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第22話 名もなき混沌

 壁が裂けると同時に、空気が変わった。


 湿り気とともに、思考が引きずり込まれるような感覚。

泳ぐ時に水を割って潜ったときのような感覚──耳奥に鈍い音が響く観覚がして。前がよくわからなくなる。いわゆる空間認識能力が落ちている気がする。


「なっ」

ガルシドュースの驚く声であった。

無理もない。

先ほど地上で見たい軍人のようなやつらが、おかしな見た目になっていた。


服装は相変わらずに黒い軍衣のような装束で、細部や腕などに鎧などが身を包んでいた。

しかしその肌は乾いていて、石灰のような白さをしていた。そして目だけが異様なほどに湿っていた。

見るもの全てが思うだろうと、まるで溺死した死体のような見た目だ。


顔をよく見ると先ほど「見るなッ」なんて叫びながら老化した兵士だった。

その彼の背後には、上に見える螺旋のように絡まる階段があり、まるで空間を超えていたようだ。




 「……なんだ!」

 ガルシドュースが即座に裁断榴を向けたが、打ち出そうとしてもそれができない。勝手に動きが止まってしまう。

ガルシドュースの額から汗が滴り落ちる。「……っ、からだが……動か……!」


それだけじゃない、目に見えるは昨日の自分の姿、そう確信している。

なぜならば自分が昨日やった穴掘りをそこでしていた!

ふと思う、まさか記憶を切り出されるのは、そう聞いたが、自分も切り出されたのか。


昨日の自分の動きがないと言うことは、今日までの位置に至る動きを体が認識できずに固まってしまう!


目で端にあるアスフィンゼたちを捉えるがあちらにも二人以上いて、片側は動かない。


(なっ、なんだとぉ!)


だが疲労は増えていく。きっと記憶が、あれが動いているのを見て体が思い出しているんだ。

だが休んでいる記憶もない今、疲労だけが蓄積されてしまう!


(どう言うことだ?!なんで俺が二人いる!なんで記憶の俺が形をなしている!俺には俺の全てが見え...まさか?!)

そう、ガルシドュースは思った。


 これはきっと自分だけでなくほかの人間の記憶からもできているものだと。

(知らせないと!これ以上何も考えるなと。アスフィンゼ、リドゥ、やめろ!)



 「貴公らこれは如何様なのか?幼子ではあるまいし、いかんせんここで遊ぶことは納得できない。」




 「…………!」

(動かない!)

 ガルシドュースが歯を噛みしめた。「....ボッ」

彼の体はさらに激しく燃えた、どうやらリドゥの言う通りこれは神術によるものだった。


そしてかつてベックオ・メロストと言う男が言っていた。それは神術同士は打ち消し合うと。

すでに術にある肉体や精神は変えられないが、神術だけにそれは関係ない。


燃え続きける火が証明となる。




 「貴に怨念なし、しかし、殺す。」

 おそらくガルシドュースの記憶からできたベックオ・メロストが言う。


襲いかかる重い気圧。


どゴーン

轟音があたりに響く。


 「記憶とは境界を持たない。強く想えば、他人の記憶も己の中で形を持つ。

さあ、貴様との罪向き合え。ムハノ・マイブン法佐警!」


 一方でムハノ・マイブン法佐警も記憶にうなされていた。


 「黙れェェッ!偽物風情がデミアン閣下のフリをするな!あのくだらないレウェイチョとか言う男とどうせ同じだろうが!貴様!」

 ムハノが叫ぶ。彼の声を聞いた部下たちは 

動かないはずの足が強制的に動き出す。


「やれ!閣下に殺される前にここを出るぞ!うわあああ!」



 「笑止!」


「なぜだ!なぜ、動じないんだ!貴!殺してやるぞぉぉぉお!」

豹変し激怒の様相を見せる“ベックオ・メロスト”

だが偉大なるセオリクは泣くも叫ぶもしない、ただ彼が愛馬セルハーブの手綱を手にしては、住みにくい微塵も住人を思っていない家屋にしたことに思い耽ること数刻。

(しかし、上にあるのは、先刻の軍隊たちよ、離れた遠い、遠く、とても遠くにある場所のはずが、それが見えるとは、それはかなり便利かもしれん、すでに見たこれがそう思わせるぞ。)


 口を開いては、投擲するが勢いにして、言の葉を放つ。


 「貴公はなぜこうも気を立てる、人にして如何なるものか。」

壮年の騎士は相手の態度が気に食わぬ。敵ながらも、騎士に面を合わせては、尊重たるやを知るべきである。

「殺す。」

 「名を挙げては幾度も、やはり貴公は我が言葉を聞きもしないのか!」


 「うっおおおお、殺す!」


「狂人めいたその言葉、なんて失態か、良いか我が名はガレヌ・フォデ・グリオス・セクリオ・ド・ラングシェ。その人ぞ。」

そう言ってこの男は勇ましくも、速くも、前に馬を走り出させた。


「行くぞ!セルバーブ!セルバーブよ!」


「助け呼ぶ声に応えんと!」 ガルシドュースの火に騎士は気づくもそうだ。

記憶からできた“ベックオ”の方から風圧やら気圧やらは強まるばかりにあるが、騎士セオリクはこうも言う。

 「悪しき魔物よ、悪しき悪魔め、たとえお前が吹かせる風が凡ゆる嵐よりも大きくあろうとも、大木すらたつ我が剣の術の前にして、必ずも一つ上とは限らない、腕前が上でないのならば、この時こそは勇敢なるものに勝ちは舞い降りる!」

セオリクが栄冠をめざすかのようにして、かの悪に問い詰める。




 「があああ」

 ベックオらしき存在が腕を伸ばした先で、彼の指が形を変えていた。

ムハノの部下のひとりの、その様子になっていた。


変化した、変わった。一つ変わらないないのはセオリクとぶつかる姿勢のままだった。


当然騎士は吹っ飛ばされる。ガルシドュースのような神術を持つものですら苦戦する、おそらく神術で改造されたものたちを、そう相手をすれば当然とも言えた。

ましてやセオリクという男は神術どころか、いまほどぶつかった時の吹っ飛び具合から見ると、おそらく戦いにすら慣れていないのであった。


 だがなぜムハノの部下はベックオでなくなった?

(明らかに神術もちのベックオが...)

「...ベックオの方が強い..え?」

(話せるぞ、何が起きた?まさか、あの男、セオリクがやったのか?!)




 「観客が皆、気にするな、うっ...騎士は倒れておらぬぞ、敵は姿をくらませては、勇猛果敢にして強い私に負けることに、それは恐れをなしていたからだ。」


「いや、またなんか言ってるしこいつじゃ...?幻想!」


 そうかセオリクは幻想していた。幻想していたんだ。

記憶が現実となるこの場で、幻想を現実と思い込むセオリクにとって敵の強さは変化しない。


 この男!考えているようで何も考えていない、考えることの最重要になる外からのこと、あるいは記憶からもらえる情報なんて、そんなの一切関係なく幻想に縋るように、セオリクは考えていたんだ!


つまり実質考えてないじゃないか!

だったら...だったら...だったらよ!俺だって!


(いまだ!考える暇も与えん!)

ガルシドュースは自分自身の中で考えた、考えないと言うことについて。考えなければ敵も変わらないからだ。


神術で強化された相手とは言っても神術もちでないため、ムハノの手下、法務部の兵士は一瞬にして灰になるほど燃えた、ガルシドュースが少し彼に触れた、それだけだったのに。

それを目にしてガルシドュースも思わずに驚く、襲いかかる死人のような法務部の兵士は瞬く間にして燃え尽きた。


 気がつくとあたりはすでに敵の影すらもなく、彼はそう勝利していた。


「は?神術ない相手に...ここまで効くんだ..」


神術がないものとあるものの強さを分析するガルシドュース。

思っているうちにあたりが暗くなる。

「そんな考えていたのか...?ん?」とガルシドュースは言う。

暗くなったのを見てガルシドュースは思う。

ここは太陽もなければ空もない湖だけが上にあるはずだが...?なんで?

不思議に思って見上げるとそこには腕があった。とても大きく、巨人の腕と言うのに相応しいほどの大きさであった。


「うわああああ!」

ガルシドュース、リドゥ、アスフィンゼ、セオリク、その場にいた全ての人間が叫んだ。


 上。逆さの湖面から、巨大な腕のような、腕らしき、いや腕なのか、これを腕と読んでいいのか、一体これは腕と言うべきか!?そんなものが湖から突き出ていた。確かに形は腕だがあまりにも大きく、巨大で、重すぎる腕であった。



 「くっ……!」

 ガルシドュースがリドゥとアスフィンゼの両者を庇うように前に出る。炎を纏い、即座に掌を掲げて空気や灰を焼いて防壁を展開した。


なぜ逃げないかのかと言うと、腕がすでに手で彼らを包み込む形でいたからだ。

(にげられない!!) 


 「なんだこれ……」


 「うぉお醜き巨人よ!貴様が相手するが単騎の騎士ぞ!臆病ものめ!全貌を示さぬとはなんたる卑怯さか、いつでも手を引けるよと言うのか!貴様らと殺し合うのは我、そのひとりだぞ!下賤な悪党め!」


 「貴様らに問う」

 腕の方から雷鳴を連想させるほど大きな声がする。

誰もがその声に驚いては動きを止めるだろう。



「腕が一本だとしても容赦をかけない!」

....セオリクと言う男を除くこの場の全員は静かであった。

セオリクだけはそれらを横目に、というよりは横に流すだけであった。


セオリクの叫びを無視して巨大な腕は言う。

 「──“忘れたくないもの”は、あるか?」







 「うぉおおおおおおおおおおお!!!」

 ガルシドュースは叫び、己の炎を全開にする。


 「これいじょう奪うなァアアアアアアッ!! 俺の記憶をッ!!」




 火炎が階段のを焼き崩す。いつも以上に異常な火力をしていた。


やがて火は大きく、大きくと燃え上がり、姿を持ち始めては、巨大な腕を引きちぎる。

そのことで気流が起こり、それはは周囲に広がり風圧を引き起こす。


全員を巻き込む勢いであたりは飛散する。


見たことないものばかりだ。

しかし

世の中には、時折見たこともないものを

(見覚えがあるのに思い出せない)そうなることがある。

それは自分の記憶ではない。夢だった。

夢から覚めてすぐに気がつくのは確かに、自分が“そこで何かをしていた”気がする。

そして夢のものは現実のものを依存する。


「....景色が変わっいる!?」

こうなれば夢が夢なのかすらしれない、夢にいるかどうかも知らない。自分が動いているかも判断できないと言うことになる。


違う。

 違う違う違うッ!!


 「うるせぇええええええええええええええええッ!!!!!」


 突如、ガルシドゥースが咆哮をあげる!


ガルシドュースの口元から、蒸気のような炎が漏れた。

 その時点で、周囲の空気が泣いたような音を出すほどの勢いだった。


地火風水、この地にある範囲は彼の力だけでは決して破れるほどの元素ではなかった。そんな量とかじゃないはずだった。


だがその威力まるで千年も燃え上がる勢いをしていた。


ある時は階段にある時は怪物の肩に、ただ浅くかすっただけのそのガルシドュースの炎が、全てをかき消す勢いで燃やしていく。


空気が、建物が、影が、時間が、循環すらも──

 すべて“焼かれていく”。


 「夢も、記憶も……俺が見たのはこんなもんじゃない!」


──パァァァン!!!


 突如、湖面が破裂した。


 中央から炎柱が突き上がる。


液体が火を纏ったのではない。

 水そのものが燃えているのだ。




火が水を飲み込むなんてものではない。


水そのものが火になってしまった。


「ああああああ!」


 空間が歪む。

 周囲の岩は泡のようにしぼみ、風景の輪郭が崩れていく。

風圧が結構長い時間した。しばらくして取って代わられる。

ある声に


 「……お前さ、あのとき“鳩の鳴き声”がしたの覚えてる?」




 声の主は不明。

 口調は平凡。

 なのに、ぞっとするんだ。




 「おかしいよな、あんな高い場所に……なんて、いないはずなのに……」


━━空から降ってくるんだ。



それは今、ガルシドュースたち!


「ッ!ハァ!俺は、俺は、俺は。」

立っているものは解体人のガルシドュースだけだった。


続け様にほかも起き上がる。まずひとりめは


「ぎにゃあああぁ!いてぇうおぉ!おい、だれか!貴様!貴様ら速くしろ!手当がいる!おい!」


ムハノ・マイブンだった。

彼は口うるさく喚き散らしていた。

神術を駆使しながら、部下に命じる。


「起きろぁぉ!クズどもめ!」

(間違いない!あれこそは閣下が言っているものだ!女に、火の神術。子爵のくそ野郎が探してたという、そうはさせん!栄光は我ら帝国に、我ら法務部にあらんことを!)

 裁断榴がガルシドュースたちの方へと向けられる。


ガルシドュースは食い止めようとして走り出す、ただひたすら。

だが、何かにぶつかった。


「っ……!」


それは、石碑に吸い込まれた時に見た、あの階段だった。仮初の存在。

本来、実体などないはずだ。だが――見える。触れる。

記憶と言う仮初の存在に実態はないのに見える。

反対に実態あるものは見えない。

不思議だ。


(だが利用できる)


火を放ち、空気を焼けば、生じた気流が実態あるものに触れては見える。


ムハノの裁断榴が唸りを上げる。砲身がわずかに傾き、狙いは確かに定まっていた。


標的はガルシドュースだった。


しかし、その瞬間。

視界の中央にいたはずの彼の姿が、ふいに消散する。


「ちくしょおお!」

ムハノが叫ぶ、音の反響でガルシドュースを捉えるつもりだ。


(いるぞ!あのくそガキ!)


ガルシドュースは走っている。

左足を前に出し、右腕を振っては肩ごと沈め、見えない地面を蹴る。

一、二、三と韻を踏んで歩いていた。

記憶と気流の両方を利用していた。

そして三歩目で左足を深く踏み込み、体が一瞬浮いては、上半身を傾けて重心を前へ動かす。

前転のような姿勢でつま先が階段に触れた。


 そのまま下に向かって蹴りをする。

さらに地面らしきものに触れた感触を確認した。

同時に裁断榴の爆撃を感じる。

避けるべくして全身の筋肉をバネのように引き締め、跳躍する。

体の関節を大きく開いて、腰をひねることで軌道を右斜め前へ。

背中を丸めず、視線は前。

体幹を軸に、腕と脚が連動して空中勢いよく回転するから。

彼の加速は止まることを知らずにいた。


「逃げるなぁ!小僧が!」


「お前、小僧と言うな、こう言うんだな。なんだとぉ!とな!」

 なんとガルシドュースはすでにムハノの頭上まで来ていた。

ムハノにやっと彼の姿が見える。

まるで両者に秘められている力が大きく差を開いてるように、二人の探知能力の違いは明白としていた。


ムハノではガルシドュースの速度に追いつけない。

「なっ!」

久々に杭が放たれる。

神術を帯びたそれはムハノの防衛をいとも簡単に貫く。神術同士というのに全く鍔迫り合いはしない。


(こいつ、妙に弱いぞ、神術がまるで、まるで...偽物?)

「なんだとぉ!」

ドーン

轟音と共にムハノは吹き飛び気絶する。


「……ふぅ……疲れた。」


 息を吐きながら、ガルシドュースはぼんやりと階段の先を見上げた。

(……だが、なぜだ……。階段が、いや、あの“何か”が、消えていない?)


 胸の奥でざわつく嫌な予感が浮かぶ。

「まさか……!」


 影は、まだそこにいた――!


その輪郭は朧で、顔どころか輪郭すらも見えずに夢にみる存在のようだ。

今までの記憶からくる怪物と違う朦朧な姿をしていた。

(終わっていなかった!リドゥが言ってたように今の俺じゃ、俺たちでは対応できない敵だあぁ!)

ガルシドュースは即座に裁断榴を放つ。

そう裁断榴を打ち込むが掠りもしない、まるで空気を撃ったように、何も触れず、何も傷つけず、ただ遠くへ飛んでは消えた。

影は手を翳す。


ゾオン!と奇妙な空を裂く音がした。


ガルシドュースは感じた、向こうの攻撃は届くことを、殴られた感触がする。喰らってしまう。攻撃を!


(考えもしなかった、無意識に攻撃して終われせたはずだった!俺の無意識な暴走で、それで火が破ったはずだった。)


そうか!無意識、これは俺の潜在意識が生んだようなもの、夢にいる時と同じだ!夢の展開を支配できないのはごく自然にして普通だった。


ならば!

「燃えろ!」

(俺自身の神経を燃やして、起きながらに夢に近い昏倒状態に入る!)

ただ酸欠程度ではダメだ、酸欠しても頭は止まってしまう。

無意識の意思のうちに入り込むことができない。

やつへの反撃もできない。


(明析なまま、意識を深層へ滑り込ませるんだ!)





しばらく静寂が続いて、やっと夢の中とわかった。

夢と気づけば起きるはずだが、俺は不思議でたまらない。


 そうか、あれがいた。

無意識の存在と言っても魔女の力からできたもの。

夢のように気がつけば起き上がるわけもなかった。


彼はこういう


「冠を戴いていた頃のあの方を、私は見ている。

……血筋が選ばれ、名が称えられ、人々が『神』と呼ぶものに祈っていた時代のことだ。」


その声には、性別や年齢なんてわかりもしなかった。

けれど、不思議と“誰かの声を真似ている”ような印象が残る。


(...?!?なんだ?)


「どういうことだ?」

(罠か?これは?)


「我は……名を与えられなかった者。

ただ、あの御方の影にすぎぬ。」


 御方。

 その言い回しには、過ぎ去った時代の匂いがあった。


(あのお方?...魔女のこと...?)

「え?」


「だが、“その上”にいたものが墜ちた。

灰となって、大地を覆い尽くし、国を呑み、言葉を焼いた。」


「お前はどこへ行く、神の龍よ...」


どこへ、と言われれば困る。


「今は答えなくてもいい、外へ行けば、解決するから、戦いはまだ続く。」


 「謎を解け、魔女を救え、鉄の蹄から。」


「救え?どういうことだ!」

「それもお前自身で紐解くんだな。」


 「行ってこい、導きの鳩よ、鷹でも見えぬ地に埋まりし真実を見つけろ、そして鴉さえも及ばぬ知恵で帰路を見つけるんだ。お前ならば、天から舞い降りし龍が如く、鳩のように純真であれ。」


「鳩?龍?なんで?」

(対照的ッ...?鷹と鴉も...リドゥは言っていたぞ。)


「相対する矛盾を見つけ出せ。」

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