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第2話 第2章

 第一幕:リシュアン侯爵の激怒


リシュアン侯爵邸――破滅の予兆


 夜の闇が王都レヴァンティアを包み込む中、リシュアン侯爵邸では、怒声が響き渡っていた。


「何てことをしてくれたんだ、アーノルド!」


 執務室の扉を乱暴に閉め、リシュアン侯爵ガブリエル・リシュアンは、机を叩いた。

 その勢いで、書類やインク瓶が床に落ちる。


 対するアーノルドは、椅子に腰を沈めたまま、顔を歪めていた。

 昨夜の舞踏会での出来事が、王都中の貴族たちの噂となっていることを、彼も当然知っていた。


「……父上……。」


「貴様……貴様は、貴族社会において何が重要かすら理解していないのか!」


 ガブリエル侯爵は怒りに震えながら、アーノルドを睨みつける。


「信用だ、アーノルド! 貴族は信用が全てだ!

 それを、お前はたった一晩で失ったのだぞ!」


 アーノルドは拳を握りしめた。


「だ、だが、私は間違っていなかったはずです!」


「何が間違っていなかっただと?」


 侯爵の冷たい声に、アーノルドは言葉を詰まらせる。


「貴様は、公爵家を敵に回し、王宮の舞踏会で公然と嘘を喚いた。

 結果、誰も貴様を信じず、リシュアン家の名誉は地に落ちた。」


「……くそっ……!」


 アーノルドは悔しそうに歯を食いしばるが、侯爵は容赦しない。


「さらに悪いことに、王宮からの査問会の召喚を受けることになったのだ!」


 その言葉に、アーノルドの顔が青ざめる。


「まさか、陛下が本当に介入を……?」


「当然だ! 貴様の軽率な行動が、王国中の問題となってしまったのだ!」


 ガブリエル侯爵は苛立たしげに机の上の書類を払い落とした。


「カリエンテ公爵家の地位を奪う計画が、完全に狂った……!」


 この瞬間まで、リシュアン侯爵家は、着々とカリエンテ公爵家を支配下に置く計画を進めていた。

 かつてのカリエンテ公爵が亡くなった際、その家督を巡る動きが激しくなったが、

 結果的にイザベルが公爵位を継ぐことになった。


 本来ならば、リシュアン侯爵家がこの隙をついて公爵家の影響力を削ぎ、

 最終的に吸収するはずだった。


 だが、アーノルドの失態によって、逆にカリエンテ公爵家の威信が強まってしまったのだ。


「……このままでは終わらん……。」


 ガブリエル侯爵は深く息を吐き、低く呟いた。


「……正攻法では、もはやカリエンテ公爵家を崩せない。

 ならば、別の手段を取るまでだ。」


裏工作の開始


「……別の手段?」


 アーノルドが顔を上げる。

 彼の目にはまだ"名誉を取り戻す"という未練が残っていた。


「アーノルド、お前にできることはない。

 だが、私にはまだ策がある。」


 ガブリエル侯爵は扉を叩く。


「……入れ。」


 次の瞬間、扉が開き、黒いフードを被った男が静かに入ってきた。


「……お呼びでしょうか、侯爵様。」


「お前に命じる。カリエンテ公爵家が密輸に関与しているという噂を王都に流せ。」


「……密輸?」


 アーノルドは驚いたように目を見開いた。


「密輸の証拠などないのでは……?」


「ならば、作ればよい。」


 侯爵は冷徹な笑みを浮かべる。


「貴族社会では、疑惑をかけられた時点で負けなのだ。

 イザベル・カリエンテを守る力が働く前に、王宮の査察を誘発する。」


 黒衣の男は静かに頷いた。


「既に手配は済んでおります。証拠となる"取引記録"を偽造し、密輸の関係者に見せかける準備が整いました。」


「よし。」


 ガブリエル侯爵は満足そうに笑った。


「明日には王宮内で"カリエンテ公爵の査察が必要"という話が持ち上がるだろう。

 それが決まった時点で、イザベルは窮地に立たされる。」


 貴族社会では、たとえ潔白であっても、査察が入ること自体が大きな汚点となる。

 イザベルが貴族社会での信用を築きつつある今、これが決定的な打撃となるのは間違いなかった。


「さあ、カリエンテ公爵よ――

 お前がどこまで耐えられるか、見せてもらおうではないか。」


カリエンテ公爵家――不穏な空気


 一方、その頃。

 カリエンテ公爵邸の執務室では、イザベルが紅茶を飲みながら、優雅に書類を整理していた。


「……公爵様。」


 執事のレナードが静かに報告する。


「どうやら、王都の市場で妙な噂が流れ始めております。」


「妙な噂?」


 イザベルはカップを置き、顔を上げる。


「……ええ。カリエンテ公爵家が密輸に関与しているという話が広まっております。」


「……なるほど。」


 イザベルは扇を広げ、冷静に微笑む。


「ついに動き出しましたわね、リシュアン侯爵。」


 執事が続ける。


「さらに、王宮内でも"カリエンテ公爵の査察が必要ではないか"という声が出始めています。」


「まあ、それはそうでしょうね。」


 イザベルは静かに席を立つ。


「ここまで露骨に動いたということは……

 リシュアン侯爵は追い詰められている証拠ですわ。」


「では、どうなさいますか?」


 イザベルは笑みを深める。


「――反撃の準備を始めましょう。」



---



第二章 第二幕:捏造された証拠


王都に広がる噂


 翌朝、王都レヴァンティアの市場では、奇妙な噂が流れ始めていた。


「おい、知ってるか? カリエンテ公爵家が密輸に関与してるって話だ。」

「なんだって!? あの公爵が?」

「いや、確かな筋からの情報らしいぞ。 どうやら、証拠もあるとか……。」


 市場の商人や市民たちの間で、噂は瞬く間に広まっていった。

 普段は冷静な貴族たちも、この話題には驚きを隠せなかった。


「カリエンテ公爵家が違法取引を……?」

「まさか、公爵ともあろう方がそんなことを?」

「いや、それが本当なら、王宮の査察が動くはずだ。」


 王宮内部でも、徐々にこの噂が広がり始める。

 そして――


「宰相閣下、カリエンテ公爵家に関する噂について、お耳に入っていますか?」


 王宮政庁では、貴族たちが王宮宰相ロベルト・グラシアンに、この件について尋ね始めていた。


 ロベルトは、眉をひそめながら書類を整理し、ゆっくりと答えた。


「……もちろん、耳には入っている。 だが、まだ確たる証拠は出ていないはずだ。」


 その言葉に、貴族の一人が続ける。


「ですが、リシュアン侯爵家が証拠を提出する意向を示しております。」


「……証拠、だと?」


 ロベルトは、軽く目を細めた。


「では、正式に査察を行うべきでは?」

「もしカリエンテ公爵家が不正を行っていたならば、放置するわけにはいかない。」


 貴族たちの声が次々と上がる。

 王宮では、すでにカリエンテ公爵家に対する査察の是非を問う議論が始まっていた。



---


カリエンテ公爵邸――冷静な分析


 一方、カリエンテ公爵邸では、イザベル・カリエンテ公爵が紅茶を飲みながら、執事のレナードの報告を聞いていた。


「……公爵様、王宮で査察の話が正式に持ち上がりつつあります。」


 イザベルは、カップをそっと置き、扇を広げながら微笑んだ。


「ふふ……。 予想通りですわね。」


「しかし、問題は"証拠"です。 リシュアン侯爵が提出する予定の証拠が、どれほどのものなのか……。」


「それは問題ではありませんわ。」


 イザベルは落ち着いた様子で扇を閉じた。


「なぜなら、"証拠が捏造されたもの"であることは、最初から分かっていますから。」


「……なるほど。」


 レナードは頷く。


「では、公爵様はどう対処なさるおつもりで?」


「まずは王宮宰相のロベルト殿に接触しましょう。」


 イザベルは優雅に立ち上がると、鏡越しに自身の姿を整えた。


「査察の前に、王宮での議論をこちらの有利なものにする必要があります。」



---


王宮宰相・ロベルトとの対話


 王宮政庁、宰相の執務室――


 ロベルト・グラシアンは、書類に目を通しているところだった。

 そこに、イザベル・カリエンテ公爵が優雅に現れる。


「公爵閣下、お待ちしておりました。」


 ロベルトは、彼女の来訪を予期していたかのように微笑んだ。


「どうやら、カリエンテ公爵家が密輸に関与しているとの噂が広まっているようですが……。」


「ええ、そのようですね。」


 イザベルは、静かに座ると、紅茶を一口飲んだ。


「ですが、宰相閣下。 王宮に提出された"証拠"をご確認になりましたか?」


 ロベルトは目を細めた。


「いや、まだだが……。」


 イザベルは微笑みながら、一通の書簡を差し出した。


「この文書には、リシュアン侯爵が提出しようとしている証拠の内容、そしてその矛盾点が記されております。」


 ロベルトは慎重に書簡を開き、目を通した。


「……ほう?」


 彼は書類をめくりながら、徐々に表情を変えていく。


「これは……。"証拠"とされる取引記録の筆跡が、すべて同じ人物によって書かれている……?」


「ええ。」


 イザベルはゆっくりと頷いた。


「カリエンテ公爵家の財務記録を改ざんしたつもりなのでしょうが、筆跡が全く一致しているのは明らかに不自然です。」


「さらに、"密輸に関与した"とされる商人たちですが……そのうちの何名かは、すでにこの世を去っております。」


「……なるほど。 リシュアン侯爵は、そこまで杜撰な偽造をしたのか。」


 ロベルトは呆れたように首を振る。


「この証拠が偽造されたものであることは、明白ですな。」


「ええ。」


 イザベルは涼やかに笑った。


「ですので、私は宰相閣下に正式にお願いしたく思います。」


「……何をですかな?」


「リシュアン侯爵の証拠が正式に提出された際、それが"捏造されたものである"ことを王宮内で明確に示していただきたいのです。」


「……なるほど。」


 ロベルトは考え込むように顎に手を当てる。


「だが、ここまでリシュアン侯爵が仕掛けてきた以上、査察を完全に止めることは難しい。」


「それは承知しております。」


 イザベルは微笑みながら頷く。


「ですが、査察を受けるにしても、その前に"リシュアン侯爵の捏造が暴かれる"ことが重要ですわ。」


「なるほど、そういうことか。」


 ロベルトは深く頷いた。


「……分かりました、公爵閣下。 これでリシュアン侯爵も、ただでは済まされませんな。」


 イザベルは満足げに微笑み、ゆっくりと立ち上がる。


「それでは、私はこれで失礼いたします。」


 彼女は優雅に踵を返し、部屋を後にした。



---


次の戦いの始まり


 王宮では、リシュアン侯爵の証拠提出が正式に予定された。

 だが、イザベルはすでにその"証拠"の不備を突く準備を整えていた。


 ――これは、もはや"戦争"である。

 だが、すでに勝敗は見えている。


 イザベルは静かに呟いた。


「……リシュアン侯爵、あなたの詰みはもう決まっていますわよ。」



---

第二章 第三幕:イザベルの対抗策



---


王宮査問会前夜――静かなる準備


 王宮での査問会が正式に決定し、王都レヴァンティアはかつてないほどの緊張感に包まれていた。

 カリエンテ公爵家が密輸に関与しているという疑惑。

 その証拠として、リシュアン侯爵家が"取引記録"を提出するというのだ。


 しかし――


 それはすでに破綻している策略だった。


「……準備はすべて整っております。」


 カリエンテ公爵邸の執務室。

 重厚な机の上には、何冊もの書類が neatly に並べられていた。

 イザベルはその中から一冊を取り上げ、ページをめくる。


 ――リシュアン侯爵家が提出しようとしている"証拠"の矛盾点をまとめた報告書。


「筆跡が同じであること、密輸の"証人"とされる商人がすでに故人であること……

 そして、"取引のあった日"に、私が王宮に滞在していたこと。

 これらを突きつければ、リシュアン侯爵の捏造は一瞬で崩れ去るでしょう。」


 彼女は微笑みながら、紅茶を一口飲んだ。


「ふふ……リシュアン侯爵、もう詰んでいますのよ。」


 執事のレナードが、静かに頷く。


「では、明日の査問会で全てを明らかにいたしますか?」


「ええ。」


 イザベルは扇を閉じ、優雅に立ち上がる。


「ですが、ただ反撃するだけではつまらないですわね。」


 レナードは眉をひそめる。


「……と、おっしゃいますと?」


 イザベルはくすりと笑った。


「リシュアン侯爵家には、"王宮を騙して偽証を行った"という罪も加えましょう。

 私だけではなく、王宮そのものを欺こうとしたとなれば、彼らの罪はさらに重くなるはず。」


 レナードの目が光る。


「……見事な策です。」


「ふふ、それほどでもありませんわ。」


 イザベルは微笑みながら、王宮へ向かう準備を始めた。



---


リシュアン侯爵邸――焦燥の夜


 一方、その頃。

 リシュアン侯爵邸では、今までにないほどの緊迫した空気が漂っていた。


「……アーノルド、明日の査問会では決して失言するな。」


 侯爵の執務室で、ガブリエル・リシュアン侯爵は、鋭い眼光で息子を睨みつけた。

 アーノルドは昨夜からほとんど眠れぬまま、憔悴した顔をしていた。


「わ、分かっています……。」


「お前が舞踏会で失態を晒したせいで、我々は追い詰められた。

 だが、ここでカリエンテ公爵家を失墜させれば、まだ逆転の目はある。」


 アーノルドは何度も頷く。


「だ、だが……本当に大丈夫なのか? イザベルはあの舞踏会で、あれほど冷静だった……。」


「貴様、まだ怯えているのか?」


 侯爵は苛立ちを隠さずに言った。


「明日の査問会で重要なのは、王宮を味方につけることだ。

 "カリエンテ公爵家に疑惑がある"という事実が王宮で認められれば、イザベルの信用は崩れる。」


 しかし、侯爵自身も分かっていた。

 この策は、成功すれば劇的な勝利となるが、失敗すれば即座に没落する危険を孕んでいる。


 ――賭けるしかない。


 リシュアン侯爵は、拳を握りしめた。


「この戦いに負ければ、我々はすべてを失う。

 だが、勝てばカリエンテ公爵の地位は我らのものだ。」


 彼は最後の勝負に出る覚悟を固めていた。



---


査問会の幕開け


 翌朝――。

 王宮の査問会議場には、王国中枢の貴族たちが集まっていた。

 王宮宰相・ロベルト・グラシアンが議長を務め、正式な審議が行われる。


「では、本件についての証拠を提出していただきます。」


 ロベルトが宣言すると、リシュアン侯爵が立ち上がった。


「陛下、宰相閣下。

 カリエンテ公爵家が密輸に関与しているという証拠を、我が家より提出いたします。」


 彼は、"証拠"とされる書類を宰相へ差し出した。

 その瞬間、会場が静まり返る。


 ――だが、宰相のロベルトは冷静だった。


「ふむ……。 では、カリエンテ公爵閣下。 この証拠について、何か反論はありますか?」


 ロベルトはすぐにイザベルへと目を向けた。


 すべてを知っている者の目で。


 イザベルは、ゆっくりと立ち上がると、優雅に微笑んだ。


「ええ、もちろんですわ。」


 彼女は王宮の廷臣たちを見渡し、はっきりと告げた。


「この証拠は――完全に捏造されたものです。」


 貴族たちの間に、どよめきが広がる。


「何……!?」


 リシュアン侯爵が表情をこわばらせる。


「それを証明できるのか?」


「ええ。」


 イザベルは静かに頷き、反証となる証拠をロベルトへ提出する。


「まず、この書類に記された筆跡ですが……。

 ご覧の通り、全て同じ筆跡で書かれています。

 通常、複数の商人との取引であれば、異なる筆跡が混ざるはずですが……。

 これは明らかに、一人の人物が書いたものですね?」


 会場の空気が変わる。


「さらに――この取引に関与したとされる商人のうち、二名はすでに他界しております。」


「な、何だと……!?」


 リシュアン侯爵の顔が青ざめる。


「これが、リシュアン侯爵家が提出した"証拠"ですの?」


 イザベルは、冷ややかに微笑んだ。


 そして――


「この証拠を王宮に提出し、虚偽の訴えを行った罪は、決して軽いものではありませんわね?」


 王宮査問会の空気が、一気にリシュアン侯爵へと向かう。


 ――リシュアン侯爵の策略が、完全に崩れ去った瞬間だった。



---


第二章 第四幕:王宮の査問会



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王宮査問会――開幕


 王宮の大広間。


 王国の中枢に位置するこの場には、王宮の高官や貴族たちが集まり、厳粛な空気が漂っていた。

 中央には、王宮宰相ロベルト・グラシアンが座し、その隣にはカリエンテ公爵イザベル・カリエンテが優雅に座っていた。


 一方、反対側には、顔色の悪いリシュアン侯爵・ガブリエルと、その息子であるアーノルド・リシュアンの姿があった。


「では、これより査問会を開始する。」


 宰相ロベルトの声が響くと、会場の貴族たちは静まり返った。

 そして、重々しく話を続けた。


「本日の議題は、カリエンテ公爵家が密輸に関与しているか否か。

 証拠を提出したのはリシュアン侯爵であり、その証拠に基づき査問会を開く運びとなった。」


 リシュアン侯爵は堂々と立ち上がり、前へ進み出た。


「宰相閣下、ここに提出する証拠がございます。」


 彼は一冊の書類を手にし、王宮廷臣たちの前に差し出す。


「これは、カリエンテ公爵家が密輸に関与していたことを示す取引記録です。」


 その言葉に、一部の貴族たちは疑念の目を向けながらも、書類を確認し始める。


「これらの記録には、カリエンテ公爵家が密輸業者と密接な関係を持っていたことが記されております。」


 リシュアン侯爵は誇らしげに語った。


 だが――その笑みがすぐに凍りつくことになる。



---


イザベルの反論


「なるほど……。」


 イザベルは扇を開き、ゆっくりと立ち上がった。


「確かに、リシュアン侯爵が提出された書類には、取引の詳細が記されておりますわね。」


 彼女は書類を手に取り、貴族たちに向かって微笑んだ。


「ですが――この証拠には重大な問題がございます。」


 彼女はロベルト宰相に目を向けた。


「宰相閣下、この証拠が本物であるとお考えですか?」


 ロベルトは書類に目を通し、静かに首を振った。


「……筆跡が、すべて同じ者のものだ。」


 その言葉に、会場がどよめいた。


「取引記録であるならば、関係者の署名がそれぞれ異なるべきはずです。

 しかし、この書類に記された筆跡は、明らかに一人の人物によって書かれたものです。」


 イザベルの言葉に、貴族たちは顔を見合わせた。


「これはつまり、意図的に作られた偽造文書である可能性が極めて高いのです。」


「な、何を……!?」


 リシュアン侯爵の顔が青ざめる。


「加えて、記録に記された"取引相手"とされる商人のうち、二名はすでに亡くなっております。」


「な、なんだと……?」


 貴族たちの間に、さらに大きなどよめきが広がる。


「つまり、この書類が本物であるとすれば、死人と取引をしたことになるのですわね?」


 イザベルは冷ややかに微笑みながら言った。


「ですが、残念ながら私は霊と商談をする術を持っておりません。」


 一部の貴族たちが笑い声を漏らす。


 リシュアン侯爵の表情は一層険しくなった。



---


証拠の破綻と裁定


「リシュアン侯爵。」


 宰相ロベルトが、冷たい視線を向ける。


「貴殿はこのような虚偽の証拠を王宮に提出し、我々を欺こうとしたのか?」


「そ、それは……!」


 リシュアン侯爵は必死に言い訳を探すが、すでに貴族たちは彼を"詐欺師"と見なしていた。


「王宮に対する虚偽の報告は、重大な罪である。」


 ロベルトは厳しい声で告げた。


「加えて、カリエンテ公爵家に対する不当な名誉棄損――貴殿の行いは、王宮の秩序を揺るがすものである。」


 イザベルは静かに微笑む。


「リシュアン侯爵、あなたは貴族社会における"信用"を完全に失いましたわね。」


 貴族社会において、信用を失うことは"死"に等しい。

 爵位を持つ者が虚偽の証拠を提出したとあっては、彼の立場はもはや風前の灯火だった。


 そして――国王の勅命が下される。


「リシュアン侯爵家は爵位を剥奪され、領地は没収する。」


 その瞬間、リシュアン侯爵の顔が真っ青になった。


「そんな……!」


 アーノルドは震える声を上げる。


「い、いやだ……!」


 もはや、貴族たちは彼らを見ることすらしない。



---


リシュアン侯爵家の没落


「このような結果になったのは、すべて貴様の愚かさが招いたことだ……!」


 執務室に戻ったリシュアン侯爵は、怒りを抑えられず、アーノルドに向かって拳を振り上げた。


「カリエンテ公爵に喧嘩を売り、王宮に虚偽を報告し、ついには我が家を滅ぼした――!」


 アーノルドは必死に許しを請うが、侯爵はそれを聞く耳を持たない。


「もう、終わりだ……。」


 もはや彼らには、貴族としての未来はなかった。



---


イザベルの勝利


 一方、王宮を後にしたイザベルは、優雅に微笑んでいた。


「これで、一件落着ですわね。」


 彼女の隣を歩く執事レナードが、静かに言う。


「見事な勝利でした」


「ふふ……当然ですわ。」


 リシュアン侯爵家の没落。

 それは、カリエンテ公爵家にとって、大きな勝利となった。


 だが、これはまだ序章に過ぎない。


「さて……次は誰が仕掛けてくるのかしら?」


 イザベルは空を見上げ、微笑んだ。




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