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act03 違和感

どうしてだろう。叶わなくてもいいから「わからない」と呟く彼の傍にいたいと願ってしまった。


03


étoileエトワールで働き始めてから2ヶ月が経った。来見さんは私が入る前と同じように、何の違和感もなく接客をしてケーキや紅茶を運んでいた。来見さんの笑顔を見に来ているお客様もちらほらと見かける。気持ちはとてもよくわかる。素敵ですよね。

「お疲れ様ですー。お先に失礼しますー」

バイト終わり、タイムカードを切ってスタッフルームにいた先輩方に挨拶をする。来見さんもいたので会釈する。

「天海さん、お疲れ様です。僕も出ます。」

そう言って先輩方に会釈をして、一緒に外に出る。二人になったのは初めてだから、緊張してしまうし何を話せばいいのかわからない。

「天海さん」

そんなことを考えていたら来見さんから声をかけられた。

「ふぁ、は、はい!」

声が裏返ってしまった。恥ずかしすぎて下を向いた。来見さんはびっくりして首を傾げているし。しばらく固まっていたら抑えたような笑い声が聴こえて顔をあげる。

「え、っと、、」

気まずいと思いながら声をかけると

「ごめんなさい。考え事をしているのかなって思ったんですが声をかけたら返事が不思議だったのでつい笑ってしまいました。」

そう言う来見さんを見て、

「人間みたい」

と小さな声で呟いた。

「...人間ですか」と来見さんを呟いたのに気付いて、聞こえてしまったと青ざめた。来見さんは少し首を傾げて___それは彼の癖なのだろうか___それから言葉を繋げた。

「人間みたい、と言われたのは天海さんが初めてではないですね。 étoileエトワールで働き始めてから店長さんや他の方々、僕の笑顔も言葉も人間そっくりで人間より人間らしい、と。けれど」

理久くんはそこで一度言葉を区切る。

「僕には分からないんです。僕は人を模して作られて、人のように生きるために、人の役に経つために最初の場所を出て、人の世界で暮らし始めました。表情も言葉も<こういう時はこういう顔をする><こういう時はこういう事を言う>というプログラムなんです。だから、それが人らしいということを理解は出来ても、それで人間になれるわけでもないですから」

そんなことをまるで台本を読むみたいに感情を込めずに言う来見さんを見ていたら、頬を熱いものが伝った。

「どうして泣いているんですか」

分からなかった。本当に分からなかった。理解出来てもなれるわけではないと言う彼の言葉を、それを当たり前みたいに話すことも、それをどうとも思わないであろうことも。__それでも彼はきっと彼を作った人にも、 étoileエトワールの皆にも愛されていたのだろうということ、それをどう受け止めていいのかわからずにいること、そのすべてを理解したいと思ってしまった。理解出来ないとしても、せめて傍にいたいと思ってしまった。

__それが私の悲しい恋の本当の始まりだった。

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