05
__芽生えたばかりの感情が影もなく足跡を消していく。
理久くんと一緒に湊さんの元に向かう。喫茶店で待ち合わせをしているらしい。
「あそこの喫茶店です。湊さんには電話で話したので大丈夫です。」
そんな理久くんの言葉に少しだけ安心する。聞いてみたいことを頭の中で整理する。
lune《リュンヌ》と看板に書いてある。聞いたことがあるような気がした、けれど気のせいだろう、ここに来たことはない筈だ。
チリンと風鈴の音が鳴る。その音に此方を向いた男性が立ち上がる。眼鏡をかけた私より少し上くらいの利発そうな男性。その手には文庫本を持っていた。頭を下げる。つられてその男性も。彼が湊さんだろうか。
「湊さん、こんにちは。今日もお願いします。」
理久くんが挨拶をする。私も挨拶をしようと口を開いた。それより先に、
「理久くん、こんにちは。久しぶりですね。変わりないようで安心しました。えっと、そちらは、電話で聞いた
自己紹介をして座る。湊さんって名前だったのか。星海さんがカフェラテを頼んだので私も頼む。理久くんをちらりと見る。彼はなんでもない顔で
「AI用の飲み物をお願いします。オレンジ風味で」
その言葉に理久くんを見てメニュー表に目を落とす。そこには'AI用メニュー'との文字が書かれていた。それは知らない言葉だった。メニュー表から顔を上げない私に気付いた星海さんが
「ああ、AI用のメニューが置いてあるお店にくるのは初めてですか?余りないんですがここは、出来た時から置いてもらってるんです。きっと天海さんが聞きたいのはそういうことでしょう?」
笑いながら私にそう説明してくれる。納得して余りにも鋭いその言葉に星海さんの顔を見た。瞬間、刺されたのかと思うくらいにその視線は鋭いものだった。それは一瞬のことで瞬きをした次の瞬間には柔和な笑顔を浮かべていた。私は少し怯えながら
「そう、です。理久くんのことを知りたいと思いました。星海さんが理久くんの親代わりだと聞いたので少しでも知れたならと。」
それを聞いた星海さんは頷いて、それから理久くんを見た。
「理久くん。少しだけ席を外してもらえますか?」
その言葉に理久くんは頷いて席を立つ。店員さんに何事か話して__オレンジと聞こえた、このタイミングでそれを聞くのかと少し笑いそうになってしまった__お店の外に出ていった。そして顔を戻す。星海さんが私を見ていた。
「あの、」
首を傾げる。
「ああ、ごめんなさい。理久くんのことを大切に思っているんだなって。嬉しくなりました。理久くんを
「はあ、、」
その言葉に相槌を打ちはしたが、怒りにも似た感情がふつふつと湧いてきた。
「やっぱり、天海さんは理久くんが好きなんですね。それも仕事仲間としてではなくて恋愛対象として。」
見透かされていると思った。さっきの怒りとは別に気恥ずかしさが湧いてきた。それさえも織り込み済みだというように星海さんは言う。
「AIに恋愛感情を持つなんて変わっていますね。理久くんから天海さんの話を聞いてそうじゃないかとは思っていたのですが。僕の立場では応援するわけにはいきません。何より反対がなくともAIと人間の恋は実らない。実ったとしても幸せな結末にはなり得ない。覚悟なく恋愛感情を持たないでください。理久くんに余計な感情を覚えてほしくはないんです。」
その言葉に何も言えない私は弱いのだろうか。今ここで反論したところで先がない。それも分かっていた。だから何も言えなかった。お店の外に所在なさげな理久くんが見えた。芽生えた感情は潰されてしまうような気がした。