「あははは! うふふふ! 伏木さん! 僕を捕まえてごらーん!」
「ちがう」「あれ違う」「塁くんちがう」「きもい」「無視」「OK」
「え? なんでこっちこないの? 伏木さん?? ねえ、ちょっと!」
朔太郎くんは奈子さん軍団に見向きもされなかった。
「ダメじゃ! あいつ全然囮にならんぞ!?」
「ちっ、使えねーサッカー部エースですわね!!」
「悪い朔太郎くん! 俺達はこのまま行くから! じゃあな!!」
「え、僕の出番これだけ!? おーい! ちょ、ま――」
おかしい人を亡くした。
俺達は現在、町はずれの神社まで全力で駆けている最中だ。
前後左右から奈子さんの軍団が現れ、「塁くん!」「るいくんだ!」「るい!」「るるいるい!」「るるるるる!」と追いかけてくる。
ナナフシ様が言った通り、町の時間は止まっているのだろう。
自動車や鳥や猫犬、そして人間……全てが静止していた。
その中で奈子さん軍団と俺達だけが動いている。
時間を止めた理由は「被害が出たら大変じゃろが!」と「奈子のプライバシー保護の為じゃ」というもっともなモノだった。
「よいか! ご神木じゃ! 神社の境内にあるご神木に奈子が融合しておる!! ご神木に塁が触れ、奈子を正気に戻せれば我らの勝利じゃ!! 奈子パンデミックは収まるであろう!!」
「正気に戻せなかった場合はどうなるのでございますの?」
那占美さんの素朴な質問に、一瞬真顔になるナナフシ様。
「パンデミックは継続し、いずれ世界は奈子に飲まれるであろう!!」
「……まじ?」
俺は想像以上に大変なことをしてしまったのかもしれない。
奈子さんで世界が滅ぶとか、流石にシャレにならない。
「ナナフシ様どうにかできないのですの?」
「そうなったら我も貴様らと一緒に地獄に落ちてやるから安心せい! はっはっは!」
「笑い事じゃないですわよ!」
「笑い事じゃねーよ!」
同時に叫ぶと、那占美さんがハッ! と俺に顔をぐりんと向けた。
「おい前向いて走らないと危ないぞ?」
「い、いま! 私と塁様の息がぴったりに!! 塁様~!」
「やめろ! 走ってるのに抱きつこうとすんな! あぶないだろ!?」
「あの女危険!」「塁くんに手をだした!」「許さない!」「ダメ!」「離れろ!」「危険危険!」「塁くんは」「私の!」「私たちの!」「あげない!」「だめだめだめ!」「集まれー!」「やっつける!!」
とたんに、無数の奈子さん達が那占美さんを囲んで見えなくなった。
一帯の奈子さん達が全部集まったような密集具合だ。
奈子さんの壁の向こうから那占美さんの声がした。
「塁様、私は大丈夫ですわ! 先に行ってくださいまし! 必ずや追い付いてみせますので~!」
「那占美さん! でも……」
「行ってくださいまし! そして世界を救ってくださいまし!!」
大げさじゃなくなってしまったのが怖いところだ。
「行くぞ小僧。那占美の犠牲を無駄にするでない!」
「ぐ……」
なんか死亡フラグが……大丈夫かこれ。
「あ、世界を救った暁には私と結婚して明るい家庭を築き――」
「ごめん那占美さん! 俺達行くよ!!」
「うむ、それでいい!」
なんか言ってた気がするけど、俺はナナフシ様と共に神社へ走る。
紅い鳥居が見えてきた。
境内は静まり返っていた。
おそらく全ての奈子さんが対那占美さんへと駆り出されたのだろう。
だが、ご神木の前に一人の奈子さんが……立っていた。
「来てくれたんだね塁くん……」
「奈子、さん……」
その奈子さんは他の奈子さん達と服装が違った。
春色のワンピースに白い麦わら帽子を被っている。
土曜日のデートの服装のままだった。
彼女は朗らかな笑みを見せ、次の瞬間には俺の懐に入り込んでいた。
「ずっと一緒にいてよ塁くん!」
「いかん!」
瞬間、ナナフシ様がデート服奈子さんから俺を引き離す。
ドン! 地面が割れて砂煙があがる。
「奈子って呼んで!」「奈子だよ!」と足を踏まれ続けてきた俺は理解した。
奈子さんは今、俺の足を潰そうとしたのだと。
「ふん、その程度か奈子よ? 神の力を吸収しても使い方が分からぬとはド素人じゃの?」
「うるさい! 塁くんに近づいて、私と塁くんの間を裂いて! 邪魔、しないで!!」
デート服奈子さんのハイライトが消えた黒瞳は憎々し気に歪み、狂気に染まっているようだった。
(俺のせいだ……俺が馬鹿だったから奈子さんは……)
「小僧、感傷に浸るのは後にしろ。やつの背後、わかるな?」
ナナフシ様が奈子さんを警戒しつつぼそりと俺に告げる。
俺はご神木に目を向けた。
幹に溶けあうように、もう一人の奈子さんが囚われていた。
「この怪力奈子の相手は我がする。貴様は元凶奈子を救い出せ。よいな?」
「……ああ」
俺は頷き、目配せをする。
「塁くん、その人が好きなの? どうして、私を捨てたの?? ねえ、塁くん、るいくん……答えてよ!」
デート服奈子さんが絶叫しとびかかってくる。
「走れ小僧!!」
「ああああああああ!!」
全力で無様に走り出した俺はご神木に飛びついた。
世界が真っ白に染まった。