「塁くん塁くん塁くん! おはよ!」「おはよ塁くん! 今日も仏頂面だね!」
「誰が仏頂面だ」
笑顔満面の奈子さん達に言われて言い返す。
クラスメイト達は相変わらず俺に冷たい視線を浴びせるけれど、「よお仏頂面」「陰キャ」「殺すぞ」と俺の存在を認知して挨拶をしてくる程度にはなった。
(奈子さん達のおかげか……いや、奈子さん達のせいか……うーむ)
陰キャを気取って気配を消していた頃と比べれば「っす」や「ども」など俺も返事を返せるようになったので……人並みになれたのではなかろうか。
「伏木さん、今日カラオケいかない?」「ボーリングは?」「バスケ部の助っ人きてよ!」「ソフトボール部も!!」「宇宙研究会に是非遊びに……!」
奈子さんは相変わらず人の輪の中心にいて、俺は相変わらず肘ガスガスされる運命だ。
まあ最近はこんな日常も悪くないかも……と思っている俺がいる。
(でも、恋人かと言われるとなぁ……)
一緒にいれば退屈しないのは確かだ。
奈子さん達は引っ張ってくれるし、俺もなんだかんだで付き合ってしまう。
ただ、それが恋人関係かと言われればやはり違う気がする。
奈子さんの好意は本物だと思うし信じたい。
けど、俺は結局奈子さんが好きなのか?
そこがわからない。
このまま……はっきりしないままでいいわけがない。
(よし……)
「奈子さん達、明日デートしないか?」
俺は席を立って奈子さんズに告げた。
「え……」「いいの?」
奈子さんズはハイライトの消えた黒瞳を大きく見開く。
その深淵なる黒瞳に吸い込まれそうになりながらも、俺は頷く。
「うん。奈子さん達がよければ」
瞬間、周りのクラスメイト達が怒号と奇声を上げた。
「なにがデートじゃ!!」「潰せ! この陰キャを潰せ!」「処せ! 処せ!」「奈子さんを独り占めすんな!!」「死ねぇえええええ!!」「友野塁貴様ぁああああああ!!」
「し、しまった! ここ教室だった!! いだだだだ! だ、誰だ上履き盗んだ奴!? 襟首をつかむな破れるだろ!! ヘッドロックはやめるんだ朔太郎くん!!」
「いい声で鳴くじゃねーか陰キャぁ!!」「いつもそれくらいの声出せや!」「けっけっけ! 伏木さんの前でひん剥いちゃる!!」「え? 塁様の裸が見れると聞きましたわ!?」
どこからともなくカメラを構えた那占美(ストーカー)が!
「助け、落ち着けみん、や、やめ、やめろおおおおおおおお!!」
「ふふ、塁くんあんなに叫んで……楽しそう……!」「皆とおしゃべりできてよかったね塁くん!!」
「奈子さん達!?」
俺は優しく見守る奈子さんズの目の前でクラスメイト達にボコボコにされた。
翌日は土曜日。
学校は勿論休みだ。
駅前広場から俺と奈子さん×2のデートが始まる。
「ど、どうかな塁くんこの服?」「か、可愛いかな?」
「に、似合ってる……ぞ?」
奈子さん達は春色のワンピースに身を包んでいた。
もともと清楚よりな彼女の清楚レベルを春色ワンピースは更に底上げし、美少女レベルがぐんとアップしている。
それに対して俺は普通のTシャツにズボン……。
(やっぱ釣り合わねーよなぁ俺じゃ……)
「この服ね、増やしたの!」「うん、寝てる時は私達一人に戻ってるみたいだからね」「それで起きたら二人に分裂するの!」「服も二つになるんだよ!」
「……んん?」
なんか意味わからないこと言い始めたぞ?
(つまり、どういうことだ? 買ったわけでは、ない? 寝てる時には一人に戻るって習性を利用して、一着の服を二着にしたって……こと?? ……プラナリアでもそんな器用な事できねーよ! 宇宙人か!!)
なんと言っていいのかわからないので、俺はそれ以上考えるのを止めた。
「じゃ、じゃあ行こうか?」
と、ひとまず歩き出す俺。
「「あ……」」
奈子さんズは同時に声を上げた。
振り返れば二人とも俺をおずおずと見上げている。
(…………う)
陰キャな俺でも流石にわかる。
「ど、どうぞ……」
二人に手を差し出すと、彼女らは満面の笑みを浮かべて俺の手をきゅっと握った。
「いこ!」「うん!!」
「あ、ちょ……!」
いつものように俺を引っ張る奈子さんズ
脈打つ鼓動が早い気がするのは意識しているからか。
「これ、似合うかな?」「どう? どう?」
「可愛い、っすね」
女の子の服選びに付き合うのははじめてだ。
どの服を着ても奈子さんズは可愛く見える。
流石宇宙人系美少女……。
「もう、ちゃんと見て!」「塁くんちゃんと見てる?」
「み、見てるって!!」
怒らせてしまった。
服選びの次はゲームセンターに入った。
奈子さん達はプリクラが撮りたいらしい。
「ほら、塁くんも入って入って!」
「いや、俺写真写り悪いから……」
「関係ないの! 一緒に撮るの!」
「あ、はい……」
そして幾度か撮って、出来上がった写真を見てみると……。
「塁くんの仏頂面が笑顔になってる!」「すごいすごい! プリクラの編集機能すごーい!!」
目がでかすぎ、口が大きく開かせられて笑顔の形を無理くりつくられた写真の中の俺、とキラキラ加工の奈子さん達。
「化け物じゃん俺……」
奈子さんズは史上最高に笑っていた。
まあ、こんなんで笑ってくれるならいいか。
その写真を分けて、次はお昼で、その次は映画館……。
そして……。
「あっという間だったね!」「ね! もう夕方……楽しかったな」
夕日の中を奈子さん達は本当に楽しそうに歩く。
「……奈子さん達元気すぎだろ」
俺は奈子さん達のパワーに振り回されて少し疲れていたのかもしれない。
奈子さん達は少しだけ先で立ち止まると、俺に振り返った。
「ねえ、塁くん」「私に何か言いたいことがあるの?」
俺は立ち止まる。
(気づかれていたのか……)
それとも宇宙人の第六感か。
俺は二人のハイライトの消えた黒瞳にじっと射抜かれながら、デート中に考えて導き出した答えを口にする。
「奈子さん、多分俺は君にふさわしくないんだ。俺は君に釣り合わない。だから、別れよう」
それが答えだった。
今日のデートでよくわかった。
やっぱり俺じゃ奈子さん達の彼氏にふさわしくない。
対等な関係じゃない。
服選びもプリクラも映画もご飯も……俺は奈子さんに引っ張られて合わせているだけだった。
「どうして塁くん……」「私のこと嫌いになったの?」
悲し気にうつむく奈子さん達。
「それは違う! けど、俺は奈子さん達の願いをかなえることはできないから……笑え、なかったから……」
デート中何度も笑いかけようとした。
でも、できなかった。
昔友達の輪に入ろうとして、浮かべた笑顔を「きもい」「うざ」と切り捨てられたことを思い出してしまうから。
一人でいる方が気が楽なことを、思い出したから。
「無理に笑わなくてもいいんだよ?」「笑わなくても私達は塁くんが好き」
優しく微笑みかけてくる二人。
だけど俺は、頭を横に振る。
奈子さん達のほほを涙が伝っていく。
胸が締め付けられて苦しい。
それでも俺は言わなければならない。
「きっと俺じゃあなたを幸せには出来ない……ごめん」
頭を下げて俺はその場を後にした。
甘え続けるわけにはいかない。
ハッキリさせないといけない。
これで週明けから俺はまた目立たない陰キャに戻る。
伏木奈子さんは俺という呪縛から逃れ、新しい恋を始めることができるはずだ。