしてベックオを体内から焼く。
「呼吸のせいで負けたのは、お前だ」
解体人の眼光が鋭くなる。血の循環が速すぎるため、自身も苦しんでいた。
だが──
「重要器官のほとんどないお前じゃ、もっとキツいだろ、根比べも俺が有利だ」
そう言ったときには、すでに解体人の呼吸が整っていた。
──が、ベックオはそこから離れるどころか、逆に力を込めてきた。
大地が鳴る。
周囲の灰が爆ぜる。
彼の体は“掌”のように開き、解体人を包み込もうとする。
「俺の体は特殊だ。関節構造により掌のように相手を掴み取れる。だからこそ俺は“五腕”とも呼ばれる」
「...動揺を隠そうとしても無駄だ...ベックオ・メロスト!俺の宣言で貴様は動揺している!」
それを聞いてベックオの目が無意識に揺れる。
次に自分を宥めるように話をする。
「神術同士は打ち消し合うため決定打になりにくい。
ーゆえに接近戦で肉体を傷つけるか、宣言で精神を揺さぶる必要がある。」
そして、叫ぶ。
「しかーし!この距離ならば──神術相手でも、俺の“大気操作”は“直撃”となる!」
ベックオの身体は、元より胴体すら腕のように可動する。
そこへ極限まで集中された力と大気が注がれる。
全身の筋肉や骨は縮まり、一点へと活動するための“勢い”が集中される
「あえてこの距離を維持してるのは……このベックオだ」
「これで終わりだ」
ハコウ・カエルム
「命尽天墜天哭!」
大気がベックオの胴体を一本の槍のように変貌させ、全体の力が一点に凝縮される。
地鳴りのような轟音と共に、ベックオの胴体は背骨を砕きながらも高速で解体人に襲いかかる。
「うおおおおおおおお」
「ドゴォォォン!」
爆発音が轟き、衝撃波が瓦礫を吹き飛ばした。
両者は凄まじい衝撃で吹き飛ばされた。
その威力たるや、並の肉体なら跡形もなくちぎれ飛ぶだろう。ましてや解体人のような限界ギリギリ状態なら、なおさらだ。
「うっ……!」
ーだが、解体人は死んでいなかった。
彼の肉体の構造では到底あり得ないことだった。
骨格も筋繊維も、あの衝撃に耐えられるようには設計されていない。
それでも彼は、生きていた。
「ケホッ、ゲホッ……肺が、いてぇ……」
(……吹き飛ばされる直前に肺を爆ぜさせて、衝撃を逃がしたのは正解だった。……これじゃあ、しばらく動けそうにねぇな)
血を吐きながらも、彼はまだ死んでいなかった。
(もう死にそうなんだけどよ...)
「ぐっ……!」
立ちあがろうとしても地面に転がる。
熱が自らの皮膚を焦がし、皮が地面に焼くついて、起き上がろうとするたびに剥がれる。
痛みで呼吸もままならなくなり、息が浅くなる。
だが──
「……血が、速い」
今まで自分でも薄々と気づいていた。高温により、体内循環が異常に加速している。
そして確信へと変わっていった。
──再生速度が無理やり上がっている。
「くっ」
解体人は立ち上がりあたりを見渡す
敵のベックオは、体内外両方からダメージを受け、起き上がる気配がない。
だがそんなのはどうでもいい!
(くそ!どこだ!荷物はこのあたりのはずだ!まさか...あ、あった)
解体人は目を輝かせる。
その眼光の先にあるものは廃墟。
一見周りと変わらない廃墟であった。
しかしその廃墟の片隅、朽ち果てた巨大杭打ち機械が錆びつきながらも、存在感を放ちながらそこに佇んでいた。どうやら荷物置き場だった場所のようだ。
(よかった、まだ完全壊れていない。)
それ巨大な鉄のアームが連結している杭撃ち装置だった。昔の解体人がまだ腐敗は進んでいない。
今より膨大な龍神の体内へと、その奥深くへ進むときに地面に杭を深く刺してはそこに縄を巻きついて、自身が戻れるようにしていた。
杭は人ほどの大きさの無骨で分厚い鉄製、先端は三叉に割れた鉤爪のような形状をしており、しかしその凶暴な見た目と違い、鉤爪のような形は地面に打ち込む際の衝撃でを緩和する構造である。そのはずであった
しかし今の杭はどう見ても二の腕ほどの長さしかない
どうやら老化と戦闘の衝撃で大部分が破壊されたようだ
(直...る)
その杭打ち機械の前に立つ解体人は、全身に火をまとい、燃え盛る炎の熱気が周囲の空気を震わせる。
「ここだ」
解体人は杭打ち機械の壊れた操作パネルに手をかける。
人力で動かす仕組みではなく、かつて龍の体の油と灰を混ぜて作る燃料で駆動する仕組みだったが、今は彼の火の力で代用できる。
先ほど石を飛ばした時のようにすればいい話であった
彼の火の能力で灰を燃やし、その熱で膨張した気体が残された油圧システムを間接的に駆動させる。
そして壊れて部分は火力で補う。
「よし、行け!」
大きな金属音とともに、錆びついたアームが軋み、杭が勢いよく伸び始める。
杭の先端は鋭利な鉄の鉤爪が土をかき分けるように広がり、その動きはまるで捕食者の一撃のように獰猛だ。
対するベックオはやっと起き上がる
「うおおおおおお」
ベックオは肋骨を広げ、盾のような防御壁を作り出した。
しかしあっけなく肋骨は砕かれた
肋骨の周りから微かな歪みが起きていて、ベックオが大気操作で骨格を強化しているのがわかる。
だが、龍の油でしか発射できない装置はそんなものでは防げない、例えば老化してほとんど壊れていてもだ。
解体人の放つ火炎の勢いと杭の速度が合わさり、猛烈な勢いでベックオに迫る。
杭の鉄の冷たさと火炎の熱気が同時に押し寄せ、まるで極端な温度差にベックオの感覚は乱れる
ベックオは脊髄を鋭く突き出し、杭を挟み込む。
「くっ…!俺は!俺の胴体は腕!そ、そ、それと...ゼェ、ゼェ....同じく動く!」
火炎の熱はベックオ体内の大気圧により急激に燃え盛る。それにより鉄の杭は熱膨張し、その鋭利さを失わない。
しかし、ベックオの大気操作が杭の動きを遅らせた。この男にとって体内で大気操作をすることなど呼吸よりも容易かった。
(今回は形容ならず、物理的。)
「うっぷ、止めってやったあああぁ、うっぶー」
その間に解体人は火をより強烈に集中させ、もう一本の杭の根元に燃え盛る火柱を形成させていた」
「一本だけなんて俺は言ってないぞ」
火柱は激しく燃え上がり、巨大な熱風がベックオの体を包み込む。
「バチバチッ」
骨と火炎の接触音が乾いた空気に響き、解体人の火は骨を焼き尽くそうとじりじりと進む。
気流の乱れによりもはや空気操作は不可能であった
だが、ベックオは再び力を振り絞る。
ハコウ・カエルム
「命尽天墜天哭!」
全身の骨と筋肉が連動し、大気を槍のように集中させて杭を押し返す。
「ギギギギ…!」
金属が軋むような音とともに、巨大な力がぶつかり合う。
空気は熱と圧力で渦巻き、煙が辺りを覆った。
爆発のような衝撃波が生まれ、瓦礫が飛び散る。
その隙に解体人は体を低くし、燃え盛る灰の中を蹴り上げて前進。
拳に込められた火炎が揺らめき、鋭い音を立ててベックオの防壁を砕こうとする。
「ヒュンッ!」
拳は杭めがけて打ち込まれる、ベックオの攻撃を受けていた杭であったため、その反動で解体人の腕が折れる
しかし同時にベックオの身体の全体に鈍いひび割れが生まれた。
だがベックオはまだ諦めていない。
「来い!」
肋骨を弓のようにしならせては、解体人の拳に掴み掛かろうとする。
「バキッ!」
骨が折れる音が響き
「バァァァァン!!」
火柱が地を割る。
急激な運動は不安定なベックオの体内の気流を変えてしまった。
その気流の変化により燃え盛る杭がベックオに深く突き刺さり、ベックオの体内に溜まった空気を爆発させたのだ。
爆風は凶悪な牙となり、ベックオの背部を裂き飛ばす。
強固さを誇った焼結骨が砕け、左の腕肘から先が吹き飛ぶ。
空中で骨の破片がきらめきながら舞い──落ちると同時に、重く、地に沈んだ。この地に降り注ぐ灰の如く。
立っているのが不思議なほど。
ベックオの胸から、黒い煙が細く漏れる。
それでも彼は前を見据えている。
解体人の姿であった。
そうしてしばらく解体人の方に顔を向けていた。
やがてベックオは口を開き、こういった。
「……貴の勝ちだ」
静かな声。だが、負った傷が嘘かのような、まるで痛みを感じない、諦観が滲む声であった。
「貴が勝者」
そう言って、火の残滓を指先から振り払った。
振り払った残滓は周囲の瓦礫に落ち、瓦礫は一瞬をしないうちに燃えきらぬ熱で形を歪ませる。
しかし、解体人は言葉を続ける──声は、もう冷えきっていた。
「だが……勝利は、我ら《禁衛》のもの」
ベックオは、爆発で歪みきった顔から初めて笑顔を見せた。形をほとんど留めていない唇の端を歪めて、血と煤にまみれた顔でかすかに笑った。
これを聞いて解体人は嫌そうな顔で答えた。
「……くぅ、くっ、うっ。別に、うっ、お前に勝ちたいわけじゃないっ。っウ」
解体人は血を吐きながら膝をついている。
「“勝負”って言葉を、勝手に持ち込むな。ウッ、俺はただ……通したくなかっただけだ。」
解体人はしばし黙し、そして低く問う。
「俺が聞きたいことはな、ウッ...はなぁ……禁衛の仲間。どこにいる」
しかしベックオは首を垂れて何も答えない。
「どうした!俺は勝者じゃないのか!敗北者は敗北者らしくこの俺の...!」
「──死んでる」
解体人は目を細めた。
「お前、いや、お前、らの目的は知らないし……お前が言う“仲間”ってのが.....何人......いるか、知らんけ......どな」
解体人の声は、もう乾いている。
しかしそれでも話すことを止めようとせず。
「すぅー」
まるで自分に言い聞かせるように声を振り絞る。
「──お前らが、お前らが!俺の敵であるってことだけは確かだ!」